2004年09月
2004年09月16日
時代錯誤の民主党
何とも煮えきらぬ民主党の代表選挙であった。小沢氏との確執が表面化した結果、多難な船出と予想されている。14年前の師弟関係から、新進党の解党による決別、よもや今年の5月小沢氏を民主党の代表に推薦するとは、岡田氏自身も政界は何が起きても不思議でないことを地で行った。
例に漏れず、参議院選挙後民主党内部において集団的自衛権の解釈論に終止符を打つべき勉強会が若手議員を中心に立ち上げられている。小沢氏の勉強会は2年後を睨んだ派閥を加速させるもので単なる勉強会ではない。民主党の「憲法改正」論議に終止符を打って党の日米安全保障についての独自路線を明確にしないと政権に向けた国民票が取れない。常に平行論議は自民党の既成事実の前に埋没してしまう。具体的に言えば、民主党の「国連待機部隊」と自民党の「国際任務待機部隊」の何程の違いがあるのかということだ。
民主党の指針が岡田代表と小沢氏の多国籍軍参加を巡っての解釈論議に終始している嫌いがあるが、両人の解釈論は7年前の延長戦で現在の政権構想に反映できるものではない。このことが時代錯誤なのだ。また、これに振り回される民主党議員「リベラルの会」も底が知れない実態を勉強会で露呈した。
常に自民党は先をいく
自民党も集団的自衛権の解釈論議が後を絶たない。しかし、現実との乖離を防ぐ為に、整合性のとれた法制備に全力を傾けている。関連法案の作成、改正は2年後の衆議院選挙までに全て整えておく構えである。誰の目にも「憲法改正」が極当たり前に判断できる状況を作っておく、これが小泉内閣の仕上げ仕事である。秋の「防衛計画大綱策定」、05年「恒久法」、「自衛隊改正法」、そして「在日米軍再編」と集団的自衛権の論を待たない、「憲法九条」の孤立化、空洞化、「憲法九条骨粗鬆症」による致命率100という恐るべき結果が推測される。
8月に岡田代表が米国で多国籍軍への積極的参加(汗と血を流してでも、世界の平和と人道復興支援の為に」を行うと予告した。すでに小泉首相は21日に国連総会で常任理事国入りの決意を表明する。岡田代表がその決意を後押しするかたちで、なおお墨付きを与えてしまったと言える。
何れにせよ、今回はティータイムでの話ではない。名実ともに多国籍軍の一役を担うことになる。然らば違憲を主張する自衛隊のイラクからの撤退をどのように説明するのか。後は茶番劇でもやるつもりだろうか。
何とも煮えきらぬ民主党の代表選挙であった。小沢氏との確執が表面化した結果、多難な船出と予想されている。14年前の師弟関係から、新進党の解党による決別、よもや今年の5月小沢氏を民主党の代表に推薦するとは、岡田氏自身も政界は何が起きても不思議でないことを地で行った。
例に漏れず、参議院選挙後民主党内部において集団的自衛権の解釈論に終止符を打つべき勉強会が若手議員を中心に立ち上げられている。小沢氏の勉強会は2年後を睨んだ派閥を加速させるもので単なる勉強会ではない。民主党の「憲法改正」論議に終止符を打って党の日米安全保障についての独自路線を明確にしないと政権に向けた国民票が取れない。常に平行論議は自民党の既成事実の前に埋没してしまう。具体的に言えば、民主党の「国連待機部隊」と自民党の「国際任務待機部隊」の何程の違いがあるのかということだ。
民主党の指針が岡田代表と小沢氏の多国籍軍参加を巡っての解釈論議に終始している嫌いがあるが、両人の解釈論は7年前の延長戦で現在の政権構想に反映できるものではない。このことが時代錯誤なのだ。また、これに振り回される民主党議員「リベラルの会」も底が知れない実態を勉強会で露呈した。
常に自民党は先をいく
自民党も集団的自衛権の解釈論議が後を絶たない。しかし、現実との乖離を防ぐ為に、整合性のとれた法制備に全力を傾けている。関連法案の作成、改正は2年後の衆議院選挙までに全て整えておく構えである。誰の目にも「憲法改正」が極当たり前に判断できる状況を作っておく、これが小泉内閣の仕上げ仕事である。秋の「防衛計画大綱策定」、05年「恒久法」、「自衛隊改正法」、そして「在日米軍再編」と集団的自衛権の論を待たない、「憲法九条」の孤立化、空洞化、「憲法九条骨粗鬆症」による致命率100という恐るべき結果が推測される。
8月に岡田代表が米国で多国籍軍への積極的参加(汗と血を流してでも、世界の平和と人道復興支援の為に」を行うと予告した。すでに小泉首相は21日に国連総会で常任理事国入りの決意を表明する。岡田代表がその決意を後押しするかたちで、なおお墨付きを与えてしまったと言える。
何れにせよ、今回はティータイムでの話ではない。名実ともに多国籍軍の一役を担うことになる。然らば違憲を主張する自衛隊のイラクからの撤退をどのように説明するのか。後は茶番劇でもやるつもりだろうか。
2004年09月02日
グローバル・キャンペーンという言葉があります。
自覚なく未だ使っているグローバルはアメリカを意味します。最近やっと新聞紙面からも消えましたが。言わんとすることは、「九条を守れなくても、自分の足元ぐらいは守れ」ということです。
自分の足元が守れてくれば、自ずと九条の展望も見出せるかも、という話です。私は根拠のないことは話さないと前回の会議で述べました。8月28日の「27日事務局会議について」で述べた、「ピースボートのデッキにテープを投げている場合ではない」という理解を超えた文言があります。
これは、7月15日に慰労会を行った日、神戸でテープを投げていて参加しなかったことを比喩している文言です。批判はできませんから上記の文言になった訳です。市民の運動において、一番に言われるのが「横の連帯」の大事さです。
しかし、これは建前でしかありません。活動を展開すればその分、他者を理解することの難しさに直面します。そして私達は「孤立」にたたされます。試練は孤独であるが、純粋の意味が生まれる場所でもある。
自覚なく未だ使っているグローバルはアメリカを意味します。最近やっと新聞紙面からも消えましたが。言わんとすることは、「九条を守れなくても、自分の足元ぐらいは守れ」ということです。
自分の足元が守れてくれば、自ずと九条の展望も見出せるかも、という話です。私は根拠のないことは話さないと前回の会議で述べました。8月28日の「27日事務局会議について」で述べた、「ピースボートのデッキにテープを投げている場合ではない」という理解を超えた文言があります。
これは、7月15日に慰労会を行った日、神戸でテープを投げていて参加しなかったことを比喩している文言です。批判はできませんから上記の文言になった訳です。市民の運動において、一番に言われるのが「横の連帯」の大事さです。
しかし、これは建前でしかありません。活動を展開すればその分、他者を理解することの難しさに直面します。そして私達は「孤立」にたたされます。試練は孤独であるが、純粋の意味が生まれる場所でもある。