2008年07月
2008年07月28日
地球温暖化は人類を救えるか
7月21日毎日新聞は、地球温暖化に関するショッキングなニュースを掲載している。
特集「覇権漂流」、各国の資源攻防の戦略、これからのエネルギー争奪戦は、中東から北極へステージが移行するその現実を紹介している。
昨年の8月ロシアが、北極点ロシア領の主張を明確にして、北極の開発権を強く主張する為に海底にロシア国旗を立てた。この時、一番反発を露骨に表明したのがカナダである。米国とその関係国は、単なる冒険話だとは思わないにしても、イラク、アフガン問題、中東政策に奔走していて
ロシアのエネルギー戦略を横目にもかけない現実があった。
米国は、原子力空母はあるが、大型砕氷船がないという笑える実態が関心の無さを象徴している。 ロシアの北極点での国旗立て騒動から約1年が経過して、カナダは北極圏での開発権の主張のため大型砕氷船「ルイサンローラン」を現地へ派遣した。
ここから問題は深刻化する北極の現状、実態が開発海底調査と共に発表されることになるから不可思議な現実が浮かび上がってくる。つまり、北極圏での開発条件は、気候変動による北極圏の温暖化が条件となっていることだ。詰まるところ、エネルギー開発が解氷の溶解で異常事態をさらに引き起こし地球規模的なダメージを被ることにもなりかねない危険を孕んでいることだ。
要するに、人類が生き延びるためのエネルギー獲得合戦が、自らの壊滅を招くかもしれないという、本も子もない事態のことだ。
特集「覇権漂流」はエネルギー争奪戦の舞台裏を知らせるとともに、これからの社会とエネルギーの関係をより深刻な待ったなしの人類の課題であることを暗に示している。
参考に特集の毎日サイトを掲載しておく
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/1(その1) 北極に眠る3745億バレル
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/1(その2) 温暖化、競争に拍車
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/2 天然ガスパイプライン(その2止)
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/2 天然ガスパイプライン(その1)
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/3 カザフスタン、ウラン争奪戦
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/4 インド、原子力協定と天然ガス
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/5止 石油 ベネズエラと米国
7月21日毎日新聞は、地球温暖化に関するショッキングなニュースを掲載している。
特集「覇権漂流」、各国の資源攻防の戦略、これからのエネルギー争奪戦は、中東から北極へステージが移行するその現実を紹介している。
昨年の8月ロシアが、北極点ロシア領の主張を明確にして、北極の開発権を強く主張する為に海底にロシア国旗を立てた。この時、一番反発を露骨に表明したのがカナダである。米国とその関係国は、単なる冒険話だとは思わないにしても、イラク、アフガン問題、中東政策に奔走していて
ロシアのエネルギー戦略を横目にもかけない現実があった。
米国は、原子力空母はあるが、大型砕氷船がないという笑える実態が関心の無さを象徴している。 ロシアの北極点での国旗立て騒動から約1年が経過して、カナダは北極圏での開発権の主張のため大型砕氷船「ルイサンローラン」を現地へ派遣した。
ここから問題は深刻化する北極の現状、実態が開発海底調査と共に発表されることになるから不可思議な現実が浮かび上がってくる。つまり、北極圏での開発条件は、気候変動による北極圏の温暖化が条件となっていることだ。詰まるところ、エネルギー開発が解氷の溶解で異常事態をさらに引き起こし地球規模的なダメージを被ることにもなりかねない危険を孕んでいることだ。
要するに、人類が生き延びるためのエネルギー獲得合戦が、自らの壊滅を招くかもしれないという、本も子もない事態のことだ。
特集「覇権漂流」はエネルギー争奪戦の舞台裏を知らせるとともに、これからの社会とエネルギーの関係をより深刻な待ったなしの人類の課題であることを暗に示している。
参考に特集の毎日サイトを掲載しておく
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/1(その1) 北極に眠る3745億バレル
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/1(その2) 温暖化、競争に拍車
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/2 天然ガスパイプライン(その2止)
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/2 天然ガスパイプライン(その1)
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/3 カザフスタン、ウラン争奪戦
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/4 インド、原子力協定と天然ガス
覇権漂流:第2部・資源をめぐる攻防/5止 石油 ベネズエラと米国
2008年07月23日
先進環境都市 ボルダー市の通勤対策と米国の現実
「TUP速報」というメルマガ配信に、通勤対策での温暖化対策をテーマにしたエッセイが掲載されている。世界で注目を集める環境先進市ボルダー市の市民総力の通勤対策を紹介したものだ。また、地域から世界の温暖化にストップをアピールする試みも説明されている。
なかでも注目されるのが、ある研究者の言葉、『昨年の夏、北極海では1年ものの氷のうち87%が溶けてしまった。それまで流氷や氷山のために使えなかった北西航路が、史上初めて、砕氷船なしに行き来できた。天候にもよるが、この夏は氷がぜんぶ消滅し、カナダやアラスカから北極点まで船でそのまま航行できるかもしれないという。人類史上、考えられなかった異常現象が、今まさに起ろうとしている。』
『このままのスピードで温暖化が進むと、2012年の夏の終わりには、北極海はほとんど氷のない海になるだろう。....』と警鐘している点だ。
先日までは、2050年から2100年までが限界時間軸として指摘され、共有認識の範疇になりつつあったが、ここでは2012年という明日の話で指摘されている。まさかの一抹の懐疑心が過ぎるが、しかし、そうでもないニュースが7月21日毎日新聞にも紹介されていた。7月のカナダ北極圏のレゾリュート湾を調査している砕氷船「ルイサンローラン」の船長が、例年では見られない、所々での解氷が解け、亀裂から青い海が見られる。船の周りの氷の厚さは約50センチだと説明、同乗しているワレス教授も、『79年から解氷を観測しているが、00年以降、急激に氷が減り、厚みも薄くなっている』と語っている。さらに、湾に臨む町の住民は、気温が20度近いのについて『例年より十数度も高い」と、温暖化を裏付ける証言も紹介されている。
悲観的予測が先行する昨今だが、取り敢えずここでは画期的な市民総出演の自転車通勤による温暖化対策を転載する。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【転載】
♪とけて流れりゃみな同じ──じゃないってば!
