2006年10月

2006年10月14日

悲劇の朝鮮半島 
3日、北朝鮮核実験宣言からの1週間は、東アジアの新たな歴史展開を刻む状況を見事に作り上げていたと振り返ることが出来る。
 9日、核実験を行った訳だが、この実験は極めて長期計画の下で粛々と実行されてきたとの一語に尽きる。それは、北朝鮮が一貫して取ってきた外交政策の実施以外のなにものでもない。
2003年1月、核拡散防止条約(NPT)からの脱退、05年2月に核兵器保有を公式宣言、そして、今年の7月5日ミサイル発射実験と確実にその計画を遂行してきた。言わば既定路線である。これら一連の経緯、核実験を強行した背景については、既に多くの情報ならびに識者の見解が述べられている。ここでは、私が決定的と思われる要因について一つだけ述べてみる。核実験は「北朝鮮の国策であった」。構図的には、64年の毛沢東指導による中国核実験と全く同じ論理の下で実施されている。64年、中国は当時悲惨な貧困が蔓延している状況で、貧困を放置して核実験を強行したのである。そして、貧困を克服しつつ大国への道を歩み始めた。身も蓋もない言い方だが歴史的事実である。さらに月並みな見解を並べるとしたら、核実験を許した最大の環境は、やはり昨年9月から6か国協議への参加を拒否し続けた間での有効な方向性を打ち出せなかった、というよりもやや放棄していたと見受けられる米国の北朝鮮への政策怠慢にある。ここにきて米国覇権国家の衰退が一気に突出したとみて取れる状況を呈したといえる。中国へのお預け政策の失敗が関係者に問われても然りの状態であった。完全に6カ国協議が機能しなくなってからの対策をめぐって、中国にその責任の一端があったと言及することは可能である。

そもそも米国発議案の中国と北朝鮮協議の始まりである。米国は中国を既に大国として認知しているその判断で議長国をお任せしている。6カ国協議の最大の盲点は安保理で問題化できない、する必要がないという各国の判断である。北朝鮮は陰惨、狡猾な巧妙といえる外交政策を実施できる国である。この隙を縫った空白の1年、北朝鮮はあらゆる手段を講じて核保有国を証明する手立てに奔放したと言えるであろう。また反面、私情過敏症もより強い国柄といえる。ミサイル発射前に飢饉対策として、中国へ100万トンのコメや30億ドルの資金確保交渉を行っているが、一説では米国の横槍が入り交渉は決裂した、そのことの中国への失望感は予想以上のものであったと伝えられている。兄弟のようであっても実は他人でしか無かったという結論。さらに、国連次期事務総長に韓国の要人が就任することが伝えられ、対韓国ならびに国連での行き詰まりも念頭に置いたものと考えられる。また、8日、核実験宣言に対する安保理非難決議を持参の安倍首相訪中、訪韓も北朝鮮にとって見れば神経逆撫でといえる。しかし、強行へのシナリオはもはやこの時点での小競り合いではなく、やはり小泉政権での蜜月日米関係が最大の圧力になっていたとみるのが妥当である。この観点から言えば、6カ国協議での責任よりも、日本の日米偏重、小泉政権の全て米国頼み外交政策の罪は計り知れない。日本において東アジアにおける核の脅威は、全く言葉上での上滑りに過ぎず,拉致問題ばかりを話題にしてきた自民党小泉政権の外交放棄の付けは、今、国民の頭上に核の脅威となって襲いかかる事態を招く結果となったのである。さらに拉致問題を売りに成長した安倍首相に至ってもオウム返しの強硬制裁一点張り対応策しか考えていないのが現状である。本来の望んでいる現実的解決策を放棄した展望なき制裁政策の事態が進行すれば安部首相の拉致問題全面解決は全く水になることが必至である。この当然の帰結を理解できない安倍内閣の外交能力はやはり小泉前首相と同じ穴の狢というしかない。

 脅威にどう対処するか
 6カ国協議の崩壊を5カ国に編成する案も出ているが、これは焼増し的延長でまたぞろ偏重的方向性しか見出せない。また、日米両国における関係緊密性の証的取り組みを執拗に主張する識者もいる。しかしこれもボルトン国連大使の狂信的制裁意見に加え、さらにケリー国務次官補の怒りから推測して短期的対話路線での方向性を見出すことは無理であろう。また、安倍政権はこの機に更なる北脅威論を煽る、利用する魂胆でいるからより事態を悪化させる可能性も無きにしも非ずといえる。然らば如何なる方法論かということになるが、北朝鮮の狙いである米国との2国間協議の実現は当面ないものと考えてよい。従って、上記以外の案として日本、中国、韓国の3カ国協議を基盤にした打開策を模索しての6カ国協議が考えられる。即ち、無視され続けている日本が東アジアの平和構築に向かわせるイニシアチブを取ればよいので、また、そうすることが訪中、訪韓のパフォーマンスともいえる外交に実質的な意味づけが出来るというものである。国際社会での日本の貢献をアピールする叉とない機会の到来である。
 
