2005年10月

2005年10月26日

自衛隊イラク派遣−甲府地裁判決は、問答無用、聞く耳持たぬ、馬耳東風、責任回避、追随主義、自己保身、現状追認主義の何ものでもない。昨今の世の中、国民は過程放棄先行社会、結果ありきのシステム社会に組されてしまった。

近年の生産社会が我々の思考経路を完全に垂直型判断優先の時間軸に変えた。拡大解釈、現状追認追従主義社会の到来で政治バブルの崩壊が近い兆候である。

住民側が全面敗訴=自衛隊イラク派遣−甲府地裁
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051025-00000026-jij-soci

 (時事通信) - 10月25日13時0分更新
 自衛隊のイラク派遣は違憲だとして、山梨県の住民らが国を相手に派遣差し止めなどを求めた訴訟の判決が25日午前、甲府地裁であった。新堀亮一裁判長は「請求は個人の義憤であり、法的保護に値する利益ではない」として、憲法判断はせず、住民側の訴えを全面的に退けた。
 札幌、東京、名古屋など全国で同様の訴訟が起こされているが、集団訴訟の判決は初めて。

                 平和の声・通信 NO208(05.10.26)

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2005年10月19日

小泉強行政権の下に、民意が国会に反映されないことが明確に証明、じんわり浸透してきたが、実は各地域・例えば和歌山県高野口町においては、既に2年前から確実に定着しつつある行政手法だった。

その典型的ともいえる橋本市周辺広域ゴミ焼却場の公共事業は、行政と住民の完全な乖離状態を物語っている。それは、住民側に提示された常套句「担当者不在の為によく解かりません」、もしくは「立ち入り禁止」看板である。

監視と徹底した弾圧に因る住民の封殺は、その気になれば、若僧でも何の躊躇いもなく遣って退けるのが正に権力のなせる技だろう。

                 平和の声・通信 NO205(05.10.19)

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2005年10月16日

先日、瀬戸内氏の近況について報告文を出しました。本日16日の毎日新聞「時代の風」欄に氏の随想「平和の夢のあとに想う」が掲載されています。前回に続き何かの縁だと思います。氏の心境が語られている随想の紹介と、私の致知するところを書いてみました。

 久々に氏が得度の式をあげた平泉中尊寺に詣った時の随想です。話の基盤は、清原清衡の政治目的、「平和と文化」を求めた中尊寺建立の背景が述べられています。そして、テレビで御馴染みの義経伝説の為に、平和は保たれなかった、というお話です。そして、平和を守ることがいかに至難の業かと思いあぐねている時の悟りが、『人間の命と、平和のもろさを、はかないと言い捨てにしきれない想いで、私はひっそりと立ちつくしていた。』で終っています。中尊寺での氏の溜息に、私は、戦後60年の日本を憂い、平和を守ることが難しくても、それを願う心は永遠にあり続けると読みました。さらに、現在の日本はもはや平和でないことが語られていると理解しました。

私は近年、憲法前文第2項に定められている「平和的生存権」が侵されていると日々痛切に感じています。だから、9条を守ることを願うだけでなない、運動が条文化しない生き在を模索することが求められていると考えています。
 以上が瀬戸内氏の随想についての私心です。

                 平和の声・通信 NO203(05.10.16)
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2005年10月11日

野田聖子議員、誰の為の記者会見

自己保身の為なら舌の乾かないうちに民意を無視する人間は社会人とは言えない。国会議員など以ての外である。社会人は意見を翻す者に対して、裏切り者もしくは日和見主義者は信用できないとレッテルを貼り、そして、疎遠になっていくのが通常である。

徹底的に勉強をして、後悔していない現状において、衆院本会議で可決することが解かっているからといって、「可決する」ことが「国民の声」と直結することにはならない。この理解を自民党本部への謝罪とするならば、如何にもお粗末な幕引きではないか。

政治資金の欲しさ、落下傘新鋭女性議員との出世レースに後れを取ってはならないなど、身勝手この上ない判断である。前日に自民党へのお詫び記者会見を披く等、恥知らずでしかできない芸当だ。有権者に対する背信行為を罰する法律がないのも困りものだが、これ程の社会的裏切り、有権者を馬鹿にしても単なる井戸端会議で終らせる古今東西の風潮につくづく嫌気が差しても可笑しくなくなった。

しかし、冷静に我が身に帰れば、自己保身の代名詞を許すなと大声を上げてみる前に、既に自己保身の現実を知るばかり。議員も国民も挙って、我が身可愛いさではどうにもならない。
          平和の声・通信 NO202 本日の話題(05.10.11)

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2005年10月07日

5日、和歌山県の国民保護計画協議会がアバローム紀の国で開催された。全国的にこの11月を目処に策定、計画案を年内に国へ提出するようになっている。

計画案で注目すべきところは、第2編「平素からの備え」において、「県は自衛隊との連携を図り、国民保護措置と防災訓練とを有機的に連携させる」とある。計画案として然もありなん、しかし、常に国は計画の法的実施より先に既成事実の積み重ねを周到に遣って退けているのが現実である。

御坊市美浜町の「煙樹海岸機雷訓練計画」がこの事例を見事に成し遂げている。見物、圧巻としか言いようが無い。

平和の声・通信 NO201 05.10.07
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2005年10月04日