北極の氷と自転車通勤と350運動
TUPエッセイ パンタ笛吹 著 2008年6月30日
わたしの住んでいるコロラド州ボルダー市は、人口わずか9万人足らずの小さな
町だが、国立大気研究センターやコロラド大学をはじめ、地球温暖化のデータ分
析をする研究施設がいくつかある。昨年、アル・ゴア元副大統領とともにノーベ
ル平和賞を受賞したIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の研究者も少なから
ずボルダーに住んでいて、地元でも受賞記念パーティーが開かれたほどだ。
米国立雪氷データセンター(NSIDC)も緑に囲まれたキャンパス内にあり、32年前
から主に北極と南極の氷床を研究し続けている。そのNSIDCの研究者、マーク・
セリーズ博士が、地球温暖化の影響で、北極の氷がこの夏に消滅する可能性が非
常に高いと警告した【1】。もしそうなれば、人類史上はじめての出来事となる。
CNNニュースもセリーズ博士の警鐘をとりあげた【2】。
「....数年前までは、夏に北極の氷がほとんど、あるいはすべて、消滅するのは
2050年から2100年ごろと考えられていました。最近になって、2030年ごろになる
かもしれないと、予測を見直すことになった。いま、それよりも早くなると言う
研究者もいる。北極海では、私たちの予測を上回る速度で変化が起きています」
これは驚きだ。5月に書いたTUPエッセイで、NASA(アメリカ航空宇宙局)の気象
学者ジェイ・ズワリーが発表した「それまでの最も悲観的予測よりも、さらに早
く悪化した場合の予測」を紹介したばかりだというのに【3】。ズワリーは、こ
う言っていた。
「このままのスピードで温暖化が進むと、2012年の夏の終わりには、北極海はほ
とんど氷のない海になるだろう。....炭鉱内で毒ガスの危険を報せるカナリヤの
ように、北極海はしばしば気候温暖化を報せるカナリヤと言われてきた。いま、
気候温暖化を警告するために、カナリヤは死んでしまった。この炭坑から抜け出
す時がきた」
昨年の夏、北極海では1年ものの氷のうち87%が溶けてしまった。それまで流氷
や氷山のために使えなかった北西航路が、史上初めて、砕氷船なしに行き来でき
た。天候にもよるが、この夏は氷がぜんぶ消滅し、カナダやアラスカから北極点
まで船でそのまま航行できるかもしれないという。人類史上、考えられなかった
異常現象が、今まさに起ろうとしている。
前述のセリーズ博士は、次のように語った【4】。
「北極点がこの秋冬に凍った一年ものの氷だけで覆われているのを見るのは、わ
たしの知るかぎり初めてのことだ。....それがこの夏、五分五分の可能性で、完
全に溶けようとしている」
「科学的に見たら北極点は地球上にあるひとつの点にすぎない。しかし象徴的な
見地からすると、非常に重要な意味を持つ。北極点は蒼い海ではなく、氷で覆わ
れていなければならないからだ」
セリーズ博士の住んでいるボルダーも、地球温暖化に歯止めをかけようと、真剣
に取り組んでいる。ボルダーでは6月は「自転車通勤推進月間」だ。6月25日は
「自転車通勤デー」の催し物が町のあちこちで開かれた。
聴取者がスポンサーの公共ラジオ局KGNUでは、自転車で通勤する人びとに無料の
朝食がふるまわれた。百数十人が会社に行く途中にラジオ局の前に集まり、それ
ぞれ自慢の自転車談義に花を咲かせていた。そこにはボランティアの自転車整備
士もいて、無料の自転車チューンアップが好評だった。
ボルダー市役所は「ゴー・ボルダー」というホームページを立ち上げている。
「ゴー・ボルダー」サイト内にある地図で、出発点と目的地をクリックすると、
どこをどう行けばいいか最良の自転車通路を即座に紹介してくれる仕組みだ。
ボルダー内のグリーン・ビルディング(環境にやさしいビル)には、シャワー室
が備わっている。自転車通勤で汗をかいた人たちが、仕事に入る前にシャワーを
あびられるようになっている。また、自転車通勤者だけは30分間、始業を遅らせ
てもいいというルールを設けている会社もある。自家用車よりも通勤に時間がか
かるための配慮だという。オーガニック食品スーパーの「ホール・フード」のよ
うに、自転車通勤をする従業員に、自転車を無料で貸与している会社もある。
ボルダーからロッキー山脈に向けて車で30分くらい登ったところに、ネーデルラ
ンドという山間の町がある。その山奥からボルダーに自転車で通う人たちもいる。
全行程をこいでいくのは無理なので、自分の家から町のバス停まで自転車で行き、
バスに自転車を乗せボルダーまで下り、そのあとまた自転車で会社まで通ってい
るという。通勤バスは自転車を30台くらいは積めるようにしてあり、ボルダー市
役所からバス無料乗り放題の「エコパス」をもらっている人も多い。わたしの友
人も何人かエコパスで無料バス通勤をしている。
ボルダーからコロラド州都のデンバーに通っている人も多い。車で40分はかかる
その道のりを、エコパスで無料通勤できるだけではない。今までひとりで自家用
車に乗ってデンバーに通っていた人がバス通勤に替えると、1日3ドルの奨励金
を市からもらえるようになった。車を減らして二酸化炭素排出量を減らすのが目
的だ。3ヶ月間、バス通勤すると、最大180ドル(1万9000円)もらえる。高騰し