先程の日米関係の言及を別側面から補足すると、日本が米国を説得する、つまり北朝鮮が望んでいる米国との2カ国協議のお献立を準備するという日本独自外交が挙げられる。安倍政権にこの芸当ができるか、その器量と度胸に掛かっている。これこそ国際社会での日本の役割と地位が確立するというもので、これも一つの可能性としてある。しかし、くれぐれも言っておきたいことは、決して米国との共同強硬制裁ではしゃぎ回る幼稚な外交展開で、国際社会に対してこれ以上の日米隷属関係を強調するようなことはあってはならないということだ。

 現実はどうか
 安倍政権は、「歴史は繰返す」を地で行く政策に奔放しているのが現状で、首相の歴史認識の無知が完全に露呈、心配した事態になっている。安保理決議草案に加え日本独自に3項目の追加制裁まで決めている。これは、日本が1941年7月の太平洋戦争へ突入していく背景、米国の石油禁輸から始まる米英中蘭による経済制裁の圧力と同じ構図である。安保理の「国際社会からの要求、核兵器の放棄」を受け入れなければ制裁決議を実施するという宣言は、北朝鮮が提示している「対話と対決の両方を準備している」という声明に対して「対決」を決定付ける何ものでもない宣戦布告と同じである。現在、どう考えても当時の帰結にはならないというのが関連国の共通認識にはなっている、さらに、ブッシュ大統領も「攻撃はしない」と発表しているが、かつての日本は最終的に太平洋戦争へと突入していったことは歴史が証明している。
 
自民党、安倍政権は火事場泥棒よろしく、この機に集団的自衛権の確立を目指すことは間違いない。昨日の予算委員会での舛添要一議員の質疑内容、政府答弁がそれを物語っている。また、安保理決議に基づき、政府は臨検体制を念頭に「周辺事態法」での米軍との共同作戦のシュミレーションに入っている。集団的自衛権については恒久法との関連で後日述べるが、集団的自衛権の行き着く先は「徴兵制」であることは現実として認識しておく必要がある。さらに臨検(船舶検査)は局部的戦争状態にあることも然りである。

 課題
 北朝鮮の「核武装の放棄」はありえない。再度の実験を繰返すことはあっても、中止の選択肢はない。これを念頭に話し合いの基盤にどう位置付けるか6カ国協議間での合意、覚悟が問われる。また、米朝2カ国間協議、極めて当事者間での決着も模索できるだろう。とにかく、方向性は米国の手の内にあることは現実だが、各国、「胸中、成竹あり」ではない、むしろ責任回避的な面がある現状を考えれば、北朝鮮政府は「日本の言動を一語一句見逃さない」という発言にあるように、米国に対する報復を日本に向けてくる可能性は大である。にも拘らず、安倍政権はその危険性を憂慮せず、米国の尻馬に乗り今や暴走の呈で、勢い法改正の漁夫の利を占める魂胆である。
いよいよ私達にとっても正念場になった、何度となく繰返す正念場であり、狼少年的だと揶揄されるが、今回は本来の意味で正念場だ。
各位、覚悟の程は如何に。       
                   (平和の声・通信 NO309 2006年10月14日)
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2006年10月09日

8日安倍首相の訪中は正に的中したと、先ずはその外交判断を認めよう。また、先立って小池首相補佐官は訪米してハドリー安全保障担当と会談、定例化に向けた方針を素早く設定した。先ずは幸先の良い船出であり、国会での危なっかしい初党首討論とは雲仙の差である。そして、6日国連安保理で対北朝鮮議長声明を採択した早業は絶妙のタイミングであったと言える。9月23日、日中外務次官級の総合政策対話で日本側から8日指定の訪中打診を行っていた、その成果である。首相就任前から外交が不安材料の筆頭に挙げられていたが、案外そうでないかもしれない。このままだと誉め殺し的になるので本題に移る。
 
