2003年08月

2003年08月31日

8月28日四国地方整備局は肱川水系河川整備基本方針に基づく河川整備計画を論議する委員会の方針を発表しました。
 
この委員会については、さる2月28日、山鳥坂ダム反対3団体による、河川整備計画策定時には流域住民の参画を補償したものでお願いしたいと要望しています。
 その根拠は既に全国12河川における流域委員会の策定、運営が全て住民参加の下に行われているという事実に基づく要請です。然るに発表された方針は、全国の規範に基づくものではなく、新河川法の理念を逸脱した、誰が見ても時代に逆行した旧建設省時代のダム審議委員会そのものを踏襲したものでしかありません。
 
今回の流域委員会の方針は2年前九頭竜川水系で発表された委員会と同じ形式です。内定を受けていたダム反対派の住民団体の代表が委員から外された訳ですが。しかし、時代の流れ世論の声がこの代表を委員に返り咲かせたということがありました。それも、選任された委員の方々から、委員会に反対派の委員が皆無というのは不自然であるとの意見が出た為に整備局が止むを得ず委員に追選任した経緯があります。このように、今日国土省の流域委員会においては時代に逆行する委員会策定を行っているところはありません。
 
住民参加に基づく開かれた流域委員会を標榜する「淀川流域委員会」は別としても、各流域委員会の住民参加は常態となっています。確かに、各整備局における地域温度差はあるが、四国地方整備局宇塚河川部長がいう「住民団体のメンバーを加えることなどが、肱川に適しているとは思っていない」との発言趣旨は、新河川法第16条の2「公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない。」から逸脱した発言といわざるを得ない。
 
流域委員会は公聴会等の企画実現の為、委員会に住民参加を積極的に採択しているのであって、公聴会を開催するだけでは住民の意見聴取が十分行われないとの認識を明白に打ち出しているものの表れです。
 
また、今回の方針発表でもう一つ特筆すべき重要な問題があります。それは委員会策定に向けた準備委員会が公表されなかったことです。
 準備委員会のある、なしに拘らず委員会策定に向かった背景は看過できない住民無視の今日あってはならない行政手法といわなければなりません。何の為の新河川法であるか窺い知ることができないばかりか、四国地方整備局の真意を計り知ることができません。
 
山鳥坂ダムは建設しますといっているようなものです。
 従って、今回発表された新河川法が生かされていない「肱川流域委員会」の方針は断じて容認することができません。少なくとも反対住民団体からの委員が選任されない委員会は、ダム審議委員会の域を出ないものと理解して、肱川の河川整備計画の論議を尊重することができません。
 
以上の事柄から、「肱川流域委員会」に私達反対住民団体からの委員を再選任の善処を求めます。
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2003年08月29日

第1回 「水と森と平和の声」集いのご案内

来る10月5日、「水と森と平和の声」第1回の集いを開催します。
今年は日本にとって殊の外重要な国の指針が問われた年であったと言えます。曲がりなりにも守ってきた「憲法9条」が形骸化して更に踏みにじられる結果になったと誰しも認めるところです。
 
歴史が教えるところがこうも現実化する歴史の弾みを体験すると、やはり人間はあてにできないものだとつくづく思い知らされる結果となりました。
戦争に正義なしと高を括っていました。
不安定な土台を蹴り倒され、構築すべき理念は観念的な次元に貶められつつある現状に戸惑うばかりの日々であります。それでも、あくまでも「戦争は悪」だと言い切ることが今最も肝要なことであると私達は考え、振り絞る主張、表現を実現するために「水と森と平和の声」の集いを開催する運びとなりました。

集いの表題は「水・歌・人」です。
「水」は私達「水と森と平和の声」の会を取り巻く生活環境がまさに水に囲まれての自然立地から来る和歌の浦の象徴です。
「歌」は詩人による和歌の浦と平和のメッセージ発信です。
そして、「人」が織り成す歴史、時代に、私達が直面する問題を訴えます。これらの主張が社会を変えると信じ、「水と森と平和の声」がその一部でも担えることを望んでいます。

ご参加頂きますようよろしくお願い致します。


水と森と平和の声  
岩 畑 正 行

    

