2006年03月

2006年03月31日

怯むな

現在、特に厳守、尊重されなければならないのが、「表現の自由」である。不当、強力な抗議があっても軽んじた妥協、安易な措置、主張の修正、削除はすべきではない。これらの対応は自らの「生きる」道を閉ざす行為に繋がり、表現の自由を著しく阻害、萎縮させる結果しかもたらさない。
私達は87年5月3日の朝日新聞阪神支局襲撃事件が何をもたらしたのかを想起しなければならない。

空恐ろしい教育

年内に教育基本法を改正する具体的方針が自民党内で採択された。
「ゆとり」から「正義と責任」を「教育目標」に掲げた愛国心の強制である。
「強制はしない」、目標であると言ってきたが、形振り構わぬ人権無視の教員に対する処罰、罰則である。教育委員会は、この軋轢を目の当りにする子供の内心を考えるのが任務である筈だが。「米国の正義」と「自己責任」を掲げて進む日本を想像すると空恐ろしい。

NHK・涙の良心

事実に真っ向から反する怒りの反論、公衆の面前で恥ずかしげもなく毅然とした
態度でバッサリ切って捨てる態度は、強者正しい暗黙の了解を示唆するに十分な
迫力である。こうして野党による参考人招致ものらりくらり時間を稼ぎ49日で
真実だけが処罰を受ける成り行きは、昔も今も世の常、世の定めか。久々に聞い
た男の本懐「家族を路頭に迷わすわけにはいかない」。然れど、安倍氏を小泉首
相の後継者にするわけにはいかない。

NHK改変問題の選択肢

安倍氏は司法の場でなく、報道の範囲で白黒の決着をつける様に主張している。また、NHKの広報を買って出た産経新聞社も広報の場で朝日新聞社の証明を求めている。各野党は国会での証人尋問を要求しているが、小泉首相が政治の介入は必要ないとして実現しない。然りとて、石原氏の外野席は黙り決着は裁判での意見に便乗する訳にもいかない。昨今、事件も週替わり、風化させない為にも朝日新聞社は根気よく取材の証明を続けるのが本筋であろう。


森本氏の策動に乗ってはいけない
 
民主主義と自由を発展させる「正論路線」に騙されるな(03・03)
第20回「正論大賞」をテレビでお馴染みの森本敏氏が受賞した。あいさつでは「安全保障論の仕事という登山の五合目で、茶店に立ち寄りいただいた甘露の水とも言うべきもの」と兵法の大家らしからぬ文人の片鱗を覗かせ、また、「本来静かに国を思い、静かに去っていくもの」と受賞あいさつを披露した。テレビでの文人的面影に騙されてはいけない。氏の仕事とは、徴兵制の復活と米国51番目の日本州を創ることである。

森本氏は「受賞を大変光栄に感じている。安全保障論の仕事という登山の五合目で、茶店に立ち寄りいただいた甘露の水とも言うべきもの」と喜びを表現。和田氏は「賞をいただき感激している。ゆとり教育のため、アジアの中で英語力が北朝鮮並みになってしまうという世論の危機感が、私に賞を取らせていただいたと思う」と語った。
 正論大賞は「民主主義と自由を守り、発展させる」という「正論路線」に基づく言論活動で傑出した個人や団体に贈られるもので昭和60年の創設。
受賞あいさつでは、「安全保障というのは本来静かに国を思い、人に気づかれずに仕事をして」と自らの研究姿勢を紹介した。一方で、「テレビに出ているのは反米進歩的文化人と戦う姿を学生に見せるため」とユーモアたっぷりに話し、会場を沸かせた。

信義誠実の原則にもとる

自己保身の為なら舌の乾かないうちに民意を無視する人間は社会人とは言えない。国会議員など以ての外である。社会人は意見を翻す者に対して、裏切り者もしくは日和見主義者は信用できないとレッテルを貼り、そして、疎遠になっていくのが通常である。徹底的に勉強をして、後悔していない現状において、衆院本会議で可決することが解かっているからといって、「可決する」ことが「国民の声」と直結することにはならない。この理解を自民党本部への謝罪とするならば、如何にもお粗末な幕引きではないか。