たガソリン代を考えると、なんて魅力的なプログラムを考えついたのかと感心す
る。
ローカルレベルでこれほど二酸化炭素削減にがんばっているというのに、ブッシ
ュ政権のやっていることといったら立腹せずにはいられない。ブッシュ大統領は
6月18日、沖合の政府所有地を解放して、海底油田の掘削を解禁するよう議会
に要請した【5】。
1990年に、沖合の海底油田掘削を禁止したのは父ブッシュ元大統領だ。弟ジェブ・
ブッシュもまたフロリダ州知事のころ、熱心な掘削反対論者だった。元はといえ
ばオイルマン出身のブッシュ大統領は、家族の反対よりも石油企業の儲けの方を
優先したようだ。
チェイニー副大統領も演説で、掘削反対論者こそ「問題の一部だ」として、「彼
らの苦言はこれ以上聞きたくない」と発言【6】。
それに対して民主党の重鎮ハリー・リード上院議員は、「オイルマン・チェイニ
ーが話すことはすべて、掘れ、掘れ、掘れ、である」と皮肉った【7】。
ハワイのマウナロア観測所の発表によると、大気中の二酸化炭素濃度は387ppmに
達したという。産業革命時に比べると、約40%も上昇したことになる。少なくと
も過去65万年で最高最悪の数値だそうだ【8】。石油や石炭などの化石燃料から、
大急ぎで太陽光発電や風力発電などの代替エネルギーに移行しなくてはならない。
その危機的な次期に、ブッシュやチェイニーの愚行は許されるものではない。
わたしが二酸化炭素削減でもっとも期待していたプロジェクトのひとつが、広大
な米南西部の砂漠に展開されようとしていた太陽光発電だ。すでに100万エーカー
の政府所有地を、クリーンで再生可能な太陽光発電地帯にするために150の計画案
が出され、認可を待つばかりだった。
アリゾナ州やネバダ州の砂漠を旅すれば分かるが、ぎらぎらの太陽が年がら年中
照りつける灼熱の大地は、素人目にも太陽光発電にぴったりだ。上記のプロジェ
クトが完成したら、700億ワットという途方もない量の電力を発電できるという。
これは、20万世帯に供給してもありあまる電力量だ。
ところが政府の土地管理局が、この太陽光プロジェクトに対し、向こう2年間は
許可を与えない、という方針を発表した【9】。その理由がふるっている。「砂
漠に太陽光発電を設置した場合、それが植物や野生生物に与える影響を調査しな
くてはならない。その調査に2年間を要するからだ」という。
太陽光発電の技術はすでに30年前からあり、安全とされている。石炭火力発電所
や原子力発電所が環境に与える影響はほぼ無視しているのに、太陽光発電の大き
な一歩を止めるとは、なんという矛盾だろう。うしろに石油や石炭でぼろ儲けし
ている金持ちの影がちらほら見えてくるのは、わたしの錯覚だろうか。
20年前の6月、気象学者ジェームス・ハンセン博士は、地球温暖化を憂慮する科
学者として初めて米国議会で演説した。堂々と「抜本的な対策を早急にとらない
と、気候変動で地球はたいへんなことになる」と警鐘を鳴らした先駆者のひとり
だ。
ハンセン博士はその歴史的な演説の20周年を記念して、近々、米議会で再び講演
をする。講演では、エクソンモービルなどの温暖化の元凶となった企業の最高経
営責任者(CEO)を裁判にかけるべきだ、と主張するという【10】。
以前、タバコ会社の重役は、喫煙とガンは関係ないと言ったり、ニコチンに中毒
性はないなどと主張し、多くの人びとが肺ガンで亡くなった。それと同様に、石
油企業の経営者は長い間、気候変動はただの自然サイクルだと言いはったり、排
出ガスと温暖化は関係ないと主張し、温暖化対策に反対し続けてきた。これは、
自然と人道に対する犯罪だと反戦博士は訴える。彼らは裁きを受けなくてはなら
ない。
「大企業のCEOという影響力を持つ地位にあって、間違った情報を流せば、それが
会社組織を通したものであれ、学校の教科書に載ったりもする。それは犯罪だと
わたしは考える」
ハンセン博士は、2009年が特別に大事な年になるという。新しい大統領が京都議
定書にどのように対処するかが問題になるからだ。
「新大統領は、ケネディーが月へ人間を送ると決断したのと同等の英断を下さな
ければならない」
「問題は政治的な意思ではない。悪いのはワニ皮の靴【11】をはいたロビースト
(圧力団体)である。首都ワシントンでは『地獄の沙汰も金しだい』というのは
本当の話だ。だから民主主義が機能していない」
「350運動」という言葉を聞いたことがあるだろうか? 言い出しっぺは、ハンセ
ン博士だ。地球はこのままでは取り返しのつかないことになる。IPCCが許容した
将来の二酸化炭素量では、多すぎる。いま現在の二酸化炭素濃度、387ppmでも危
なすぎる。なんとか世界中が協力して、350ppmまで下げないと人類に未来はない。
そういう運動だ【12】。
350という数字をぜひ覚えておいてほしい。そして、ニュースで二酸化炭素濃度が
出てくるたびに、350を思い出してほしい。これからの人間にとって、子や孫の世
代のためにも、350という数字ほど大事なナンバーはないのだから。
タイトルが「♪お座敷小唄」なので、エンディングは故・植木等の「地球温暖化
進行曲」でシメよう。
♪地球が暑くなって どこわりい
暖房いらずで いいじゃないか
水道ひねれば 温泉で
牛乳しぼれば 粉ミルク ソレ!