水 歌 人 プログラム
       
午前10時 〜 午後5時半
オープニング     
第1部  「現代日本の開化」再読   多田 道夫
                     
      日本詩人クラブ理事長  原田 道子
          
                ピアノ演奏
                 昼・休憩

  第2部   どうなってんの 和歌山市

           愛人手当て「石泉閣」事業追及の軌跡・畑中 正好
 なで住民投票からリコールか    有友 正本
                     大洲市の住民投票を実現する会
第3部   和歌の浦 & 平和 メッセージ発信
          和歌山詩人協会メンバー
    
第4部   戦争に抗して

       「住民基本台帳ネットワークシステム」について・豊田泰史
       余は如何にして住基ネット差し止め訴訟の原告となりしか 
日本キリスト教団和歌山新生教会 ・牧師 谷口 章
       海南島で日本人はなにをやったか・紀州鉱山の真実を明らかに会・小谷 英治    
第5部  生態系の宝庫  和歌の浦干潟
             干潟とは         古賀庸憲
             自然護岸にもどそう    米田 頼司
      
閉会の辞     
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2003年08月28日

山崎幹事長の進言によりいよいよ「憲法改正案」が現実のものとして動き出した。山崎幹事長の政治生命(注1)、自らのポストを賭けての大仕事に取り掛かった。なるほど、次期総選挙の争点にすれば、結成された民主党への揺さぶり効果がてき面であることは事実であるだけに長けた戦略と言える。また、掛け声でないことの証明に「国民投票法案」を来年の通常国会にも提出することを決めたといわれる。

 民主党のアキレス腱である改憲論議だが、自由党との政策合意に国民の前での乱れを演じてはならない土壇場の決断を迫られるものと思われる。しかし、野党連立政権構想に対しては、社民党党首が「連立政権を組む時は、憲法を尊重する政権を作るべきだ」と声高に主張していることから益々権力志向ボケしての迷走が始まらないか懸念される。
 
 何れにせよ、昨年からテロ、北朝鮮の脅威が舞台背景として整った
この状況を千載一遇と判断しての「憲法改正案」の小泉首相指示は民主党の政争の具に使うなという以前の問題として認識しておかねばならない。既に、一ケ月前の24日、自民党憲法調査会が憲法改正要項案を公表している。自衛隊を軍隊として位置付け「自衛軍」と名付ける。また、国家防衛の国民義務化、天皇の元首化と具体的に明記されている。さらに、9条第2項を削除・修正することが与野党で合意されている。即ち、集団的自衛権行使を容認することが明文化されている。これだけのお献立が揃って改憲をしないのは反って国民の意思(注2)を無視することになると政府が判断するのも無理からぬことであると言わざるを得ない。

憲法と現実の乖離を今日ほど明確なかたちで国民が共有させられている状況はなかった。しかしこの矛盾を生み出してきた責任は、脅威に対する不安があると叫んだ国民にあるのではなく、7割近い国民の反対があった数々の法案を通してきた野党が生み出したねじれからくる予測結果がもたらした現実ということを再認識する必要がある。また、この現実を国民の意思であるかの認知を与えたマスコミの責任も忘れてはならない。

更に、看過できない小泉首相の個人的性格を言及しなければならない国民の責任が今回の総裁選、総選挙にあることを肝に銘じておく必要がある。首相の立場での公約に等しい発言に対して不言実行した試しがないという希代の首相でもある。見っとも無い常套句「自民党の皆さんが、国民の皆さんが望んだことなんでしょう」という責任転嫁をいとも容易く言ってのける無神経さに翻弄されっぱなしできている事実をどうするのか。この問題を我が身も同じとの何時ものかくれんぼで済ませられる状況にないことは、薄々先刻ご承知の私達である。従って、今回真正面から考えることが改憲論以前の争点に成らなければならない。マニフェスト何とやらではなく、嘘つきを如何に裁くかの簡単な話にしなければならない。これが今回の争点である。
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2003年08月27日

〈ファミリー・プライド〉という言葉は、安部晋三の母、洋子の著書「わたしの安部晋太郎」のなかで使った言葉らしい。

岩見隆夫氏の「近聞達見」で知った。岩見氏の「ファミリー・プライド」を読み、つくづく、歴史は繰り返される、最近、戦前に回帰したという表現が使われるが、戦前の時間的サイクルの問題ではない。民族性の問題として捉えた方が良いとの見解を持った。

共産党が天皇制を認めたことで日本民族が少なからず「ファミリー・プライド」を持っていることの証を露呈した、そしてもはや国民は別段驚きもしなくなったという事実、ことになる。