政治資金の欲しさ、落下傘新鋭女性議員との出世レースに後れを取ってはならないなど、身勝手この上ない判断である。前日に自民党へのお詫び記者会見を披く等、恥知らずでしかできない芸当だ。有権者に対する背信行為を罰する法律がないのも困りものだが、これ程の社会的裏切り、有権者を馬鹿にしても単なる井戸端会議で終らせる古今東西の風潮につくづく嫌気が差しても可笑しくなくなった。しかし、冷静に我が身に帰れば、自己保身の代名詞を許すなと大声を上げてみる前に、既に自己保身の現実を知るばかり。議員も国民も挙って、我が身可愛いさではどうにもならない。

呉氏も老残の同舟か

4月1日、産経新聞新紙面に森羅万象をばっさり切る辛口コラム「断」の掲載が始まるが目に止まった。社会面の初日タイトルが「吉本の幻像の罪」とある。何とも言えぬ違和感をもったので読むことにした。内容は新刊『中学生のための社会科』の紹介に対してばっさり切ったものであるが、これには全く興味がない。しかし、私もこの筆者、評論家の呉智英をばっさり切りたくなった。 『この本のオビでは加藤典洋、長谷川宏がまた絶賛。こういうトリマキたちのふりまく「吉本の幻像」が思想界の頽廃(たいはい)に拍車をかけているのだ。』と論じている。

吉本隆明氏は4,5年前だったか、湘南の海岸で溺れたとき既に柄谷行人に論壇から葬り去られている。
呉氏の『老残もここまできたかとあきれた』のは良いとして、内容で問題になっている「現実感覚の欠如」そのもので氏にそのままお返ししなければならない。当の昔に「思想」は凋落仕切って、衰残の独り善がりにおちている現実認識が欠如していることを。


済し崩しに改憲事実ができ上がる

5日衆院本会議で、4月29日「みどりの日」が「昭和の日」に自公民の賛成多数で可決された。2度廃案になっている祝日法改正案である。
17年前に自民党自体が納得して改正した祝日であるにも拘らず、なぜ今、竹島、教科書、靖国参拝問題の状況において制定されなければならないのか。今回は国会論議が全くなく、マスコミも以前から無関心を決め込んでいた節がある。

産経新聞が3月26日、朝日新聞が辛うじて3月31日に記事にしている位で、私の知る限り他社に記事掲載はなかったように思われる。歳月による歴史認識の風化が一気に瓦礫と化すこと著しくなった背景はいったい何なのか。今回の教科書検定問題で、「つくる会」の藤岡信勝氏は「後数年経てば、南京虐殺はなかったということになる」と言明している。歴史認識の抹殺が進むその土壌はどこからくるのか。取り敢えず延命法に長ける大衆市民日本人、単なる国民性では済まされない。この状態で全てにおいて済し崩しに改憲事実ができ上がる。

比例は公明党に

『比例は公明党に』・『首相・公明党に逆らったら政治生命を奪われる』
公明党が比例区で取った票数は898万票、300の小選挙区・平均2万〜3万の学会票がバラまかれたことになる。自民党の節操の無さは今に始まったことではない。自民党大勝の立役者を担った若者層無党派は、まさか池田大作名誉会長の高笑いを聞こうとは思いもしなかっただろう。勝者は小泉首相ではない・公明党・創価学会である。若者よ、影の学会圧力により自分達の首を絞める嵌めになろうとは思いもしなかったであろう、これを世間知らずという。
民主党・マニフェスト「自衛隊のイラクからの撤退」は本物か?
 