♪どんどん だんだん 温暖化
どんどん だんだん 温暖化
こんな地球に 誰がした
けっこう 毛だらけ 灰だらけ
けっこう 毛だらけ 汗だらけ♪
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
350の科学
地球温暖化を理解するにあたって鍵となる数が3つあります。200年ほど前まで、人類史を通じて、大気中の二酸化炭素量は275ppmでした。これが第一の数です。ppmとは大気全体の分子に占める二酸化炭素分子割合です。二酸化炭素がないと地球の気候は火星のように非常に冷えきってしまいますから、この程度の二酸化炭素は好都合です。ですから大気中に二酸化炭素は必要なのですが、問題は量です。
18世紀初頭に、私たちはエネルギーや生産のために石炭や石油などの化石燃料を使い始め、大気中の二酸化炭素は加速度的に増えてきました。日常の生活の多く、たとえば部屋の明かりをつけるときや、料理するとき、冷房や暖房をかけるときなど、石炭や石油のようなエネルギー源に頼り、二酸化炭素その他の温暖化を助長する空気を排出しています。私たちは、化石燃料として蓄積されていた幾百万年分もの炭素を大気中に排出しており、現在の二酸化炭素量は387ppm(これが2つ目の数字です)で、これは毎年2ppmずつ上昇しています。
科学者たちは排出量が多すぎると警告しており(今現在の大気中の二酸化炭素量は地球の記録史上で最高なのです)、既に世界中でその破滅的な影響が及び始めています。何億もの人々の飲料水の源である氷河が随所で急速に溶けています。温暖な気候を好む蚊がマラリヤやデング熱を媒介しながら生息地を広げています。干ばつは著しく頻度を増し、各地で食物の育成が困難になっています。海面は上昇し始めており、科学者は今世紀中に6, 7mも上昇し得ると警告しています。もしそうなれば、世界各国の都市や島国、農地が水没してしまいます。ただでさえ資源の乏しい地域では、これらの影響もあいまって、紛争や治安を悪化させています。
過去1年の間に、先駆的な気候学者たちのなかに安全な二酸化炭素の上限は350pmmであると発表した人々がいます。これがみなさんに一番知っておいて頂きたい3つめの数字、地球の安全閾です。20年ほど前、初めて温暖化について警告した、NASAのジェームズ・ハンセン博士が最近述べた通り、「もし人類が、この地球を、生命が進化し、文明が発展した時と同じ状態に保ちたいのならば、古気候や現在進行中の気候変動を考慮すると、二酸化炭素の量を現在の385pmmから350ppm以下に削減する必要があるのです」
これは簡単なことではありませんが、不可能でもありません。私たちは地下の炭素を掘り出して大気中に放出するのをやめなくてはなりません。つまり、確実に途上国に発展の機会が公正に与えられるようにしながら、石炭を大量に燃やすのを止め、太陽エネルギーや風力などの再生可能エネルギーを使用し始めなければいけません。もしこれを行えば、地球は大気中の余剰炭素をゆっくり還元し始め、いずれ安全閾に戻ります。化石燃料の消費を減らし、世界中の農業や林業慣行を改善することで、今世紀半ばには350ppmまで戻すことができるはずです。しかし、350 ppm以上の危険閾にある時間が長くなるにつれ、破壊的な気候の激変が起こる可能性が高くなります。
1992年から、国連は2週間にわたる会議を毎年ひらいています。この会議では、世界の国々の代表が集まり、気候変動による地球の危機への対策が話し合われます。2009年の12月にはデンマークのコペンハーゲンで同会議が開催される予定で、各国の代表、NGO、企業が集まり、地球の気候変動について新たな協定をつくることになっています。現在、話し合いでは450ppmや550ppmといった数字があげられています。しかし科学者によると、これは安全閾を外れる数字で、地球の未来に災害をもたらすことは必至と言われています。350ppmこそが確実に公正な未来を保障し、気候の大変動を防ぎ得る目標であることを、たやすいことではありませんが、各国首脳に理解してもらわなければなりません。
なぜ350を目指す必要があるのか、市民の方々や共同体、国や世界に広く伝えるため、みなさんの協力が必要です。ご参加をお待ちしています。
資料
地球温暖化やその影響、対策方法について、私たち以上に詳しい方々が沢山います。以下は、地球温暖化についての基本的な情報だけでなく、気象科学や影響、対策に関する最新の研究や論文の最新情報をまとめた資料の一覧です。追加すべき重要な資料がありましたらご連絡下さい。
350のメッセンジャー
「TUP速報」というメルマガ配信に、通勤対策での温暖化対策をテーマにしたエッセイが掲載されている。世界で注目を集める環境先進市ボルダー市の市民総力の通勤対策を紹介したものだ。また、地域から世界の温暖化にストップをアピールする試みも説明されている。
なかでも注目されるのが、ある研究者の言葉、『昨年の夏、北極海では1年ものの氷のうち87%が溶けてしまった。それまで流氷や氷山のために使えなかった北西航路が、史上初めて、砕氷船なしに行き来できた。天候にもよるが、この夏は氷がぜんぶ消滅し、カナダやアラスカから北極点まで船でそのまま航行できるかもしれないという。人類史上、考えられなかった異常現象が、今まさに起ろうとしている。』
『このままのスピードで温暖化が進むと、2012年の夏の終わりには、北極海はほとんど氷のない海になるだろう。....』と警鐘している点だ。
先日までは、2050年から2100年までが限界時間軸として指摘され、共有認識の範疇になりつつあったが、ここでは2012年という明日の話で指摘されている。まさかの一抹の懐疑心が過ぎるが、しかし、そうでもないニュースが7月21日毎日新聞にも紹介されていた。7月のカナダ北極圏のレゾリュート湾を調査している砕氷船「ルイサンローラン」の船長が、例年では見られない、所々での解氷が解け、亀裂から青い海が見られる。船の周りの氷の厚さは約50センチだと説明、同乗しているワレス教授も、『79年から解氷を観測しているが、00年以降、急激に氷が減り、厚みも薄くなっている』と語っている。さらに、湾に臨む町の住民は、気温が20度近いのについて『例年より十数度も高い」と、温暖化を裏付ける証言も紹介されている。
悲観的予測が先行する昨今だが、取り敢えずここでは画期的な市民総出演の自転車通勤による温暖化対策を転載する。
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【転載】
♪とけて流れりゃみな同じ──じゃないってば!