          国民保護計画(案)は自衛隊の戦争訓練
          国民防災訓練と自衛隊戦争訓練の一体化

2003年5月20日、ブッシュ大統領がイラク戦闘終結宣言を出した、そして継続審議3回目の「有事法制」が民主党の国民保護法の整備を交換条件に賛成、国会議員の9割以上が賛成して法案は成立した。そして、この茶番法案に納得したのが国民である。この時点から、今日の小泉政権に自信を与え戦争法案のオンパレード、一気に改憲が現実のものとなった近々の状況は説明を必要としないところであろう。

既に、戦争する日本のシナリオが完成したと言っても過言ではない。 さらに、改憲の火蓋を切ったことが、05年9月11日衆院総選挙後の17日、民主党新前原代表によって明確化された。民主党の法案賛成は「万死に値する」暴挙として糾弾しなければならない。

さて、本題の〈国民防災訓練と自衛隊戦争訓練の一体化〉について、和歌山県の事例を基に検証する。
2003年11月、御坊市美浜町に配備されている陸上自衛隊第303施設隊が、04年度より「第304水際障害中隊」に再編され、煙樹海岸とその沖合において機雷敷設訓練を行うという計画が公にされた。
 
同施設隊は、災害派遣等にも備えた建設部隊として地元に受け入れられてきたが、今回の編成替えと新たな機雷敷設軍事演習の実施により、国防・治安的意図の「有事体制」への国内再編成前線部隊としての役割を担うと公表された。その為に準備されていた水際地雷敷設車の投入は、間髪を入れぬタイミングで県民の国防意識を高めることになった。折りしも、大規模地震が現実に起こり、東南海地震の発生が現実味を帯びる状況で、自衛隊と住民参加による防災訓練は極普通の風景になってきた。

しかし、県立自然公園煙樹海岸での機雷訓練は実質上の軍事訓練である為、地元住民は計画反対を町議会へ申入れしている。水際地雷敷設車による機雷訓練の本来任務は、不審船、テロ侵入船、スパイ船等の敵上陸を阻止するのが目的であると、私達は説明を受けている。しかし、冷静に考えるまでもなく、太平洋側から敵が侵入してくることは常識ではありえない想定である。然らば、国防の名を借りた敵国への上陸、侵略作戦訓練に他ならないと考えるのが普通であろう。
 
私達は2004年2月8日に第22回反戦市民抗議行動として、陸上自衛隊和歌山駐屯第303施設隊に煙樹海岸機雷訓練計画の中止を求めると共に、自衛隊イラク派兵命令の撤回を求めて申入れを行なった。そして、3月31日、和歌山県知事に煙樹海岸での機雷訓練の許可を与えないように要請書を提出した。しかし、この時点で既に県庁において「危機管理室」の設置、4月1日から国民保護計画案作成に向けて稼動することになって折、さらに元自衛隊職員も採用されている状況であった。
 
私達はさらに2005年4月18日、美浜町に対して、昨今、ミサイルが飛んでくるという一部の風潮は聞くが、敵海軍が上陸してくる等の時代錯誤な法螺を聞くことは先ずありえない。美しい煙樹ケ浜での自然破壊を伴う戦争を前提にした残虐兵器の軍事訓練は認められないと申入れを行いました。

ところが、その10日後、隣の白浜町での地震、津波による自衛隊合同防災訓令に水際地雷敷設車を投入して実施したのである。美浜町の訓練反対不認可を無視して防災訓練に試用し住民への初お披露目で目に馴染ませる戦法にでた訳だ。地雷敷設車の投入目的は、防災には甚だ無用の長物にも係わらず既成事実の先行で住民に認めざるを得ない状況を作るためのデモンストレーションの何ものでもない。

この実態を自衛隊合同防災訓練として国防意識を高揚させる戦術は昔も今も全く変わらない。住民の保護を建て前に、自衛隊への協力を要請しているに過ぎない。私達は5月23日、白浜町に対して抗議と今後自衛隊との合同防災訓練に地雷敷設車を導入しないことを求める要請書を手渡した。

しかし、国民保護計画案が表に出ないが、それよりも既成事実の積み重ねで、国民防災訓練と自衛隊戦争訓練は完全に一体化して進められている現実を9月11日に知ることになる。美浜町での機雷訓練計画受け入れが紛糾している最中に、東南海、南海地震を想定しての、自衛隊員約560人、車両約40台、航空機約10機、艦艇4隻が参加しての大規模防災救援活動が実施されたのである。これには地元住民も唖然、壮観たる眺めで黙視するしかなかったであろうと思われる(詳細は「美浜の自然を守る会」のホームページを参照してください)。

この実態がこの秋に作られる国民保護計画の現実であり、既に全国津々浦々で実施、既成事実の先行が展開されている。異常な国民保護計画案のその異常性は、国民を守るための計画、合同訓練ではなく、自衛隊の侵略の戦争訓練であり、それによる国防の国民の義務をまざまざと見せ付けるものであることが和歌山県美浜町の事例からも明確に実証されたと言えるであろう。しかしながら、私達国民は防災訓練の下では、沈黙を余儀なく強要されるがままでしかない、残念だが。
最後に、和歌山県は10月5日に国民保護計画協議会を開催して答申を受ける。そして1ヶ月の「パブリックコメント」を実施して年内に国へ計画案を提出する手筈になっている。

2005年10月3日
岩畑 正行   
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