2006年08月

2006年08月31日

明日、9月1日恒例の東京都防災訓練が行われる。この件については、[通信・NO289 先を行く防災訓練]でその予告を掲載した。所謂、6月の末にNHKが報道した、「東京都防災訓練に米軍が参加する」というニュースだ。
 東京都総合防災課の話だと、8月1日、正式に規模、内容等について広報するとのことであった。お盆を過ぎて、靖国騒動も然程の爪あとを残さない結末になり一安心したところで、都の防災サイトを閲覧することにした。しかし、サイトは7月25日から全く更新されておらず、9月1日の総合防災訓練については、単なるお知らせ項目の記事しか掲載がなかった。そして本日30日も更新されていない。世界の都市を吹聴する東京都で、前代未聞の防災訓練を実施するというのにこれは可笑しい行政対応である。総合防災課は、この件に関して8月25日プレスに広報を行ったことは述べたが、サイトの更新については、忘れている、直ぐにプレス広報を掲載しますと言明するに止まった。

 都民と横須賀市民約2万5千人、自衛隊約3千人、在日米軍に関しては当日にならないとその規模は判らないということであるが、2000年の「ビッグレスキュー東京」を凌ぐ空前の規模で実施される。
しかし、都のサイトは疎か、マスコミも広報を受けていながら都民、国民向けて案内を出さないのは、」今に始まったことではないが不自然極まりない。

 近年、全国各地の防災訓練に自衛隊の参加は慣例化と必要性が定着した。自衛隊待望論も本物になった。そして、ことしは「在日米軍再編」の記念すべき2006年である。東京都参与の志方俊之氏が言明している「人命救助に日本人も米軍もない」がこの9月1日の防災訓練で遺憾なく発揮される。

 正式訓練名称は「平成18年度東京都・足立区合同総合防災訓練」である。
目的は「 震災発生直後における自助、共助、公助体制確立の促進」、「行政及び各防災機関の実践的な訓練の実施により、災害対応能力の向上を図る」とある。尤もな事だ。そして、統一テーマは「連携」となっている。前回の「ビッグレスキュー東京2000年」の時もテーマは「連携」であった。この時は、政府、東京都、自衛隊の「連携」をベースに防災、災害から首都機能の回復が謳われた訳だが、今回はそれに在日米軍が参加する構図になっている。これも、自衛隊と米軍の共同統合、運用が日常化する過程で当たり前の参加であり、また、そうでなければ迅速な都民、首都機能の回復、「都民を救え!首都を救え!」にはならない。もはや、私達にはこの防災訓練に反対する何の根拠も持たない次元に立たされて、訓練に参加するか、傍観するかのどちらかで反対することは許されない状況にある。
 この状況を奈落の果てという。私達が「在日米軍再編」反対と声高に叫んでももはやあり地獄と同じ境遇に晒される破目に陥る仕掛けに嵌ったのも同然となる。
 戦いの本質的敗北は、実は「馴れ合い」から来る戦えない状況に私達が落ち込む、組み込まれる、同化する日々の生活から生まれる。言葉を変えれば「傍観する」しかないということだ。しかし、それ以上に致命的な敗北は、それしかない自己に歴史的ともいえる、「単純に忘れる」、「思いの風化」という人間の基本的に生きる為の防御知恵が働くことである。嘆かわしい至りだが、これが現実、自己である。

 「連携」について
2006年の「連携」は2000年の時と「連携」と全く内容が違う言葉に変革されている。それは、「在日米軍再編」、トランスフォーメーションの言葉が機構、組織の協力再編からさらに変質した、日本人の生活意識の変容を迫った一種の勢力結婚、私達にすれば強奪された関係を背負わされたことを物語っている。「不幸な結婚」である。せめて憲法9条との三角関係、内縁の関係で居たかった願ったと良識的に考えたいが、歴史も生きものだ、日本もこの際、きっちりと縁組を果たし世界に公表した方が国益に適うと判断、所謂7月29日ワシントンでの「世界のなかの新日米同盟」の披露宴を催した。自ら殺人者になりたくない、金銭的に安くつくという戦後日本人特有の打算がそうさせたともいえる。さらに、その為に、米国産輸入肉を次世代を担う子供に食べさせる決断をした。
 
 「連携」の蜜月
早速、マイケル・グリーン氏(米国家安全保障会議前上級アジア部長)は5月21日サンデープロジェクトで、また、7月21日のNHKスペシャル「「在日米軍再編」について」の番組で「自衛隊は米軍と共に寝食を共にして、受身ではなく戦略的提案を積極的に行って欲しい」さらに「日本からの提案であって、決して米国に反対をしては駄目である。」と国民に呼びかけた。本来的に保守にも成りきれない日本は、亭主関白に憧れる女房的役柄を引き受けることを選択したのである。同居から正式婚、どこ憚ることなく米国が日本を蹂躙する形において、国民は義理愛の相関関係を上手く演じていくだろう。自己保身に長ける国民全体が、不幸な結婚の飽和状態をその結果を自己に刻まれる激痛に耐えかねるまで今後も「連携」を進化させ続ける。
「連携」は、蜜月で日本人の「心」を「馴れ合い」の空間に押しやり「思いの風化」と変質させる。そして、私達が戦後培った理念を完全に打ち砕くだろう。その日もそう遠くない。