北極の氷と自転車通勤と350運動
TUPエッセイ パンタ笛吹 著 2008年6月30日
わたしの住んでいるコロラド州ボルダー市は、人口わずか9万人足らずの小さな
町だが、国立大気研究センターやコロラド大学をはじめ、地球温暖化のデータ分
析をする研究施設がいくつかある。昨年、アル・ゴア元副大統領とともにノーベ
ル平和賞を受賞したIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の研究者も少なから
ずボルダーに住んでいて、地元でも受賞記念パーティーが開かれたほどだ。
米国立雪氷データセンター(NSIDC)も緑に囲まれたキャンパス内にあり、32年前
から主に北極と南極の氷床を研究し続けている。そのNSIDCの研究者、マーク・
セリーズ博士が、地球温暖化の影響で、北極の氷がこの夏に消滅する可能性が非
常に高いと警告した【1】。もしそうなれば、人類史上はじめての出来事となる。
CNNニュースもセリーズ博士の警鐘をとりあげた【2】。
「....数年前までは、夏に北極の氷がほとんど、あるいはすべて、消滅するのは
2050年から2100年ごろと考えられていました。最近になって、2030年ごろになる
かもしれないと、予測を見直すことになった。いま、それよりも早くなると言う
研究者もいる。北極海では、私たちの予測を上回る速度で変化が起きています」
これは驚きだ。5月に書いたTUPエッセイで、NASA(アメリカ航空宇宙局)の気象
学者ジェイ・ズワリーが発表した「それまでの最も悲観的予測よりも、さらに早
く悪化した場合の予測」を紹介したばかりだというのに【3】。ズワリーは、こ
う言っていた。
「このままのスピードで温暖化が進むと、2012年の夏の終わりには、北極海はほ
とんど氷のない海になるだろう。....炭鉱内で毒ガスの危険を報せるカナリヤの
ように、北極海はしばしば気候温暖化を報せるカナリヤと言われてきた。いま、
気候温暖化を警告するために、カナリヤは死んでしまった。この炭坑から抜け出
す時がきた」
昨年の夏、北極海では1年ものの氷のうち87%が溶けてしまった。それまで流氷
や氷山のために使えなかった北西航路が、史上初めて、砕氷船なしに行き来でき
た。天候にもよるが、この夏は氷がぜんぶ消滅し、カナダやアラスカから北極点
まで船でそのまま航行できるかもしれないという。人類史上、考えられなかった
異常現象が、今まさに起ろうとしている。
前述のセリーズ博士は、次のように語った【4】。
「北極点がこの秋冬に凍った一年ものの氷だけで覆われているのを見るのは、わ
たしの知るかぎり初めてのことだ。....それがこの夏、五分五分の可能性で、完
全に溶けようとしている」
「科学的に見たら北極点は地球上にあるひとつの点にすぎない。しかし象徴的な
見地からすると、非常に重要な意味を持つ。北極点は蒼い海ではなく、氷で覆わ
れていなければならないからだ」
セリーズ博士の住んでいるボルダーも、地球温暖化に歯止めをかけようと、真剣
に取り組んでいる。ボルダーでは6月は「自転車通勤推進月間」だ。6月25日は
「自転車通勤デー」の催し物が町のあちこちで開かれた。
聴取者がスポンサーの公共ラジオ局KGNUでは、自転車で通勤する人びとに無料の
朝食がふるまわれた。百数十人が会社に行く途中にラジオ局の前に集まり、それ
ぞれ自慢の自転車談義に花を咲かせていた。そこにはボランティアの自転車整備
士もいて、無料の自転車チューンアップが好評だった。
ボルダー市役所は「ゴー・ボルダー」というホームページを立ち上げている。
「ゴー・ボルダー」サイト内にある地図で、出発点と目的地をクリックすると、
どこをどう行けばいいか最良の自転車通路を即座に紹介してくれる仕組みだ。
ボルダー内のグリーン・ビルディング(環境にやさしいビル)には、シャワー室
が備わっている。自転車通勤で汗をかいた人たちが、仕事に入る前にシャワーを
あびられるようになっている。また、自転車通勤者だけは30分間、始業を遅らせ
てもいいというルールを設けている会社もある。自家用車よりも通勤に時間がか
かるための配慮だという。オーガニック食品スーパーの「ホール・フード」のよ
うに、自転車通勤をする従業員に、自転車を無料で貸与している会社もある。
ボルダーからロッキー山脈に向けて車で30分くらい登ったところに、ネーデルラ
ンドという山間の町がある。その山奥からボルダーに自転車で通う人たちもいる。
全行程をこいでいくのは無理なので、自分の家から町のバス停まで自転車で行き、
バスに自転車を乗せボルダーまで下り、そのあとまた自転車で会社まで通ってい
るという。通勤バスは自転車を30台くらいは積めるようにしてあり、ボルダー市
役所からバス無料乗り放題の「エコパス」をもらっている人も多い。わたしの友
人も何人かエコパスで無料バス通勤をしている。
ボルダーからコロラド州都のデンバーに通っている人も多い。車で40分はかかる
その道のりを、エコパスで無料通勤できるだけではない。今までひとりで自家用
車に乗ってデンバーに通っていた人がバス通勤に替えると、1日3ドルの奨励金
を市からもらえるようになった。車を減らして二酸化炭素排出量を減らすのが目
的だ。3ヶ月間、バス通勤すると、最大180ドル(1万9000円)もらえる。高騰し