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2003年08月19日

イラク特措法は環境復旧しない

 ついにイラク復興支援特別措置法が参議院で強行採決されて成立してしまいました。湾岸戦争を口実にした「戦争ができる国」(PKO法)から「戦争をする国」へと、ついに「戦争と、武力による威嚇又は武力行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という憲法第9条を踏み破り続けてことここに至りました。

 成立した特措法は、一連の国連決議に基づく「イラク特別事態」に対応する措置です。英米軍による今回のイラクへの先制攻撃などは英米がかってに解釈した特別事態であって、それに日本が加担することは憲法9条違反であるうえに、国連決議違反でもあります。
 そこいらへんを十分察知している与党側は、すでに、国連決議なり要請なりがなくとも、アメリカのみ(英米ですら無く)との関係で(日米安保)で軍隊を海外出動させようともくろんでいます。「自衛隊恒久法」です。
 
こういったことを狙う連中は、それなりに、第2次世界大戦での破滅へと帰結した歴史から学んでいるのです。惨めな敗因は、日英同盟破棄にあったと。2000万にのぼるアジアの人々を死に至らしめたあの戦争を侵略戦争でないと言い募るのですから、戦争責任など思いも至りません。性的奴隷におとしめた朝鮮・中国・インドネシア・オランダ・フィリピンなどの被害者に対してだけでなく、日本で空爆の被害にあった民間人に対してもなんの補償もしていません。戦争になれば国が国民をまもってくれるなどありえないのだ。
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2003年08月15日

「日本の正式国名」の募集結果を見て、1位が「日本皇国」というのは驚きより以上に自己暗示の擬似承認させられる説得力のある命名になっている。小渕、森、小泉内閣の法整備は正に「皇国」を彷彿とさせられるものを物語っている。共産党が「皇国」を認めつつある国民の精神状況の背景から押し並べて、小泉首相が使う言葉「普通」に発想すれば「皇国」に行き当たるというのが最近の世間相場ということになってきたのか。今回の命名は、「有事法制」が内閣の9割の賛成で成立したこと、石原都知事を圧倒的多数で都民が支持したこと等を考えると「普通」以上に当たり前の候補名だといえる。

8月15日は中西輝政氏にとって「国辱記念日」だそうだ。
本日の産経新聞主張「押し返す保守主義」を読めば、憲法改正論が明らかな潮流の変化として国民の無意識的な常識世界に向かう精神風景が戻ってきた、次第に加速してきたということらしい。

 先日からの新聞、テレビを見れば、反戦体制一色の国民意識が読み取れる状況に包まれる。先月の末に「イラク特措法」が成立したばかりだが。この二極精神状況は、いみじくもイラク攻撃、戦争反対を訴えたその後の「有事関連3法」成立と全く同じ相関図を提示している。
 
両極を揺れ動くかに見える風潮は何もこの時代の特徴ではないことは、歴史は繰り返されるという歴史自体の呼吸がある訳でその勢いを変えたり止めたり出来るものではない。
 
私達が生きてきた時間軸においては、迷走政策は全て「皇国」の名に責任を転居する、継承するのが最良の手段と暗黙の了解でしかなかったということか。
いつもの事ながら「戦前回帰」、「日本ナショナリズム」と短絡的に片付けられない日本の「癌」が常に発生している状況を認識しつつ摸索の一途をたどるしかないだろう。
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「日本の正式国名」の募集結果を見て、1位が「日本皇国」というのは驚きより以上に自己暗示の擬似承認させられる説得力のある命名になっている。小渕、森、小泉内閣の法整備は正に「皇国」を彷彿とさせられるものを物語っている。共産党が「皇国」を認めつつある国民の精神状況の背景から押し並べて、小泉首相が使う言葉「普通」に発想すれば「皇国」に行き当たるというのが最近の世間相場ということになってきたのか。今回の命名は、「有事法制」が内閣の9割の賛成で成立したこと、石原都知事を圧倒的多数で都民が支持したこと等を考えると「普通」以上に当たり前の候補名だといえる。

8月15日は中西輝政氏にとって「国辱記念日」だそうだ。
本日の産経新聞主張「押し返す保守主義」を読めば、憲法改正論が明らかな潮流の変化として国民の無意識的な常識世界に向かう精神風景が戻ってきた、次第に加速してきたということらしい。

 先日からの新聞、テレビを見れば、反戦体制一色の国民意識が読み取れる状況に包まれる。先月の末に「イラク特措法」が成立したばかりだが。この二極精神状況は、いみじくもイラク攻撃、戦争反対を訴えたその後の「有事関連3法」成立と全く同じ相関図を提示している。
 