「連携」と集団的自衛権
総合防災訓練と「国民保護」訓練は一卵性双生児である。あらゆる不測の事態に備えての「連携」訓練は、災害、攻撃からの「国民を救え、首都を救え」の実践であり、救助と攻撃は表裏一体の関係である。既に「在日米軍再編」の下では攻撃による防衛も実践しなければならない宿命の下で実施されている。この次元で集団的自衛権の行使を解釈することは全く意味のないことである。従って、安部晋三氏の改憲に関係なく解釈変更で集団的自衛権を実施できるようにしておく次期政権構想は政府として理に適っている。しかし、「救助と攻撃」において行使する運命にある解釈は、これ自体すでに行使している。然らば解釈論を弄び左翼の休息の温床にしてはならない。というのは、イラクで活用している 2004年2月の「日米物品役務協定改定」が法律上決まっているから集団的自衛権に抵触していないと居直る政府論議と同じで反戦運動にとっては生産的な話ではないからだ。すでに「在日米軍再編」は集団的自衛権の論議に終止符を打ったと考えてよい。従って、私達の実践は今後「反戦運動」でなければならない。

 最後に
今回の総合防災訓練から各地で米軍の参加も検討されるだろう。益々、市民の反戦運動の展開が困難な境遇に押しやられることは必至になる。
(平和の声 通信【格物致知】2006年8月31日)
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2006年08月28日

「靖国信奉の虚」を論考する前に、靖国問題を理解する為の基礎知識を列記しておきたい。
■A級戦犯合祀を管轄したのは、「厚生省引揚げ援護局」、その構成は、美山要蔵元陸軍少佐(元大本営課長)、板垣徹元中佐、元将校、下士官等で、特に、美山少佐は東條英機直系の関係にあった。

■「厚生省引揚げ援護局」の大事な目的の一つが遺族年金の支給である。
A級戦犯は約7百50万円、一兵卒は約百万円。
沖縄戦で、日本兵に殺された赤ん坊、準軍属(日本軍協力者)の年金額は未確認です。

■遺族会のA級戦犯分祀に対する賛否は、1985年に諮られ東條英機元首相の息子、東條輝雄と松平永芳靖国神社宮司二人だけの反対で分祀を残念した。(賛成した遺族のなかには、父を仲間を殺したA級戦犯と同じところに祀られたくないという思いをもっている。)

■遺族会の基本方針
内閣総理大臣等の参拝を要請する。
国立の追悼施設建設を阻止する。
悲願は今上天皇の参拝の実現。
 
■靖国神社に天敵はいない。但し、運営の殆どは遺族会の寄付金で成り立っている。

靖国神社、暗黙の了解
明治維新と皇軍への暗黙の了解は、江戸時代の士農工商の身分制度の撤廃が一つ上げられる。貧しい、卑しいとされてきた身分の者でも、お国、天皇陛下の為に殉死すれば、全て平等に靖国神社に英霊として祀られると了解されていた。従って、靖国の桜の下で会おうということである。しかし、小泉首相格差語録にあるように、「格差があって当たり前」、靖国英霊世界も格差空間ということだろう。日本では、あの世もこの世も格差社会、御霊も永遠に安住できない構図になっている。

8月15日、小泉首相は約束どおり参拝を実行した。予定通りのことで、参拝前日頃には、公式参拝にも拘らず本人の個人的「心の問題」戦略で完全に周囲を一個人の問題にすり替えていた(この手法は2005年衆議院郵政民営化選挙を民営化選挙にたぶらかしたのと同じである)。この背景については、[通信NO299・度胸試し]で既に述べた。
 
今回は、小泉首相靖国参拝を強行したことに対する世論について言及する。
15日午前7時40分小泉首相参拝するというニュースがテレビ、ラジオで一斉に報じられた。そして、国民の賛否を問う実況中継が繰り広げられ、さらに各テレビ局は識者を招いての討論会、シンポジウム、一般参加者と識者を交えての賛否討論会が実施された。また、各雑誌9月号は特集8月15日小泉首相参拝問題で紙面を独占していた。兎に角、寝ても覚めても、猫も杓子も「靖国問題」一色に塗りつぶされた状況であった。

そして、当てに出来ないが、とかく気になるのが世論調査のアンケートだ。今回も多様な形で賛否調査が行われた。一喜一憂された方も多く居ただろうと推測する。同胞の多いことを念じる素朴な感情は、左翼も右翼も同じ思いであろう。
先ず今回の面白いアンケート結果を述べておく。7月20日の「富田宮内庁長官メモ」が発表された時のアンケート結果は、小泉首相参拝に「反対」が65パーセント、そして、小泉首相の「個人のこころの問題」強行論が吹聴されたその結果が「賛成」65パーセントと同じ数値の逆転反応になっていることだ。そして、当然の如く小泉首相の支持率が上がっている。ポイントを上げた理由の一つは、「中国と韓国にとやかく言われたくない」、これを体現した小泉首相は強い日本の象徴を国民に一瞬時パフォーマンスできたからだろう。