「もっとリーダーシップを取れ。支えてやる」(小沢氏)
やっと民主党が動き出したという感じだ。結構なことだ。解散後、直ちに、岡田代表が、「連合」に頼らない、公明党との連携は有り得ない選挙を訴えた。そして、外交安保問題で、「派遣期限が切れる12月までにイラクから自衛隊を速やかに撤退させる」と表明、マニフェストに明記された。喜ばしい限りの政権公約である。しかし、既に、連合との二人三脚を表明、公明党との連立が実しやかに永田町から流れ出した。トップの菅、鳩山、小沢各氏の会談が重ねられる度に当初、岡田代表の決意表明が反故になっていく。何でもありの政界のマジシャン小沢氏の「動きだしたゾ」は、頼もしくもあり、危険が一杯と下種の勘ぐりであればよいが。小沢氏の裏技、下種と鷹とに餌を撒いての見せ所、成功の暁には政権公約「自衛隊のイラクからの撤退」は守って頂きましょう。

行政と住民が乖離している

小泉強行政権の下に、民意が国会に反映されないことが明確に証明、じんわり浸透してきたが、実は各地域・例えば和歌山県高野口町においては、既に2年前から確実に定着しつつある行政手法だった。その典型的ともいえる橋本市周辺広域ゴミ焼却場の公共事業は、行政と住民の完全な乖離状態の典型を物語っている。それは、住民側に提示された常套句「担当者不在の為によく解かりません」、もしくは「立ち入り禁止」看板である。監視と徹底した弾圧に因る住民の封殺は、その気になれば、若僧でも何の躊躇いもなく遣って退けるのが正に権力のなせる技だろう。

小泉首相の性癖

 第三次小泉内閣の雛壇で一際時代錯誤的能天気な出立ちでお披露目した猪口邦子議員が第三番目の看板大臣になったことから、サプライズを演出したのは猪口ファッションということになる。この趣向を一番喜んだのがどうも小泉首相本人だと憶測できる。つまり、国民の違和感と失笑を買うことが首相の最大の喜びだと解かったからだ。まさに、ファッション界が「驚いた」から成功したのである。しかし、この性癖も悪いセンスばかりではない。例えば、昨年からいち早く留任指名された平謝りの笑うことのない北側一雄国土交通大臣は、真摯、実直のうえに反省のイメージが定着しつつある。また、アキレス腱の外務省には、鈴木宗男議員の脅しに対して、ニヒルな麻生太郎大臣は正解だろう。

また、官房長官の安倍晋三氏は対アジア政策、靖国対策には最適な人材である。このように見れば、小泉首相性癖人事も強ち的を射たと言える。個人趣味第三次内閣もこの布陣で、麻生、安倍両議院を引き連れて来年8月靖国参拝を強行すればまさに小泉劇場の幕引きに絶好の情景を作り出すことになる。お見事の一言。常に我々は負け犬の遠吠えの憂き目を見ることになる。

軟着陸

28日午後、自民党党紀委員会が郵政法案に反対した衆参両院の議員50人の処分を決定した。公表された処分を一覧すれば、マスコミ井戸端前評判よりは自民党的常識に適った内容になっている。関係者一同胸を撫で下ろしているところだろう。しかし、収まらないのが国民新党のメンバーだ、すでに自ら離党しているのに除名とは何事だという訳だ。理屈は御尤も同情に値するが、本はと言えば、我が古城への未練の断ち切れ時期を逸した結末、自ら招いた結果である、謙虚に敗北宣言すべきところだろう。お涙頂戴若年議員ではないのだ。このへんが政治家として小泉首相との腹の据わりが違ったといえる。見通しを誤ったということだ。
すでに、日本の政財界は小泉首相、竹中大臣の暴走を国益として享受していたにも関わらず、本人らは目を逸らし続けた。自ら温床に未練を残した顛末として五臓六腑に銘じるべきである。