両極を揺れ動くかに見える風潮は何もこの時代の特徴ではないことは、歴史は繰り返されるという歴史自体の呼吸がある訳でその勢いを変えたり止めたり出来るものではない。
 
私達が生きてきた時間軸においては、迷走政策は全て「皇国」の名に責任を転居する、継承するのが最良の手段と暗黙の了解でしかなかったということか。
いつもの事ながら「戦前回帰」、「日本ナショナリズム」と短絡的に片付けられない日本の「癌」が常に発生している状況を認識しつつ摸索の一途をたどるしかないだろう。
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「8月15日」についての論評

「日本の正式国名」の募集結果を見て、1位が「日本皇国」というのは驚きより以上に自己暗示の擬似承認させられる説得力のある命名になっている。小渕、森、小泉内閣の法整備は正に「皇国」を彷彿とさせられるものを物語っている。共産党が「皇国」を認めつつある国民の精神状況の背景から押し並べて、小泉首相が使う言葉「普通」に発想すれば「皇国」に行き当たるというのが最近の世間相場ということになってきたのか。今回の命名は、「有事法制」が内閣の9割の賛成で成立したこと、石原都知事を圧倒的多数で都民が支持したこと等を考えると「普通」以上に当たり前の候補名だといえる。

8月15日は中西輝政氏にとって「国辱記念日」だそうだ。
本日の産経新聞主張「押し返す保守主義」を読めば、憲法改正論が明らかな潮流の変化として国民の無意識的な常識世界に向かう精神風景が戻ってきた、次第に加速してきたということらしい。

 先日からの新聞、テレビを見れば、反戦体制一色の国民意識が読み取れる状況に包まれる。先月の末に「イラク特措法」が成立したばかりだが。この二極精神状況は、いみじくもイラク攻撃、戦争反対を訴えたその後の「有事関連3法」成立と全く同じ相関図を提示している。
 両極を揺れ動くかに見える風潮は何もこの時代の特徴ではないことは、歴史は繰り返されるという歴史自体の呼吸がある訳でその勢いを変えたり止めたり出来るものではない。
 私達が生きてきた時間軸においては、迷走政策は全て「皇国」の名に責任を転居する、継承するのが最良の手段と暗黙の了解でしかなかったということか。
いつもの事ながら「戦前回帰」、「日本ナショナリズム」と短絡的に片付けられない日本の「癌」が常に発生している状況を認識しつつ摸索の一途をたどるしかないだろう。
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2003年08月09日

『川辺川ダム事業に絡む漁業権収用について「ダム計画に著しい変更が生じたと収用委が判断した場合は、土地収用法に定める却下裁決もありうる」と述べ、却下裁決の可能性に初めて言及した。』という記事が出て、実しやかにダム中止の可能性が一人歩きし始めた。また、反対運動の周辺から収用委員長の権限に関する自覚が高く、さらに県知事は信用できるとのお話も小耳に挟む。であれば、果報は寝て待て、これで安心できればすべて世は事も無しだが。
 
私はどうも行政関係と相性が悪く騙されるという状況が続いているせいか頭から信用することが出来なくなっている。つい先日もそういうことがあった。今月17日、大阪でのダム交流会で議論に上がった淀川流域委員会の中間答申について、2ヶ月前に近畿地方整備局は「原則、ダムに頼らない河川整備を行う」と発表していたにも拘らず、ダム交流会前日の16日に総合治水の観点から、中止の3ダムの見直しを発表した。
 
私は常々主張している「建設省、三つ子の魂百まで」、嘘つきは国土省になっても伝統として引き継がれている。また、25日は第6回苫田ダム強制収用委員会が行われているが、委員会は前回まで、質問条項に対して国土省に資料の請求、公開を命じるとしていたが、次回からは一切その旨に応じないと委員長が強行発言したという。この意味するところは、次回に審理を終結することを述べたものと理解できる。一月の内にこうも立て続けに虚偽の世界に身を置く、180度転換した話を聴くと行政関係全てに不信感がつのり徹底抗戦の構えにならざるを得ない。
 皆さん、如何なものか。
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2003年08月05日