安全保障と靖国参拝
同胞と安らかに永眠する筈の共同空間としての靖国神社を、どうしても日本の安全保障の象徴的要として認識しなければ気が済まない方々がいる。天皇制問題になるとカメレオン的存在になる桜井よし子氏、また、筋金入りの自衛戦争論、有条件降伏論者の稲田朋美衆院議員などが筆頭右翼に挙げられる。稲田議員にいたっては、「日本が独立国家であることを内外に示すことであり、歴史的な出来事だ」(8月16日産経新聞)と声明を出し、桜井氏はさらに参拝を果たさなければ「国家は確実に滅びていく」(8月10日産経新聞)と断言している。

安全保障の基本的な考えは「戦う」ことにある。その戦いの象徴が「遊就館」であり、1階大展示室中央にその意思を具現するかの人間魚雷「回転」が設置されている。松平永芳元靖国神社宮司の画策だ。まさに戦争を肯定することでしか「安らかな国体護持」の実現がないと考える証である。まさに皇国史観を国民に定着させる「教育勅語」と「軍人勅諭」そのものでしかない。天皇への国民を帰属させる有機的結合媒体装置として靖国神社は人工宗教(福田和也説)であり、軍神=天皇=大元帥として当時その役割を最大限発揮した。
 
昭和天皇は敗戦まで毎年4月と10月の臨時大祭に参拝している。さらに太平洋戦争へ突入してから伊勢神宮にも参拝、目的は、「戦勝祈願」である。そして、この天皇の参拝時間帯を「全国黙祷時間」と決められ全国と植民地、「満州国」で1分間の黙祷が実施された。戦前の天皇、国民の参拝は、「英霊の追悼」よりも戦争肯定論としての参拝だった訳である。

「軍人勅諭」に「世論に惑はす政治に拘らす只々一途に己か本分の忠節を守り義は山嶽よりも重く死は鴻毛より軽しと覚悟せよ」とあるように、戦争真っ只中において、とても「英霊の追悼」など考えられない、「戦争祈願」しかありえない。従って、靖国神社の役割と天皇参拝の目的は明確な位置づけをもっていた訳であるが、戦後「全国黙祷時間」の慣習が全く忘れられたところを見ると、国民の目的は定かではなかった、ややもすれば形式的であったかも知れないといえる。

靖国参拝問題を短絡的、矮小化の要因、現在の国民にとっては単純明快な判断になった表題は、「8月15日靖国参拝」である。これには、歴史的時間軸を認識する必要がある。即ち、昭和の分断、戦前と戦後における靖国神社の役割と天皇自身の関係が様変わりした。昭和天皇の大いなる歴史的な決断、永久権力者としての伝統的知恵の離れ業を成し遂げたことによるものである。即ち、敗戦後は「英霊への追悼」をもって、戦没者に対しての戦争責任を人間宣言的に演じたと考えられる。

ところが落ち着きと自信を取り戻した戦没者遺族の関係周辺の方々は、モニュメンタルな英霊に対しての哀悼に拘りだし、8月15日の政府要人参拝の環境づくりを画策し始める。そして、1975年8月15日、三木武夫首相が参拝する結果に至った。即ち、政府要人も政争の具に傾倒し始め、日本遺族会の思惑に添う形になっていった。そして、「厚生省引揚げ援護局」との癒着、遺族会の暗黙の合意、松平永芳宮司の念願を果たすべく78年10月、A級戦犯合祀を決行する。

富田メモをどのように読むかは、既に各識者の言及が行渡っている。桜井氏のようにその信憑性を疑うのはごくわずかで、決定的解釈を与えるについては各人各様であるが、この富田メモ(天皇発言)により、A級戦犯とさらに天皇の戦争責任を言及する機会になったことは事実である。しかし、現実はそうはならない。国民の多くは、福田説のように「君主共和制はその責任はない」と独断する。

従って今以上の検証にはならず、精々、東京裁判の蒸し返し解釈論が普及するに止まっている。どうしても敗北を潔しと受け入れたくない、さらに自己の人生に過ちと失敗はありえないと頑なに信仰する御仁はいつの世にも居るものである。誤作動、誤断原理主義者、日本の終戦日は昭和27年4月28日だと主張する松平永芳元宮司もその筆頭に挙げられる。従って、戦う「戦勝祈願」の役割でしか理解できない歴史時間軸が停止した御仁にとっては、靖国神社は安全保障の関係でしか存在しないのである。

日本の文化論による、参拝賛否の根拠
小泉首相8月15日参拝と富田メモによる靖国問題国民論議は、一部識者による蒸し返しにはなったが、国民的認識が深まったかというとそうではないといえる。個人の問題に集約すれば、また、その国の文化相対主義からいえば、参拝はいつでも可能な伝統的国民行為といって反対を一掃できる。国民行事のお盆に先祖の墓参りをして問題がある筈がない。また、2004年元旦、小泉首相が参拝して「日本の文化に初詣があるじゃないですか」と答えている。慣習が国民の判断基準になって、個人のこころの問題でしかないということになり、靖国神社も創立120年を経て様変わりしてきている、立派な文化と主張するに至る訳だ。

しかし、各識者ならびに国民は、この文化は戦争文化であり、戦争の悲惨さ、無念を美化、神聖化する為のそれこそ「心の拠」として、軍部企画制作推奨による人工神社であることを確り前提条件として論じることを回避している。やはり、昭和天皇に対する遠慮から、平和主義者昭和天皇であると妄信したいという国民の事勿れ主義意識の発露が窺われる。上記している、確たる目的のない「ややもすれば形式的であったかも知れない」ということである。極めつけは、小泉首相その人にある。遺族会から不信を招いた「特定の人のために参拝しているのではない。

