2004年06月

2004年06月22日

多国籍軍参加で、憲法の解釈論議に壁がなくなり、何でもありの無法国家に突き進みつつある現在日本の状況は、憲法9条解釈の論議を超えた、私が常に主張する国側との「段違いの平行棒」になりつつある。

19日、毎日新聞紙面での自民党久間章夫と民主党岡田克也両氏の論戦を読んでその感を深くするばかりである。最早、国民論議の必要性がない自民党の論調になっている。
 
「国連安保理決議1546」での多国籍軍参加は9条解釈論を一気に超えた、後戻りできない日本の針路を決定付けたことにおいて、小泉内閣の公罪は後世に伝えられるべき将来に禍根を残すものとなった。状況は2月26日小牧空港からイラクへ自衛隊を派遣した時とは次元が違う。このことは、自衛隊のイラク派兵での曲がりなりにもイラク特措法による国民への説明責任を果たす姿勢が窺われたのに比べ、訪米でのブッシュと単独会談中の口頭約束で決めてしまった、国会事後承諾のことからして問題の本質を隠蔽しなければならなかったことが窺われる。

イラク特措法案の延長で自民党の万能薬、人道復興支援を差し出せばなにも問題はないと一連の小泉パフォーマンスで逃げ切ったことは国民を愚弄したことに値する。
今後日本は日米同盟に基づき多国籍軍の名の下に軍事行動を実施すると世界に宣誓した、欧米と同じ先進国として自民党が掲げる普通の国を証明したことになる。しかし、喚起しなければならないことは、満場一致の「国連安保理1546」多国籍軍ではあるが、ドイツ、フランス、ロシアが不参加の現実である。各国の当初からの主張「イラク戦争に大義はない」、従ってイラクへの出兵は行わないという各国政府の首尾一貫した姿勢の表れ、「大義のない戦争」に参加させないという国民世論が反映していることである。

自衛隊の多国籍軍参加の糾弾されるべき事態は、反戦、平和運動を展開する私達に最悪の打撃を与えることになった何時もの常套手段のシナリオがある。近年の米国の戦争を省みて、先手必勝の絡繰、既成事実の先行、その結果、自由と人道復興の為には現状の起因を検証するより優先事項として戦後処理、復興に取り組むことが民主主義の確立、自由の保障を達成させる為の最重要課題であり、先進国としての世界平和への貢献になる、憲法前文を逆手に取る小泉内閣手法にまんまと落し騙されるという筋書きのことである。

善良なる日本の国民は、戦後復興支援のお手伝いを実現できることが世界での国際的地位に相応しい日本のあるべき姿勢であると信じて何の疑いも持たず、「大義のない戦争」の攻撃支援と本来米国が自己責任の下でしなければならない戦後復興支援に加担してその偽装正義感を満足させている。戦後日本の民主主義の根差さない根源的な理由の一つに、この偽装正義感がある、加害者意識が常に欠落していることだ。

これらの背景から日本の国益を論じれば、イラクへの人道復興支援は継続されるべきと認識されても不思議でない状況を醸し出してくる。と言うことは、憲法の解釈論に明け暮れるよりも、拡大解釈を超えてしまったその防御処置の必要性を論じる方が、つまり「憲法改正」を俎上の魚にする案が浮上して真摯に語られ始めたことを意味する。

このようにして政府にわざわざ免罪符を与える結果を淡々と容認する珍現象にまんまと乗ってしまった市民運動の浅はかさは歴史的にみて断罪に値するものだ。それは、この機を逃して自衛隊の撤退はありえないにも拘らず、人道復興支援の立場から考慮すれば残留することが日本の国益に適う、またイラクにとってもそうであるという実しやかな虚構を日本人が密かに考えているからにほかならない。

ブッシュ・小泉会談で密約された政府の謀略、虚構を払拭、暴くことが出来なかった私達、反戦運動を展開しているものの無能力さをつくづく思い知らされた結果となった。それにしても今回の小泉訪米は与党においても事後承認という国会を無視した小泉独裁政権の極みとしか言い様がない。

70年以後の市民生活の精神的麻痺は、美食とファッションがもたらす痴呆現象、日本総麻痺痴呆症へ進行が加速しつつあるなかで、あらゆる疫病より蔓延化が急激拡大され緩慢な動作になることなくある時は一気に爆発的推進力を発揮して、今日の国会審議の空転を招く結果という事態になってしまった。

そして、私達市民はあまりにも無力、無関心にならざるを得ない状況を自ら作り出した。その様に自虐的に言っても最早過言ではないだろう。
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