変身できない日本の政治
池田信夫氏はこれまで自身のブログ、ツイッターなどで小沢氏代表選出馬の意義と動向について断片的に語ってきた。そして、4日のニコニコ動画での対談をきっかけに具体的な見解を述べるようになった。そして、9月8日の「JBPRESS」に解かり易く、動向と展望について一定の結論を表明した。既に自身のブログに昨日から述べているものだが、今回はより丁寧な説明と分析で結論的に論じている。タイトルは『ネットで盛り上がる「小沢ブーム」は危険な兆候か・大手メディアとネットで分かれる小沢支持率』となっている。少し長文になっているので、下記に結論の一部を転載する。
先ず、ネット投票にみる圧倒的小沢指示の背景を、若者を中心にした首相としての能力本位と期待度から、「政治とカネ」の問題を案外軽視する傾向にある現象を説明している。つまり、虚偽記載云々で能力ある剛腕政治家を葬るよりも、自分たちにとって将来的に少しでも期待できる首相誕生のほうが得策だという解釈だ。なるほど若い世代の考えそうなことだと理解出来なくもない。
さらに、党内での二重権力構造による、政策不一致、政治の空回り、「政権交代」の真空化にもうウンザリしている空気が蔓延していることから、このへんでびしっと、白か黒か、どちらでも良いがある種の方向性を明確にして欲しいと国民が思っている。そこで、池田氏は、従来型の『足して2で割る政治は限界だ』ともっともな指摘をしている。
結論的には、菅政権で政策、対策の渋滞をきたし、国と国民に不利益を助長するよりも、早い段階で新生日本の政治を構築して、国際競争力に打ち勝っていかなければ、アジアにおいても取り残されていくという見解だ。
このように指摘されれば、何となく理解してしまう私たちだが、そうかと言って、この際、「政治とカネ」の話などどうでもよい。将来よりも明日の糧だと早合点するにも躊躇われる。若者はそうかもしれないが、「わたしたち」はそうはいかない複雑な諸事情が諸々にある。僅かなニュアンスの違いを抱えながら、理念を政治の場で活かしていくには、これからも気の遠くなる時間が要することを何となく了解する次元に立っている。
「ガラガラポン」の政治体制は今までにもあった。「わたしたち」は必ずしもそれが変革的に生まれ変わったという実感に乏しい体験をしてきている。さらに言えば、自民党でも、民主党でも駄目なことが沢山ある。その意味で、小沢氏の剛腕政治であればできるというのは、極めて神話的、政治の基本である具体的取り組みからかけ離れている。
一日でも早い菅内閣の解散を望むのであれば、この際、小沢氏に首相をお願いするのは確かに選択肢としてある。しかし、新組閣の下で政策を軌道に乗せるには少なくとも半年は掛かる。そうであれば、その間にも、菅政権は行詰まるかも知れない。しかし、この行詰まりは、菅首相支持でない、みんなの消極的支持によってもたらされた否定である。ここで、「政権交代」とは何であったかを噛みしめる機会が国民に与えられたと考えるべきである。
掛け声とマスコミの煽りで政治を感じ探ることは、決してよい結果を国民に及ぼしてこなかった。これまでにも嫌というほど体験してきている筈だ。少しはこのへんで学習能力を高める時でもある。政治に対する過度の期待は、裏切られることを覚悟して冷静に淡々と判断していかなければならない。
池田信夫氏はこれまで自身のブログ、ツイッターなどで小沢氏代表選出馬の意義と動向について断片的に語ってきた。そして、4日のニコニコ動画での対談をきっかけに具体的な見解を述べるようになった。そして、9月8日の「JBPRESS」に解かり易く、動向と展望について一定の結論を表明した。既に自身のブログに昨日から述べているものだが、今回はより丁寧な説明と分析で結論的に論じている。タイトルは『ネットで盛り上がる「小沢ブーム」は危険な兆候か・大手メディアとネットで分かれる小沢支持率』となっている。少し長文になっているので、下記に結論の一部を転載する。
仮に彼が首相になっても、民主党の迷走する政策がそれほど大きく変わるとは思えないが、それでも小沢氏に期待できる唯一のポイントは、彼が今の停滞した政治状況を打開できる政治力を持っているからだ。
特に衆参の「ねじれ」によって、国会審議は難航が予想される。部分連合は極めて困難で、党内基盤の弱い菅首相では、安倍晋三首相や福田康夫首相のように行き詰まる可能性が強い。大連立や解散による政界再編は避けられないだろう。それができるのは、小沢氏しかいない。
小沢氏の政治手法は古いが、古いなりに一貫している。彼が20年前に感じた「2で割る政治では駄目だ」という限界は、いまだに日本の政治の本質的な問題である。
日本の政治を揺さぶり続けてきた彼の総仕上げとして、一度は首相になって、馴れ合い政治の「壊し屋」として力を発揮してもらってはどうだろうか。
先ず、ネット投票にみる圧倒的小沢指示の背景を、若者を中心にした首相としての能力本位と期待度から、「政治とカネ」の問題を案外軽視する傾向にある現象を説明している。つまり、虚偽記載云々で能力ある剛腕政治家を葬るよりも、自分たちにとって将来的に少しでも期待できる首相誕生のほうが得策だという解釈だ。なるほど若い世代の考えそうなことだと理解出来なくもない。
さらに、党内での二重権力構造による、政策不一致、政治の空回り、「政権交代」の真空化にもうウンザリしている空気が蔓延していることから、このへんでびしっと、白か黒か、どちらでも良いがある種の方向性を明確にして欲しいと国民が思っている。そこで、池田氏は、従来型の『足して2で割る政治は限界だ』ともっともな指摘をしている。
結論的には、菅政権で政策、対策の渋滞をきたし、国と国民に不利益を助長するよりも、早い段階で新生日本の政治を構築して、国際競争力に打ち勝っていかなければ、アジアにおいても取り残されていくという見解だ。
このように指摘されれば、何となく理解してしまう私たちだが、そうかと言って、この際、「政治とカネ」の話などどうでもよい。将来よりも明日の糧だと早合点するにも躊躇われる。若者はそうかもしれないが、「わたしたち」はそうはいかない複雑な諸事情が諸々にある。僅かなニュアンスの違いを抱えながら、理念を政治の場で活かしていくには、これからも気の遠くなる時間が要することを何となく了解する次元に立っている。
「ガラガラポン」の政治体制は今までにもあった。「わたしたち」は必ずしもそれが変革的に生まれ変わったという実感に乏しい体験をしてきている。さらに言えば、自民党でも、民主党でも駄目なことが沢山ある。その意味で、小沢氏の剛腕政治であればできるというのは、極めて神話的、政治の基本である具体的取り組みからかけ離れている。
一日でも早い菅内閣の解散を望むのであれば、この際、小沢氏に首相をお願いするのは確かに選択肢としてある。しかし、新組閣の下で政策を軌道に乗せるには少なくとも半年は掛かる。そうであれば、その間にも、菅政権は行詰まるかも知れない。しかし、この行詰まりは、菅首相支持でない、みんなの消極的支持によってもたらされた否定である。ここで、「政権交代」とは何であったかを噛みしめる機会が国民に与えられたと考えるべきである。
掛け声とマスコミの煽りで政治を感じ探ることは、決してよい結果を国民に及ぼしてこなかった。これまでにも嫌というほど体験してきている筈だ。少しはこのへんで学習能力を高める時でもある。政治に対する過度の期待は、裏切られることを覚悟して冷静に淡々と判断していかなければならない。