戦没者全体に哀悼の念を表すために参拝している。」という表明がそれだ。遺族会は天皇の為に死んだ英霊に対して追悼を望んでいるのである。従って最終の悲願は天皇の参拝なのだ。小泉首相のように戦没者全体に対してであるならば、何も靖国神社でなくてもよいことになる。しかし、この小泉首相発言に実は、小泉首相支持を裏付ける根拠がある。即ち、国民は「戦没者全体に対して追悼」を行っているという現実がそれである。前述している、参拝の目的が歴然としていない「形式的」なものになっているということだ。だから、状況が変われば、世論調査も直ぐに逆転する訳である。従って、文化は単なる習慣の延長であるならば、弊害のある慣習は早く止めたほうがよいということだ。親子の因果応報は悪業を止めさせることにある。それが親の務めだ。これを、「親の心、子知らず」という。

社会は次世代に靖国神社は戦争神社だと周知させ、「遊就館」の廃館を目標に、移転、展示見直し(8月24日、靖国神社は一面的な歴史観を認め、その見直し作業に入ったと表明)を即急に行う必要がある。
 
問題のある慣習の文化は自然に廃れる。それを促すのも私達、社会の力であり本来の伝統の本意である。昭和天皇が拘った「靖国神社」については、全てが遺族会の決断にある。誤断と妄信を除去した謙虚な決断が必要である。福田メモは国民に対するショック療養ではなく、まさに今後の遺族会に向けた真摯な真の目的に適った方向性を模索させる貴重な言葉だ。今後断じて、橋本前首相から小泉首相への鞍替えを衒った利得策に乗じることの無いようにしなければならない。昭和天皇が体現した、戦時中の参拝は「必勝祈願」、敗戦後は「英霊に対しての哀悼」と目的を明確にしたように、遺族会も現況の目的を確り示さなければ、その為にも変わらなければならない。

一宗教法人がこれ程世間を騒がせている例は他になく、国益すら損なわれかねない現況を周知徹底して、自らどうあるべきかを問う絶好の時期にすべきである。日本の伝統、文化を標榜するのであれば、国民全てに受け入れられる神社に変換することを考えるのが当たり前のことで、正に現況がこの時期である。幸い、7月20日、日経新聞が発表したその日にある地方での幹部会議が行われていて、この件について深夜まで協議されたというニュースも聞いた。何れにせよ、靖国神社問題は、靖国神社本体の変革を自ら創り出さなければ方向性はない。それを実現できるのは、国民の世論動向などではなく、遺族会そのものである。

世論とは国民のことか
こと靖国神社におけるマスコミの常套手段である世論調査は全く念頭にすら置く必要がないと考えてよい。今日の小泉首相靖国参拝における賛否世論調査の設問、質問の基盤は、質問する方も、答える側も靖国本来の概念が全く欠落している為に、解決に向けた方向性のなにものも示唆することが出来ないものである。従って、アンケート調査はマスコミ紙面を賑せる実利主義、単なるニュースの域をでないといっても過言でない。結局、小泉首相の人気取りに帰結する商業的マスコミ政策にしかなっていない。

世論を立ち上げる前に、もう一度確認しておかなければならないことは、靖国神社は軍神と英霊を祭神とした明治政府近代化路線上の人工神社ということである。基本的には国の所有であった訳だが、敗戦後一宗教法人として戦後社会を担ってきた。しかし、歴史的経緯から近い将来、また一旦は国預かりに成らざるを得ない宿命にある。従って、この状況が生まれた時に国民論議をするべきかは世論の動向にもよる。
 もうそろそろ、靖国神社と政府要人との捉え方から、日本人である個人の問題として終止符を打たなければならないだろう。それは、現在の日本人各自が戦争責任をどのように個人に歴史化するかに懸かっている。その意味で決断と変わらざるを得ない状況になっている、これが現実である。
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2006年08月27日

「靖国信奉の虚」を論考する前に、靖国問題を理解する為の基礎知識を列記しておきたい。
■A級戦犯合祀を管轄したのは、「厚生省引揚げ援護局」、その構成は、美山要蔵元陸軍少佐(元大本営課長)、板垣徹元中佐、元将校、下士官等で、特に、美山少佐は東條英機直系の関係にあった。

■「厚生省引揚げ援護局」の大事な目的の一つが遺族年金の支給である。
A級戦犯は約7百50万円、一兵卒は約百万円。
沖縄戦で、日本兵に殺された赤ん坊、準軍属(日本軍協力者)の年金額は未確認です。

■遺族会のA級戦犯分祀に対する賛否は、1985年に諮られ東條英機元首相の息子、東條輝雄と松平永芳靖国神社宮司二人だけの反対で分祀を残念した。(賛成した遺族のなかには、父を仲間を殺したA級戦犯と同じところに祀られたくないという思いをもっている。)