    広島県教育長 常盤 豊 様

新設中高一貫教育校での「新しい歴史教科書をつくる会」
「歴史」、「公民」教科書の採択についての要請書


 2004年4月東広島市に県立中高一貫教育校が開設されるにともない、教育委員会を取り巻く周辺の圧力に因って、近年何かと物議を醸し、国際的、特に東アジア近隣諸国の批判の的になっている「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を採択する動きが顕著になっていると聞き及んでいます。
去る7月29日選定審議会において大旨採択の決議が出され、8月8日の定例会議で最終決定されると聞いています。

広島県教育委員会に対する文部科学省の圧力は、小渕、森、小泉内閣の日本における軍国法整備の強化に比例して、教育現場において看過できない事態を引き起こしています。

常盤教育長は文部科学省から派遣されていると聞いていますが、そもそも教育委員会は教育の理念上、組織的には中立公平を標榜して止まない機関です。都度繰り返される教科書問題ですが2年前を思い出してください。日本の常識が全国津々浦々に示され日本の良心が生きていることが証明されました。それから考えて、よもや平和のシンボル広島から「つくる会」の教科書が採択されるなどと誰も夢想だにしなかった。

小泉軍備法三部作の時代背景、さらに「教育基本法改正」に則った文部科学省の意向から、常盤教育長は「つくる会」教科書の採択に踏み切ったと考えられますが、8日の定例会議においては、もう一度教育者の原点に立ち返り、教育者として何を判断したのかを問いただし、日本の平和を願う発祥地広島において「つくる会」の教科書を採択することの意味を再認識して頂きたいと考えます。

小泉内閣は戦後半世紀曲がりなりにも守り続けてきた平和憲法を覆し、日本を再び戦争のできる国にしました。戦後史において取り返しのつかない汚点を残した訳ですが、常盤教育長も戦争を正当化する教育に着手するという汚点の上塗りをしようとしています。再考して頂きたい。戦前の良心ある教育者は生徒を戦場に送り出すことほど我が人生にとって痛恨の極み最大の禍根を残すと独白しています。
 
全国各地の教育委員会の現状は教育長と事務局の運営、決定、いわゆる承認決定機関になっていると聞いています。さすれば尚のこと常盤教育長の判断が日本の教育に一石を投ずることになります。
教育者として平和か戦争か、二者択一の瞑想に浸り8日の定例会議に臨んで頂きたい。そして、文部科学省の官僚の一人としてではなく、教育者として「つくる会」教科書の採択を判断されることを切に望みます。さらに、「つくる会」教科書を採択しないことを強く要請します。


                          水と森と平和の声
                            岩畑 正行     
                            和歌山市和歌浦南3 
                               2003年8月5日

8月9日付毎日新聞
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教科書問題、県教委持ち越し
県教育長、自ら決定へ
非公開に批判の声も
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 来春開校予定の県立中高一貫校「広島中学・高校」(東広島市)
の教科書採択問題で、常盤豊・県教育長は8日、自ら来週半ばに
教科書を決定する方針を明らかにした。県教育委員の会議が同日
あったが、採択はしなかった。県内では、扶桑社刊の中学歴史教
科書の採用に対し、多数の反対の声が上がっている。また、会議の
うち教科書採択に関する部分は非公開とされ、傍聴に来た市民約
30人から、「密室審議」との批判も出た。 

 県教委は先月29日、諮問機関・県教科用図書選定審議会(現役
教員、教育行政関係者、学識経験者ら計20人で構成)後の記者会
見で、「8日の教育委員の会議までに、今回採択する15の種目
(教科)ごとに、複数の候補を選んで示す。この会議が事実上の
最終決定になる」としていた。
 しかし、7日、ようやく15教科の発行済み全教科書を候補として挙
げ、この日に教育委員の意見を聞いたという。非公開にしたことにつ
いて、常盤教育長は「2年前にも同じように行った」と述べた。桧山哲
雄・生涯学習部長兼教育部次長は、「非公開にするのは、いろんな影
響があるから。客観、公平、公正に選んでいるのが一番大事で、決定
後に、経過、結果、理由を話す」とした。
 同校の教科書採択に関し、県教委に届いた意見は、8日朝までに
約3100件に達したという。大部分が、「新しい歴史教科書をつくる会」
のメンバーらが執筆した扶桑社の教科書の採択に反対するものという。
 常盤教育長は、「県立中学・高校にそれだけ関心を持ってもらってい
るのは、ありがたい。だが、どの教科書が、どうとはコメントできない」と
語った。【山口一朗】                            
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