たガソリン代を考えると、なんて魅力的なプログラムを考えついたのかと感心す
る。
ローカルレベルでこれほど二酸化炭素削減にがんばっているというのに、ブッシ
ュ政権のやっていることといったら立腹せずにはいられない。ブッシュ大統領は
6月18日、沖合の政府所有地を解放して、海底油田の掘削を解禁するよう議会
に要請した【5】。
1990年に、沖合の海底油田掘削を禁止したのは父ブッシュ元大統領だ。弟ジェブ・
ブッシュもまたフロリダ州知事のころ、熱心な掘削反対論者だった。元はといえ
ばオイルマン出身のブッシュ大統領は、家族の反対よりも石油企業の儲けの方を
優先したようだ。
チェイニー副大統領も演説で、掘削反対論者こそ「問題の一部だ」として、「彼
らの苦言はこれ以上聞きたくない」と発言【6】。
それに対して民主党の重鎮ハリー・リード上院議員は、「オイルマン・チェイニ
ーが話すことはすべて、掘れ、掘れ、掘れ、である」と皮肉った【7】。
ハワイのマウナロア観測所の発表によると、大気中の二酸化炭素濃度は387ppmに
達したという。産業革命時に比べると、約40%も上昇したことになる。少なくと
も過去65万年で最高最悪の数値だそうだ【8】。石油や石炭などの化石燃料から、
大急ぎで太陽光発電や風力発電などの代替エネルギーに移行しなくてはならない。
その危機的な次期に、ブッシュやチェイニーの愚行は許されるものではない。
わたしが二酸化炭素削減でもっとも期待していたプロジェクトのひとつが、広大
な米南西部の砂漠に展開されようとしていた太陽光発電だ。すでに100万エーカー
の政府所有地を、クリーンで再生可能な太陽光発電地帯にするために150の計画案
が出され、認可を待つばかりだった。
アリゾナ州やネバダ州の砂漠を旅すれば分かるが、ぎらぎらの太陽が年がら年中
照りつける灼熱の大地は、素人目にも太陽光発電にぴったりだ。上記のプロジェ
クトが完成したら、700億ワットという途方もない量の電力を発電できるという。
これは、20万世帯に供給してもありあまる電力量だ。
ところが政府の土地管理局が、この太陽光プロジェクトに対し、向こう2年間は
許可を与えない、という方針を発表した【9】。その理由がふるっている。「砂
漠に太陽光発電を設置した場合、それが植物や野生生物に与える影響を調査しな
くてはならない。その調査に2年間を要するからだ」という。
太陽光発電の技術はすでに30年前からあり、安全とされている。石炭火力発電所
や原子力発電所が環境に与える影響はほぼ無視しているのに、太陽光発電の大き
な一歩を止めるとは、なんという矛盾だろう。うしろに石油や石炭でぼろ儲けし
ている金持ちの影がちらほら見えてくるのは、わたしの錯覚だろうか。
20年前の6月、気象学者ジェームス・ハンセン博士は、地球温暖化を憂慮する科
学者として初めて米国議会で演説した。堂々と「抜本的な対策を早急にとらない
と、気候変動で地球はたいへんなことになる」と警鐘を鳴らした先駆者のひとり
だ。
ハンセン博士はその歴史的な演説の20周年を記念して、近々、米議会で再び講演
をする。講演では、エクソンモービルなどの温暖化の元凶となった企業の最高経
営責任者(CEO)を裁判にかけるべきだ、と主張するという【10】。
以前、タバコ会社の重役は、喫煙とガンは関係ないと言ったり、ニコチンに中毒
性はないなどと主張し、多くの人びとが肺ガンで亡くなった。それと同様に、石
油企業の経営者は長い間、気候変動はただの自然サイクルだと言いはったり、排
出ガスと温暖化は関係ないと主張し、温暖化対策に反対し続けてきた。これは、
自然と人道に対する犯罪だと反戦博士は訴える。彼らは裁きを受けなくてはなら
ない。
「大企業のCEOという影響力を持つ地位にあって、間違った情報を流せば、それが
会社組織を通したものであれ、学校の教科書に載ったりもする。それは犯罪だと
わたしは考える」
ハンセン博士は、2009年が特別に大事な年になるという。新しい大統領が京都議
定書にどのように対処するかが問題になるからだ。
「新大統領は、ケネディーが月へ人間を送ると決断したのと同等の英断を下さな
ければならない」
「問題は政治的な意思ではない。悪いのはワニ皮の靴【11】をはいたロビースト
(圧力団体)である。首都ワシントンでは『地獄の沙汰も金しだい』というのは
本当の話だ。だから民主主義が機能していない」
「350運動」という言葉を聞いたことがあるだろうか? 言い出しっぺは、ハンセ
ン博士だ。地球はこのままでは取り返しのつかないことになる。IPCCが許容した
将来の二酸化炭素量では、多すぎる。いま現在の二酸化炭素濃度、387ppmでも危
なすぎる。なんとか世界中が協力して、350ppmまで下げないと人類に未来はない。
そういう運動だ【12】。
350という数字をぜひ覚えておいてほしい。そして、ニュースで二酸化炭素濃度が
出てくるたびに、350を思い出してほしい。これからの人間にとって、子や孫の世
代のためにも、350という数字ほど大事なナンバーはないのだから。
タイトルが「♪お座敷小唄」なので、エンディングは故・植木等の「地球温暖化
進行曲」でシメよう。
♪地球が暑くなって どこわりい
暖房いらずで いいじゃないか
水道ひねれば 温泉で
牛乳しぼれば 粉ミルク ソレ!