■遺族会の基本方針
1. 内閣総理大臣等の参拝を要請する。
2. 国立の追悼施設建設を阻止する。
3. 悲願は今上天皇の参拝の実現。
 
■靖国神社に天敵はいない。但し、運営の殆どは遺族会の寄付金で成り立っている。

靖国神社、暗黙の了解
明治維新と皇軍への暗黙の了解は、江戸時代の士農工商の身分制度の撤廃が一つ上げられる。貧しい、卑しいとされてきた身分の者でも、お国、天皇陛下の為に殉死すれば、全て平等に靖国神社に英霊として祀られると了解されていた。従って、靖国の桜の下で会おうということである。しかし、小泉首相格差語録にあるように、「格差があって当たり前」、靖国英霊世界も格差空間ということだろう。日本では、あの世もこの世も格差社会、御霊も永遠に安住できない構図になっている。

8月15日、小泉首相は約束どおり参拝を実行した。予定通りのことで、参拝前日頃には、公式参拝にも拘らず本人の個人的「心の問題」戦略で完全に周囲を一個人の問題にすり替えていた(この手法は2005年衆議院郵政民営化選挙を民営化選挙にたぶらかしたのと同じである)。この背景については、[通信NO299・度胸試し]で既に述べた。
 今回は、小泉首相靖国参拝を強行したことに対する世論について言及する。
15日午前7時40分小泉首相参拝するというニュースがテレビ、ラジオで一斉に報じられた。そして、国民の賛否を問う実況中継が繰り広げられ、さらに各テレビ局は識者を招いての討論会、シンポジウム、一般参加者と識者を交えての賛否討論会が実施された。また、各雑誌9月号は特集8月15日小泉首相参拝問題で紙面を独占していた。兎に角、寝ても覚めても、猫も杓子も「靖国問題」一色に塗りつぶされた状況であった。

そして、当てに出来ないが、とかく気になるのが世論調査のアンケートだ。今回も多様な形で賛否調査が行われた。一喜一憂された方も多く居ただろうと推測する。同胞の多いことを念じる素朴な感情は、左翼も右翼も同じ思いであろう。
先ず今回の面白いアンケート結果を述べておく。7月20日の「富田宮内庁長官メモ」が発表された時のアンケート結果は、小泉首相参拝に「反対」が65パーセント、そして、小泉首相の「個人のこころの問題」強行論が吹聴されたその結果が「賛成」65パーセントと同じ数値の逆転反応になっていることだ。そして、当然の如く小泉首相の支持率が上がっている。ポイントを上げた理由の一つは、「中国と韓国にとやかく言われたくない」、これを体現した小泉首相は強い日本の象徴を国民に一瞬時パフォーマンスできたからだろう。

 安全保障と靖国参拝
同胞と安らかに永眠する筈の共同空間としての靖国神社を、どうしても日本の安全保障の象徴的要として認識しなければ気が済まない方々がいる。天皇制問題になるとカメレオン的存在になる桜井よし子氏、また、筋金入りの自衛戦争論、有条件降伏論者の稲田朋美衆院議員などが筆頭右翼に挙げられる。稲田議員にいたっては、「日本が独立国家であることを内外に示すことであり、歴史的な出来事だ」(8月16日産経新聞)と声明を出し、桜井氏はさらに参拝を果たさなければ「国家は確実に滅びていく」(8月10日産経新聞)と断言している。
安全保障の基本的な考えは「戦う」ことにある。その戦いの象徴が「遊就館」であり、1階大展示室中央にその意思を具現するかの人間魚雷「回転」が設置されている。松平永芳元靖国神社宮司の画策だ。まさに戦争を肯定することでしか「安らかな国体護持」の実現がないと考える証である。まさに皇国史観を国民に定着させる「教育勅語」と「軍人勅諭」そのものでしかない。天皇への国民を帰属させる有機的結合媒体装置として靖国神社は人工宗教(福田和也説)であり、軍神=天皇=大元帥として当時その役割を最大限発揮した。
 昭和天皇は敗戦まで毎年4月と10月の臨時大祭に参拝している。さらに太平洋戦争へ突入してから伊勢神宮にも参拝、目的は、「戦勝祈願」である。そして、この天皇の参拝時間帯を「全国黙祷時間」と決められ全国と植民地、「満州国」で1分間の黙祷が実施された。戦前の天皇、国民の参拝は、「英霊の追悼」よりも戦争肯定論としての参拝だった訳である。

 「軍人勅諭」に「世論に惑はす政治に拘らす只々一途に己か本分の忠節を守り義は山嶽よりも重く死は鴻毛より軽しと覚悟せよ」とあるように、戦争真っ只中において、とても「英霊の追悼」など考えられない、「戦争祈願」しかありえない。従って、靖国神社の役割と天皇参拝の目的は明確な位置づけをもっていた訳であるが、戦後「全国黙祷時間」の慣習が全く忘れられたところを見ると、国民の目的は定かではなかった、ややもすれば形式的であったかも知れないといえる。

 靖国参拝問題を短絡的、矮小化の要因、現在の国民にとっては単純明快な判断になった表題は、「8月15日靖国参拝」である。これには、歴史的時間軸を認識する必要がある。即ち、昭和の分断、戦前と戦後における靖国神社の役割と天皇自身の関係が様変わりした。昭和天皇の大いなる歴史的な決断、永久権力者としての伝統的知恵の離れ業を成し遂げたことによるものである。即ち、敗戦後は「英霊への追悼」をもって、戦没者に対しての戦争責任を人間宣言的に演じたと考えられる。ところが落ち着きと自信を取り戻した戦没者遺族の関係周辺の方々は、モニュメンタルな英霊に対しての哀悼に拘りだし、8月15日の政府要人参拝の環境づくりを画策し始める。そして、1975年8月15日、三木武夫首相が参拝する結果に至った。即ち、政府要人も政争の具に傾倒し始め、日本遺族会の思惑に添う形になっていった。そして、「厚生省引揚げ援護局」との癒着、遺族会の暗黙の合意、松平永芳宮司の念願を果たすべく78年10月、A級戦犯合祀を決行する。