日常茶飯事

昨年から市民運動に対する徹底的な逮捕劇が跡を絶たない。昨日も2005年沖縄平和行脚中の僧侶が公務執行妨害で逮捕された。日常茶飯事の事件はもはや大手各紙では多様な判断から報じられない、それこそ日常化している出来事に過ぎなくなってきている。
ニュースはインターネットで紹介され関心ある範疇に止まり、隔離状況が成立しようとしている状況で、「知る」、「知ることを拒否する」二極化が加速の一途を辿りつつある。そして、それだけ公務執行妨害事件の日常化も加速する傾向にある。
最近、文化人、先生も走り出した、僧侶も逮捕されたとにわかに世間が騒がしくなってきた様子だが、自民、公明、民主3党暴走の小石にもなりえない哀訴の感じだと下衆の勘繰りにならないことを願うばかりである。何れにせよ、現憲法を遵守する運動に対して不当連発逮捕劇を日常茶飯事にしてはならない。

米国制鵜飼

07年10月発足する「日本郵政会社」の初代社長に三井住友銀行の西川善文前頭取が決まった。これで完全に読めた。その証拠が明確になった。要するにグローバル世界での勝利者でありたい訳だ。
竹中財務相は、もはや世界の価値基準は民族単位ではなく、貨幣単位で全てを決定、支配していく方程式を如何に米国・ブッシュ大統領と共有するかしか考えていない。眼下にホームレスを見ながらの高層マンション住いが出来る神経は、国民の銀行に対する信頼を逆手に取った金利ゼロ政策推進と同じ論法である。イヤなら貯金を止めろ、イヤなら自殺しろと言っているようなものだ。


「三猿」主義

これは報道自主規制である。
本日15日、ブッシュ大統領は昼前、大阪・伊丹空港に到着、その後、専用ヘリコプターで京都入りする。紅葉の京都を楽しみ、16日、日米首脳会談へ臨むことになっている。しかし、昨日、本日のマスコミは、日本にとって重要な会談が京都迎賓会で行なわれることについて、殆ど報じていない。15日、産経新聞が三面記事で僅か(見落とす)に掲載しているだけである。
確かに、紀宮さまと黒田さんの成婚は御めでたいことである。しかし、これはこれである。現在、日米関係は、食生活ならびに安全保障まで一個人の全てに関わっている、誰一人無関心ごとではいられない、下手をすると米国と運命共同体になりかねない重要な外交相手国である。その代表であり、小泉首相の政策担当先輩のブッシュ大統領と、日本を51番目の州の方が上手く日米関係が成り立つと画策する首脳会談を京都で開催することを国民に周知しないマスコミは一体全体どうなっているのか。最早、戦前の言論体制でいくという合意なのだろうか。

新自由主義症候群

ファシスト的状況と自民党自ら古巣の議員が一斉に声を上げだした。村八分の追い出しに気付いて今更吠え立てている訳ではない。それは、戦前のマスコミの迎合、権力(資本)への擦り寄りを経験済みで熟知しているからだ。この構図は全く戦前状況と瓜二つ。国民も富の周辺にしがみつきたい思いを顕に躊躇いもなく出してきた。善良小市民の新自由主義が知らずにエイズ化している症候である。親米左翼と親米右翼の供宴が米国の第51州と言われる精神風土を正につくりつつある。

貧乏人は麦を食え

二極化の言葉が定着すると同時に、 勝ち組、負け組の二極化という社会構造が明確になってきた。数値的には、年収700万円以上と400万円以下がここ近年でそれが不自然でないような宿命的諦め心象が現実となり、それこそ定着しつつある。そして怖い現実は、経済界において低所得層向け商品開発が進んでいる現実である。その潮流が「小泉新自由主義」とマスコミが騒いでいるが、よく思い出して欲しい、古い話になるが、1950年、池田勇人首相が「私は所得に応じて、所得の少ない人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に副つたほうへ持つて行きたいというのが、私の念願であります。」と発言している。
自民党のお性根は、三つ子の魂百まで、何もいまさら小泉首相に始まったことではない。

