2007年10月

2007年10月31日

福田内閣の急所になっている防衛省問題については、全てお献立が揃った観がする。しかし、11月の8日、小沢代表が「世界」に寄稿した持論の展開以後、当の民主党自体の動きが俊敏さに欠けて何となくトーンダーンしていると思っていたのは私たちでだけではなかったようだ。



与良氏は22日「本気さが伝わらない」のタイトルで、与党の海上自衛隊給油活動は中断止むなしでよいとする方針で当初からそのつもりであったことをいぶかしく述べている。また、一向に民主党が対案を積極的に国民に提示しないことの不可思議さを詰っている。確かに状況は説明している通りだ。



 

『自民、公明両党議員の多くは「今国会で無理する必要はない」と話す。つまり来年の通常国会へ先送り。通常国会は予算案が優先されるから、新法案審議は春以降。それから成立まで延々とインド洋での海上自衛隊の給油活動は中断することになる。
 ふう。その程度の話だったのか。本当に必要と信じるのならルール通り参院で否決後、衆院で再可決すればいいのだ。ところが、世間から強引だと批判され、それをきっかけに衆院解散に至るのが嫌だという。「中断は民主党のせいだと言えばいい」といった言葉を聞くと力も抜ける。 一方の民主党は前事務次官の問題追及に力を入れるそうだ。それは当然としても、対案を出す、出さないの話はどうなるのだろう。
要するに「早期解散を」と言いながら、この問題を争点にして衆院選はしたくないと見るほかない。
 日本の国際協力はどうあるべきかという政党の根幹といえるテーマなのだ。真っ向勝負をすることが政治不信解消にもつながる。』(22日毎日新聞)



タイトル通りに極めて真っ当な見解で結んでいる。
30日もたれた党首会談は確かに対決姿勢をうかがわせるようであったが、衆議院テロ防止・イラク支援特別委員会を見る限り与野党共に「本気さが伝わらない」そのものだといえる内容であった。



ところが、29日「抵抗野党と抵抗与党」のタイトルでは、これまでの対決、批判攻勢の状況を一変させるような発言が結びとなっているのには驚かされた。



 

『民主党には「参院で可決後、衆院で与党が否決してくれた方が『与党は何でも反対』とアピールできる」との声もある。確かに「抵抗与党」化している向きはあるが、それは違う。本当に国民のために政策を実現させたいのなら、与党と多少妥協しても成立させた方が「民主党に政権を任せても大丈夫」と信頼されると私は思う。
そういえば昔の社会党には「おれは何も聞いてない。けしからん」と怒鳴る人が多かったなあ。怠慢を棚に上げ反対だけする抵抗野党そのものの発想である。まあ、そんな人は一生、野党をやっていてください。』(29日毎日新聞)



三つのコラムを読んで最後が、『本当に国民のために政策を実現させたいのなら、与党と多少妥協しても成立させた方が「民主党に政権を任せても大丈夫」と信頼されると私は思う。』での結びは、前回の『真っ向勝負をすることが政治不信解消にもつながる。』という真っ当さと違う拍子抜けするものではないか。
しかし、よくよく考えれば、『多少妥協しても成立させた方が「民主党に政権を任せても大丈夫」と信頼される』という発想は、問い詰めればいつもこのパターンではなかったかの問いに突き当たる。
「妥協に妥協、解釈に解釈」を延々と積み重ねてきたのが政権のルール化を作りだしてきた。それは、常に『本当に国民のために』という大上段に物事を片付けるやり口に権力が徹してきたことのそのもの苦肉の美談かではなかったのか。「本当に」は常に虚像であり、「国民のために」というのは、権力のための結果ではなかったのか。



『作戦に乗ってなるものか』、『早く政治を国民の手に取り戻そう。』という呼びかけには誰もが納得するが、この手のコラムは案外納得させる落ちになっていることが多い。与良正男氏の肩書きをみれば一見その公共性が正当性の看板を与えているシステムに組みこまれがちに私たちはおかれる。与良正男氏の結論は、自由民主党政歴50年をひたすら支えてきた日本人気質そのものであることが諸にわかった。



今、私たちは「テロ特措法」延長問題に関して、『本当に国民のために』という時間軸を括弧締めして考える岐路にある、「妥協、解釈」を凌駕する決断が問われている。
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