富田メモをどのように読むかは、既に各識者の言及が行渡っている。桜井氏のようにその信憑性を疑うのはごくわずかで、決定的解釈を与えるについては各人各様であるが、この富田メモ(天皇発言)により、A級戦犯とさらに天皇の戦争責任を言及する機会になったことは事実である。しかし、現実はそうはならない。国民の多くは、福田説のように「君主共和制はその責任はない」と独断する。従って今以上の検証にはならず、精々、東京裁判の蒸し返し解釈論が普及するに止まっている。どうしても敗北を潔しと受け入れたくない、さらに自己の人生に過ちと失敗はありえないと頑なに信仰する御仁はいつの世にも居るものである。誤作動、誤断原理主義者、日本の終戦日は昭和27年4月28日だと主張する松平永芳元宮司もその筆頭に挙げられる。従って、戦う「戦勝祈願」の役割でしか理解できない歴史時間軸が停止した御仁にとっては、靖国神社は安全保障の関係でしか存在しないのである。

日本の文化論による、参拝賛否の根拠
小泉首相8月15日参拝と富田メモによる靖国問題国民論議は、一部識者による蒸し返しにはなったが、国民的認識が深まったかというとそうではないといえる。個人の問題に集約すれば、また、その国の文化相対主義からいえば、参拝はいつでも可能な伝統的国民行為といって反対を一掃できる。国民行事のお盆に先祖の墓参りをして問題がある筈がない。また、2004年元旦、小泉首相が参拝して「日本の文化に初詣があるじゃないですか」と答えている。慣習が国民の判断基準になって、個人のこころの問題でしかないということになり、靖国神社も創立120年を経て様変わりしてきている、立派な文化と主張するに至る訳だ。
しかし、各識者ならびに国民は、この文化は戦争文化であり、戦争の悲惨さ、無念を美化、神聖化する為のそれこそ「心の拠」として、軍部企画制作推奨による人工神社であることを確り前提条件として論じることを回避している。やはり、昭和天皇に対する遠慮から、平和主義者昭和天皇であると妄信したいという国民の事勿れ主義意識の発露が窺われる。上記している、確たる目的のない「ややもすれば形式的であったかも知れない」ということである。極めつけは、小泉首相その人にある。遺族会から不信を招いた「特定の人のために参拝しているのではない。戦没者全体に哀悼の念を表すために参拝している。」という表明がそれだ。遺族会は天皇の為に死んだ英霊に対して追悼を望んでいるのである。従って最終の悲願は天皇の参拝なのだ。小泉首相のように戦没者全体に対してであるならば、何も靖国神社でなくてもよいことになる。しかし、この小泉首相発言に実は、小泉首相支持を裏付ける根拠がある。即ち、国民は「戦没者全体に対して追悼」を行っているという現実がそれである。前述している、参拝の目的が歴然としていない「形式的」なものになっているということだ。だから、状況が変われば、世論調査も直ぐに逆転する訳である。従って、文化は単なる習慣の延長であるならば、弊害のある慣習は早く止めたほうがよいということだ。親子の因果応報は悪業を止めさせることにある。それが親の務めだ。これを、「親の心、子知らず」という。
社会は次世代に靖国神社は戦争神社だと周知させ、「遊就館」の廃館を目標に、移転、展示見直し(8月24日、靖国神社は一面的な歴史観を認め、その見直し作業に入ったと表明)を即急に行う必要がある。
 
問題のある慣習の文化は自然に廃れる。それを促すのも私達、社会の力であり本来の伝統の本意である。昭和天皇が拘った「靖国神社」については、全てが遺族会の決断にある。誤断と妄信を除去した謙虚な決断が必要である。福田メモは国民に対するショック療養ではなく、まさに今後の遺族会に向けた真摯な真の目的に適った方向性を模索させる貴重な言葉だ。今後断じて、橋本前首相から小泉首相への鞍替えを衒った利得策に乗じることの無いようにしなければならない。昭和天皇が体現した、戦時中の参拝は「必勝祈願」、敗戦後は「英霊に対しての哀悼」と目的を明確にしたように、遺族会も現況の目的を確り示さなければ、その為にも変わらなければならない。一宗教法人がこれ程世間を騒がせている例は他になく、国益すら損なわれかねない現況を周知徹底して、自らどうあるべきかを問う絶好の時期にすべきである。日本の伝統、文化を標榜するのであれば、国民全てに受け入れられる神社に変換することを考えるのが当たり前のことで、正に現況がこの時期である。幸い、7月20日、日経新聞が発表したその日にある地方での幹部会議が行われていて、この件について深夜まで協議されたというニュースも聞いた。何れにせよ、靖国神社問題は、靖国神社本体の変革を自ら創り出さなければ方向性はない。それを実現できるのは、国民の世論動向などではなく、遺族会そのものである。