♪どんどん だんだん 温暖化
どんどん だんだん 温暖化
こんな地球に 誰がした
けっこう 毛だらけ 灰だらけ
けっこう 毛だらけ 汗だらけ♪
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350の科学
地球温暖化を理解するにあたって鍵となる数が3つあります。200年ほど前まで、人類史を通じて、大気中の二酸化炭素量は275ppmでした。これが第一の数です。ppmとは大気全体の分子に占める二酸化炭素分子割合です。二酸化炭素がないと地球の気候は火星のように非常に冷えきってしまいますから、この程度の二酸化炭素は好都合です。ですから大気中に二酸化炭素は必要なのですが、問題は量です。
18世紀初頭に、私たちはエネルギーや生産のために石炭や石油などの化石燃料を使い始め、大気中の二酸化炭素は加速度的に増えてきました。日常の生活の多く、たとえば部屋の明かりをつけるときや、料理するとき、冷房や暖房をかけるときなど、石炭や石油のようなエネルギー源に頼り、二酸化炭素その他の温暖化を助長する空気を排出しています。私たちは、化石燃料として蓄積されていた幾百万年分もの炭素を大気中に排出しており、現在の二酸化炭素量は387ppm(これが2つ目の数字です)で、これは毎年2ppmずつ上昇しています。
科学者たちは排出量が多すぎると警告しており(今現在の大気中の二酸化炭素量は地球の記録史上で最高なのです)、既に世界中でその破滅的な影響が及び始めています。何億もの人々の飲料水の源である氷河が随所で急速に溶けています。温暖な気候を好む蚊がマラリヤやデング熱を媒介しながら生息地を広げています。干ばつは著しく頻度を増し、各地で食物の育成が困難になっています。海面は上昇し始めており、科学者は今世紀中に6, 7mも上昇し得ると警告しています。もしそうなれば、世界各国の都市や島国、農地が水没してしまいます。ただでさえ資源の乏しい地域では、これらの影響もあいまって、紛争や治安を悪化させています。
過去1年の間に、先駆的な気候学者たちのなかに安全な二酸化炭素の上限は350pmmであると発表した人々がいます。これがみなさんに一番知っておいて頂きたい3つめの数字、地球の安全閾です。20年ほど前、初めて温暖化について警告した、NASAのジェームズ・ハンセン博士が最近述べた通り、「もし人類が、この地球を、生命が進化し、文明が発展した時と同じ状態に保ちたいのならば、古気候や現在進行中の気候変動を考慮すると、二酸化炭素の量を現在の385pmmから350ppm以下に削減する必要があるのです」
これは簡単なことではありませんが、不可能でもありません。私たちは地下の炭素を掘り出して大気中に放出するのをやめなくてはなりません。つまり、確実に途上国に発展の機会が公正に与えられるようにしながら、石炭を大量に燃やすのを止め、太陽エネルギーや風力などの再生可能エネルギーを使用し始めなければいけません。もしこれを行えば、地球は大気中の余剰炭素をゆっくり還元し始め、いずれ安全閾に戻ります。化石燃料の消費を減らし、世界中の農業や林業慣行を改善することで、今世紀半ばには350ppmまで戻すことができるはずです。しかし、350 ppm以上の危険閾にある時間が長くなるにつれ、破壊的な気候の激変が起こる可能性が高くなります。
1992年から、国連は2週間にわたる会議を毎年ひらいています。この会議では、世界の国々の代表が集まり、気候変動による地球の危機への対策が話し合われます。2009年の12月にはデンマークのコペンハーゲンで同会議が開催される予定で、各国の代表、NGO、企業が集まり、地球の気候変動について新たな協定をつくることになっています。現在、話し合いでは450ppmや550ppmといった数字があげられています。しかし科学者によると、これは安全閾を外れる数字で、地球の未来に災害をもたらすことは必至と言われています。350ppmこそが確実に公正な未来を保障し、気候の大変動を防ぎ得る目標であることを、たやすいことではありませんが、各国首脳に理解してもらわなければなりません。
なぜ350を目指す必要があるのか、市民の方々や共同体、国や世界に広く伝えるため、みなさんの協力が必要です。ご参加をお待ちしています。
資料
地球温暖化やその影響、対策方法について、私たち以上に詳しい方々が沢山います。以下は、地球温暖化についての基本的な情報だけでなく、気象科学や影響、対策に関する最新の研究や論文の最新情報をまとめた資料の一覧です。追加すべき重要な資料がありましたらご連絡下さい。
350のメッセンジャー
原子力空母と軍事費、地球温暖化の膨脹
7月6日、海上自衛隊護衛艦「さわゆき」(排水量2950トン、米丸祥一艦長)艦内で放火事件が発生している。しかし、海上自衛隊艦艇での放火と見られる火災が、昨年末から3件目だという。あまりにも不祥事が多すぎるのは陸上自衛隊だけではなかったようだ。