ホリエモン・天皇制に異議あり

善くぞ言った、無所属立候補・堀江貴文氏、『憲法が「天皇は日本の象徴である」というところから始まるのには違和感がある』、日本外国特派員協会講演での天皇制についての発言である。私の周辺の多くはそう考えている。
しかし、右翼が怖いから誰も黙して語らない、偉いぞ堀江貴文社長、仁義無き銭ゲバ天賦の才だけでない、知力があるとは恐れ入った。

各位、お覚悟を
 
戦後、民主主義が熟成の年代を重ねる都度、「平和」とは反対方向に、また、現憲法を蔑ろに、括弧つき棚上げにしてきた現実が事実化した。この現実を打破するには、よほどの起爆剤がなければ実現できないことが今回の総選挙でよくよく理解させられた。しかし、私達にできる実践は、極度の限定、括弧つき範疇でのよくいわれる個人の力は極、極微力だ。
国民は「小泉政権の現実」を熱狂的に受け入れた。その代償は余りにも大きいことを自覚してかどうかは判らない。「民営化」という虚仮威しを真に受けて、御題目の護憲による自衛隊との共存、天皇制との共存繁栄を小泉首相に白紙委任したその代償は、日本の将来に私達が望まなかった全てを極印する結果になるだろう、各位、お覚悟を。

アングロサクソンは吸血鬼か

 英国軍が拘束されている同兵2人を奪還する為、刑務所に装甲車で突入したニュースは既にご周知のことと思われます。しかし、この拘束原因については明らかな報道はされていません。以下読売サイト程度で知るだけです。
 しかし、これには以前から隠されている、英、米、イスラエル多国籍軍破壊工作部隊の仕業による、作戦中に拘束されたのではないかという事実が明るみに出たことが検証されつつあります。イラク情勢ニュースサイトがこの検証報道をおこなっています。また、昨今全く役立たずになった日本のマスコミに代わって中国・新華社が報じているのも皮肉なものです。
多国籍軍テロ誘発部隊は事実存在します。戦争は起こる前に仕掛けられるというのが歴史的教訓です。
アングロサクソンは、広辞苑によると吸血鬼の意味に符合します。

イラク陸自撤収は本物か
 
「リトル バーズ」でお馴染みになった綿井健陽氏が10月号「世界」にサマワ現地報告を寄稿している。タイトルは「崩壊した友好、自衛隊に向けられる敵意」である。そして、サブタイトルは「改善されない、電気、水、仕事、不足」、「自衛隊駐留を直接批判する市民の声」、「敵国となった日本」である。これだけで報告内容がどのようなものか想像できる。そこで、このコラムでは、綿井氏の結論を論じた文言だけを紹介する。

『自衛隊のイラク派遣は「国際貢献」、「人道復興支援」の手段などではなく、自衛隊員の戦地での「活動経験・体験」と「現場での実践演習」を積むのがその目的となった。そして何よりも「次の自衛隊海外派遣」に備えた実績作りのために、自衛隊の「有効活用」、「平和利用」論を唱える改憲派の9条改正に向けた動きのステップとしてのサマワ駐留になっている。』
 現在、「恒久法」への動きが鎮静化しているが、撤退論と同時に日米再編協議に基づく「不安定の弧」に対する日本の役割が明確かするのはもはや時間の問題である。従って、イラク陸自来年前半撤収は周辺事実から現実味
ある論議だが、しかし、論議倒れにならざるを得ないだろう。
日米安保・再編協議はそんな軟いものでない、国民は先刻承知の筈だ。