世論とは国民のことか
こと靖国神社におけるマスコミの常套手段である世論調査は全く念頭にすら置く必要がないと考えてよい。今日の小泉首相靖国参拝における賛否世論調査の設問、質問の基盤は、質問する方も、答える側も靖国本来の概念が全く欠落している為に、解決に向けた方向性のなにものも示唆することが出来ないものである。従って、アンケート調査はマスコミ紙面を賑せる実利主義、単なるニュースの域をでないといっても過言でない。結局、小泉首相の人気取りに帰結する商業的マスコミ政策にしかなっていない。
世論を立ち上げる前に、もう一度確認しておかなければならないことは、靖国神社は軍神と英霊を祭神とした明治政府近代化路線上の人工神社ということである。基本的には国の所有であった訳だが、敗戦後一宗教法人として戦後社会を担ってきた。しかし、歴史的経緯から近い将来、また一旦は国預かりに成らざるを得ない宿命にある。従って、この状況が生まれた時に国民論議をするべきかは世論の動向にもよる。
 もうそろそろ、靖国神社と政府要人との捉え方から、日本人である個人の問題として終止符を打たなければならないだろう。それは、現在の日本人各自が戦争責任をどのように個人に歴史化するかに懸かっている。その意味で決断と変わらざるを得ない状況になっている、これが現実である。
(平和の声通信【格物致知】2006年8月27日)
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2006年08月13日

8月15日を1週間前に控え、いよいよ靖国問題周辺は緊迫の度を高めてきた。先日も小泉首相は5年前の公約は生きていると記者の前で断言した。宣戦布告である。飽く迄も「個人の問題」で突破するつもりだ。それにしても情けないのは、首相周辺の懲りない面々である。なかでも一際驚かせたのが、安部晋三官房長官である。4月4日早朝靖国神社に参拝したことが広報された。自民党政権は靖国問題を政争の具にしないと公言して憚らないのに、きっちり総裁選向けた次期総理確定の意思表示を行ったのには唖然とさせられた。それとさらに逆撫でさせてくれたことは、本人が、モーニングスタイルで肩書きを記帳していながら、「行くか、行かないか、参拝したかしないかについて申し上げるつもりはない。」と私人の立場での参拝は全く問題がないと断定していることである。この発言は既に一端の総理大臣気分で宣う厚顔ぶりを発揮したもので、小泉首相の「個人の自由ですから」より以上に国民を愚弄、挑発したものであるといえる。今からこれである。ふてぶてしく「制裁」という言葉しかしらない三世議員の若造に、食い散らかされた日本社会構造の後片付けが出来るわけがない。

日本の総理と靖国神社の関係はもはや異常な問題に発展している。その関係において問題にしなければならない状況、次元をかけ離れてしまい、要するに、国際的、国内問題を打っ棄て、完全に個人の問題に集約させている。この過程に導いた小泉首相はこの面において長けた戦略家といえる。極めて本人の好きな心の領域だ。一国の代表が個人の感性にこれ程まで拘る特性を持っていたことを知らなかった国民を嘲ってみても後の祭りだ。国の在りようよりも、組長としての個人の美意識完成への確執に賭けた男を総理在任最長にした、バブル後の国民潜在意識がドラマ性でしかなかったことの証明になった。それが確かなことは、現実社会がこれだけ絶望、不安材料が出揃ったオンパレードにも拘らず小泉首相の支持率がアップしていることである。

現実、国民は何を見たがっているのか不透明な雲行きになってきた。決して亀田ボクシングドラマに心酔したとは思えない結果状況、物語だけを見たい訳ではないのも事実である。娯楽に厳しく、政治に肝要、諦め体質が出来つつあるのかも知れない。脱派閥での一匹オオカミ的首相のイメージが、国民一個人の奮闘と重ねて同情心がそうさせていることもあるが。しかしもはや、国民は共有すべき社会性が欠落している状況を体現しているのかもしれない。だから、次期総裁候補の安部晋三官房長官に興味を全く抱かない現象に繋がっているのだろう。全てが見た目判断と家柄、肩書きでの即断先行型社会形成が顕著になっている現在、他に対する依存現象もまた顕著なものとなりつつある。そうでなければ、何の政策的解決能力も持ち合わせていない人間に誰も反対せず、やすやす席を譲る状況を皆で作ったりはしないだろう。大人が勝ち馬に乗る風潮を決定的に演じれば子供に真似をするなといっても負け組みの遠吠えにもならない。これをあべこべという。


歴史は、往々にして一人の遊戯性に満ちた度胸試しで多くの国民を戦渦に巻き込んだことは論を俟たない。小泉純一郎首相もそのうちの一人だ。
昔から、「三つ子の魂百まで」と云われるが、正にやくざの血は争えないものだ。度胸試しに尽きる。しかし、小泉首相の度胸は大したものだ。6月30日のプレスリー詣でのパフォーマンスは世界の歴代代表の誰も真似の出来ないものであった。また、サミットでのウオッカの飲みっぷりも群を抜いて下手なパフォーマンスをやらかした。負けじと誘発されたブッシュ大統領が突然背後からメルケルドイツ首相の肩揉みをして驚愕させた。我が世の春だ。