超鷹派ボルトン発言
 6日午後4時以後の朝日テレビ番組「ムーブ」で、司会者が北朝鮮核実験宣言について米国の国連大使ボルトン氏の「核実験を強行すれば、安保理とは関係なく、米国はこれまでの制裁処置とは関係ない、それ以上の断固とした処置をとる」という発言を紹介して朝日お抱え評論トリオの一人である宮崎哲弥氏にコメントを求めた。宮崎氏は真顔で、「北朝鮮核施設等へのピンポイント攻撃を示唆したものでかなり信憑性ある表明であり、その場合、韓国、日本への北朝鮮の報復攻撃もあると想定しておくことが必要かも」という発言を行った。また、他の二人もこれに同調する発言をした。若干バラエティーショーと化したトリオではあるが、しかし、極めて信憑性の高い現実的起こりうるであろうと受け取ってしまう視聴者の多い午後の茶の間番組であってみれば単なるバラエティーですと言って笑ってもいられない。トラウマに襲われる与党を支える視聴者の安倍首相への膨らむ期待と裏腹に、この宣言で私達の牽制が全く吹っ飛んでしまうことになった。これでまたもや靖国問題が棚上げされ、安倍首相の順風満帆の訪中という出来過ぎたシナリオに黙視せざるを得ない状況に残念ながらなってしまった。従って、朝日テレビのトリオ諸氏の発言の罪は重い。さらに、米国のネオコン超鷹派であり、米国世論で全く無視されているボルトン国連大使の発言を紹介するのも、局の番組制作層の質の悪辣さを物語っている。刺激的でさえあれば視聴者を取れるという単純な情け無いこの手のマスコミが喜ぶ発言に終始する評論家、インテリ層偏重の社会構造は戦後61年経っても全くその質的転換が出来ないまま今日に至っている状況が今回も安倍政権を支える構造になってしまった。
報道、言論は自由だがより真実を模索する意味において、主張に対する補足説明をして初めて情報になることぐらいは知識人でなくても認識の範疇である。

国内で非難、叱責を強めても、敵陣国へ行くとなればころっと心様変わりの応援に転じてしまうのが日本人、人間である、「安倍頑張れ」になる。国内で問題が勃発、噴出すればそれを外国へ向けてやる、訪問国の中国もお家芸とするところであるが、何処も同じ理念空洞型社会展望論に終始しているのが人間社会だと今さらながら思い知らされても、尚それでも安倍首相訪中を傍らで訝しく思うのは私だけではないだろう。

 そこで、問題を明確にしておこう。そもそも訪中の主目的は、小泉政権での政冷経熱の正常化を促進する為の靖国参拝に対する所信表明の必要その発露であった筈だ。思い出して頂きたい、8月15日小泉首相靖国参拝での中国側反応は私達が反対、阻止運動を最大限に盛り上げたにも拘らず、興ざめする政治的反応でしかなかった。そして、小泉首相参拝問題は「心の問題」の領域に置き換え、且つ摩り替えられて手の届かない「個人」の安息に逃げ込まれる結果になってしまった。安倍陣営はこの中国側反応を機敏に察知してこの雰囲気のあるうちに「8月15日靖国参拝はしない」という免罪符を持参すれば一気に外交正常化を実現させられるという、先ずはお土産つきお手柄外交を実現できるという狙いを定めた。しかし、ことは北朝鮮核実験宣言に対する安保理議長声明が主役となり、中国、韓国を見方に北朝鮮囲い込み談議、6カ国協議への復帰に話題沸騰となるのだから安倍首相にとっては、笑いがとまらない。渡りに船、カバン一杯の訪中になった訳である。これで一部ブレーン筋から謝罪外交の謗りを受けなくても良くなったというのだから歴史の時間軸とは面白いものである。得てしてこのような場合、時の女神は権力側に微笑むものであることが又もや証明された訳だ。歴史は私達に味方しそうにもないことがこれでも証明された訳である。

 安倍首相の靖国参拝に「行くか行かないかを言わない」方針(6月30日5人組ブレーンの決定)は中国に対しての一定の配慮と理解されたのだから所変われば品変るで、お国柄とは解らないものだ。日本ではこれほど公人として、また一国の首相としての責任が問われる言動はないのだが。

 繰返すが、安倍首相の訪中目的は、当初は靖国参拝に対する理解を得る為のもので、それに依る北朝鮮包囲網であることを忘れてはならない。韓国、中国からバッシングが途絶えたといって、私達日本人は安堵仕勝ちであるが、この繰り返しでは何ら戦後責任論の深化が見られず仕舞いで責任先送り、挙句はその意味の拡散、離散的状況を自らつくり、致し方ない、過去よりも深刻なのは現在であり、今後どうあるべきか論に転居し続けることの繰り返しになること必至である。従って、帰国しての17日から20日の午前6時から午後8時までの昇殿参拝が出来る秋季例大祭には、必ず行くと見て最大限の注視、監視を怠ってはならない。靖国神社そのもの自体がもはや崩壊へと模索する状況に至りつつある。しかし、方向性は私達が模索しなければならない理由がある。それは、基本的には日本人の戦争に対する問題であるからだ。従って、安倍首相靖国参拝に対しては更なる衆目を集め参拝を問題(平和の声NO302・靖国信奉の虚)にしなければならない。
  (平和の声 通信【格物致知】2006年10月9日)
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