人道復興支援から集団的自衛権へ

イラクからの自衛隊撤退論が現実味を帯びてきた。米政府から「クウェートからイラクへの輸送支援を継続させることを条件に撤収を容認する」と伝えてきたことが20日の東京新聞で報じられている。
人道復興支援の限界と英軍、豪両軍の撤退による警護上の限界が撤収を現実のものにしている。しかし、輸送支援の継続は、決定的な集団的自衛権の行使に値する軍事的作戦の何ものでもないことは自明の理である。イラク派兵の真が問われる。
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2006年03月27日

小泉首相は、先に開かれたシーアイランドサミットで、「主権移譲」後のイラク駐留多国籍軍への参加を、ブッシュ米大統領に約束した。6月18日、名古屋地方裁判所において、われわれが提訴した歴史的な自衛隊のイラク派兵差止訴訟第一回口頭弁論が開かれたその日に、イラクで編成される多国籍軍に自衛隊を参加させることを閣議決定した(イラク特措法施行令改正及び基本計画変更の閣議決定)。
 これにより、イラクに主権が移譲され、新たな多国籍軍が編成される6月末に、自衛隊は戦後初めて多国籍軍に参加、一員となる。

 政府は従来、多国籍軍への参加は他国の武力行使と一体化するものとして違憲であり、許されないと説明してきた(内閣法制局見解)。
 これに対し、今回政府は自衛隊の活動はあくまでも「非戦闘地域」で行われるものであり、日本の指揮下におかれ、多国籍軍の指揮下におかれるものではないから「他国の武力行使と一体化するものではない」と説明している。
 しかし、「指揮権が別個である多国籍軍」などという概念は国際法上ありえない。
「日本の主体的な判断の下で活動」し、「統合された司令部の指揮に従い活動するものではない」というのは詭弁であり、明白な憲法違反を糊塗するものに他ならない。
 さらに「米英両政府から公式に了解された」とする文書は、内容も不鮮明、米英の誰が「了解」したのかも不明というものであり、これで「他国の武力行使と一体化するものではない」ことを担保したなどというのは、まさに国民を欺くものでしかない。
 
「国連安保理決議1546」での多国籍軍参加は9条解釈論を一気に超えた、後戻りできない日本の針路を決定付けたことにおいて、小泉内閣の公罪は後世に伝えられるべき将来に禍根を残すものとなった。状況は2月26日小牧空港からイラクへ自衛隊を派遣した時とは次元が違う。このことは、自衛隊のイラク派兵での曲がりなりにもイラク特措法による国民への説明責任を果たす姿勢が窺われたのに比べ、訪米でのブッシュと単独会談中の口頭約束で決めてしまった、国会事後承諾のことからして問題の本質を隠蔽しなければならなかったことが窺われる。イラク特措法案の延長で自民党の万能薬、人道復興支援を差し出せばなにも問題はないと一連の小泉パフォーマンスで逃げ切ったことは国民を愚弄したことに値する。

今後日本は日米同盟に基づき多国籍軍の名の下に軍事行動を実施すると世界に宣誓した、欧米と同じ先進国として自民党が掲げる普通の国を証明したことになる。しかし、喚起しなければならないことは、満場一致の「国連安保理1546」多国籍軍ではあるが、ドイツ、フランス、ロシアが不参加の現実である。各国の当初からの主張「イラク戦争に大義はない」、従ってイラクへの出兵は行わないという各国政府の首尾一貫した姿勢の表れ、「大義のない戦争」に参加させないという国民世論が反映していることである。自衛隊の多国籍軍参加の糾弾されるべき事態は、反戦、平和運動を展開する私達に最悪の打撃を与えることになった何時もの常套手段のシナリオがある。近年の米国の戦争を省みて、先手必勝の絡繰、既成事実の先行、その結果、自由と人道復興の為には現状の起因を検証するより優先事項として戦後処理、復興に取り組むことが民主主義の確立、自由の保障を達成させる為の最重要課題であり、先進国としての世界平和への貢献になる、憲法前文を逆手に取る小泉内閣手法にまんまと騙されるという筋書きのことである。 (平和の声・通信【格物致知】3月27日)
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