総じて、「個人の自由」であり「個人の問題」である。この事態は、小泉純一郎は一国の首相ではなく、一個人であることに自ら徹しているのが現状である。だから最後の極め付き「天皇ご自身のこころの問題」発言に至るのである。しかし、近代日本においてこれだけきっぱりと天皇について真正面から発言をした政府関係者は居ただろうか。それだけ小泉純一郎は「度胸」が据わっているのだ。自身、餓鬼のころから「度胸試し」の訓練を続けているのだろう。大したものだ。そして、表舞台での小泉純一郎最後の度胸試しが開幕しようとしている。歴史認識、社会的価値判断等など微塵も考えていない。ただただ「度胸試し」に措いてのみ自己の存在を確信できない哀れな男なのだ。しかし、この哀れさが国民一人一人の共有する接点を支えている。

昨日から、大小の抗議集会、デモが靖国周辺で行われている。まさに今回は靖国参拝反対の真価が問われる反対抗議行動になる。こちらも「度胸試し」だ。断じて小泉首相の参拝を許してはならない。
既に韓国からの応援も到着している。無様な「度胸のない」抗議は繰返されない状況になりつつある。  
 既に、平和遺族会全国連絡会の代表、西川重則氏は「「もしも小泉首相が今年の8月15日に6回目の参拝を繰返せば、想像を絶した出来事となることは避けられない。」と宣言している。
 行く、阻止するの「度胸試し」だ。何れも譲れない個人的、歴史的背景がある。
 小泉首相に告げる。「度胸がある」と「勇気がある」を混同してはいないか。真の勇者は字の如く「勇気がある」ほうだ。実行するより中止する方が数倍勇気が必要とすることがある。思い出せ、勇気を弄び、決断を遅らし日本の全土を焼き野原にしてしまったではないか。
 国民は既に「度胸」のあることは認めている。最後に見たいのは「勇者」であるかということだ。
 小泉首相、英断せよ。
                 (平和の声 通信 【格物致知】2006年8月13日)
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2006年08月04日

4日産経新聞3面に『また1人の外交官が「戦死」した』とセンセーショナルな記事が掲載されている。元首相補佐官岡本行夫氏の杉本前上海総領事を悼む寄稿文である。また、5面に『外交官 プロ中のプロ』のタイトルで北京配属の記者が業績を称えている。
先に、この論考は元外交官杉山信行氏についてその人物、業績等に一切触れるものでないことを断っておく。杉本氏のご冥福を祈る許りだ。
論じたいのは、岡本氏がタイトルに「戦死」という言葉を使った理由である。戦後61年を迎え、日本人が「戦死」というかたちでの「死」を体現した人間は皆無である。一時流行した「企業戦士」という表現が使われたが、その死は過労死と言われた。現在日本のあらゆるジャンルでの凄まじい競争は戦争さながらに例えられることはあっても、決して「死」を迎えた時は、事故死、病死その他の順ずる言葉で「死」を表現しているのが一般である。
外交官の場合は往々にして国益を最重点に従事していると論じられる。確かにその面は否めないが、広範な意味で国民の労働力は、押し並べて程度の差こそあれ、国益に順ずるものである。

 記事の内容は、一人の外交官を通し、靖国問題を引き合いに出し日中関係のあり様を論じている。一部その文言を紹介する。『靖国神社の中にアジアの戦争犠牲者を祀る「鎮零社」が存在することを指摘し、総理大臣は本殿だけでなく鎮零社にも参拝すべきだと最初に説いたのも彼だ。靖国への総理参拝に違和感をもちつつも、そのような行動が日中に政治問題と化してしまった以上は総理は参拝をやめるべきではない、とも主張した。日中関係を長期的に考えれば、いま参拝をやめて「日本は圧力に屈する国だ」という印象を中国に与える弊害の方が大きいという理由だ。』と記述している。正に、元上海領事の言葉を借りて、岡本氏は敢えて問題になっている小泉首相の靖国参拝に言及したことは紛れもない、岡本氏の主張である。8月15日を控えて、小泉首相周辺ならびに関係者が言及を避けている最中、大胆な靖国賛美論である。

 最近、岡本氏の発言も然り、太平洋戦争を自衛戦争と開き直った論法が闊歩し始めた。さらに、シフト論考とも言える日中戦争までは「侵略戦争」で、太平洋戦争は「自衛」戦争であったというウルトラ変化球を繰り出す知識人といわれる、懲りない面々が憚ることなく主張し始めた。この「戦死」という言葉だ。完全に時代錯誤の意味を今日何の躊躇いも無く記事化した筆者と産経新聞は、既に、戦争を内在していると断言できる。そうでなければ「戦死」という言葉は出てこない。現実的に私の知るところでは、戦後、A級戦犯の合祀以後、靖国神社に「戦死者」として合祀された事実は無い。従って、現実に「戦死」という死に様は無いのである。にも関らず、敢えて「戦死」という言葉を実践するかということは、国、と国民にその準備を迫っているとしか考えられない。それだけ、岡本氏は自衛隊のイラク派遣の現状を十二分に認知しているということの裏返しでもある。いつ「戦死」という言葉が通常のマスコミ紙の表紙を飾っても可笑しくないということだろう。
 《また一人の自衛隊員が「戦死」した》との記事を目にするのも時間の問題である。
(平和の声 通信 【格物致知】2006年8月4日)
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