日本の小規模艦でのボヤ程度の火災で隊員に支障がなく、それこそ原因究明ももみ消しできそうな規模なら、綱紀粛正、徹底した事後策に当たる、厳重に処罰するとかの常套句でことが済むが、これが大型原子力艦となると話は別だ。
動く軍事要塞といわれる原子力空母ジョージ・ワシントンが、現実に5月22日、南米沖で大規模な火災事故を起こしているのだ。全国紙では報じられなかったが、神奈川県横須賀市民にとってはびっくり、関係者には大ショックなニュースになった。このジョージ・ワシントンは先日横須賀港から離日したキティホーク(退役艦)の後釜にやってくる、日程も8月19日に決まっていた原子力空母なのだ。
火災は空母の3,000区画中の80区画にも及んだそうで、火傷の負傷者を出し、船体にも高熱で歪みが生じているところがあるという大火事の部類だ。横須賀港を母港にするジョージ・ワシントンは、原子力艦でその最大の利点、艦載機への燃料、爆弾、ミサイル等が通常艦の2.5倍搭載されている。従って、一つ間違うと、要塞が燃えている、爆発した、そして沈没したというような映画でのセットそのものが展開される可能性を常にもつ空母だといえる。
だから、横須賀市民にとっては徒ならぬ空母火事で、6月19日「神奈川新聞」は1面トップ記事で報じたのはごく当たり前と頷ける。さらにこの影響もあってか、7月13日現地で市民による全国大集会の抗議活動が行われている。
当のジョージ・ワシントンは5月27日にカリフォルニア州サンディエゴに入港して修繕を始め、横須賀港の再入港は9月下旬ごろといわれている。
ところが、横須賀市民がジョージ・ワシントンの火災事故で不安に怯え、抗議を繰返している最中に、東京では、シーファー駐日米大使が、日本に軍事費を増やすよう求める講演会をおこなっている。
ご承知のように米国の軍事費総額は、世界の他国の総額より以上の軍事予算を毎年更新している。例えば今回問題になっているジョージ・ワシントンは50億ドルといわれ、さらに次世代空母の建造に着手しているその予算は、最高で110億ドル掛かると説明されている。因みに進水予定は2012年らしい、とにかく軍事費は増大するのではなく際限なく膨脹するのだ。これは日本の防衛費も同じで、自主防衛費、自衛の為であっても同じである。
この日のシーファー駐日米大使は、膨脹する米国の軍事費の膨脹に合わせて、軍事費の共同歩調をとらなければならないと強調しているのだ。つまり、ジョージ・ワシントンの後継空母のために沖縄をはじめとする40以上の在日米軍基地での思いやり予算に基地整備人件費、高速料金その他たまげた諸費用を提供しているより以上の軍事費の負担を迫っているのだ。
日米同盟は、実は紐の形態をとる米国の日本に対する植民地政策でしかない。日本人は決して忘れてはならない、米国人は離日する前には必ず、批判するな、文句を言うな、しかし積極的資金提供を怠るなと言って本国に帰って行く。少し前には、マイケル・グリーンが民放テレビで国民に向ってそう述べて帰国した。
7月6日、海上自衛隊護衛艦「さわゆき」(排水量2950トン、米丸祥一艦長)艦内で放火事件が発生している。しかし、海上自衛隊艦艇での放火と見られる火災が、昨年末から3件目だという。あまりにも不祥事が多すぎるのは陸上自衛隊だけではなかったようだ。
日本の小規模艦でのボヤ程度の火災で隊員に支障がなく、それこそ原因究明ももみ消しできそうな規模なら、綱紀粛正、徹底した事後策に当たる、厳重に処罰するとかの常套句でことが済むが、これが大型原子力艦となると話は別だ。
動く軍事要塞といわれる原子力空母ジョージ・ワシントンが、現実に5月22日、南米沖で大規模な火災事故を起こしているのだ。全国紙では報じられなかったが、神奈川県横須賀市民にとってはびっくり、関係者には大ショックなニュースになった。このジョージ・ワシントンは先日横須賀港から離日したキティホーク(退役艦)の後釜にやってくる、日程も8月19日に決まっていた原子力空母なのだ。
火災は空母の3,000区画中の80区画にも及んだそうで、火傷の負傷者を出し、船体にも高熱で歪みが生じているところがあるという大火事の部類だ。横須賀港を母港にするジョージ・ワシントンは、原子力艦でその最大の利点、艦載機への燃料、爆弾、ミサイル等が通常艦の2.5倍搭載されている。従って、一つ間違うと、要塞が燃えている、爆発した、そして沈没したというような映画でのセットそのものが展開される可能性を常にもつ空母だといえる。
だから、横須賀市民にとっては徒ならぬ空母火事で、6月19日「神奈川新聞」は1面トップ記事で報じたのはごく当たり前と頷ける。さらにこの影響もあってか、7月13日現地で市民による全国大集会の抗議活動が行われている。
当のジョージ・ワシントンは5月27日にカリフォルニア州サンディエゴに入港して修繕を始め、横須賀港の再入港は9月下旬ごろといわれている。
ところが、横須賀市民がジョージ・ワシントンの火災事故で不安に怯え、抗議を繰返している最中に、東京では、シーファー駐日米大使が、日本に軍事費を増やすよう求める講演会をおこなっている。
ご承知のように米国の軍事費総額は、世界の他国の総額より以上の軍事予算を毎年更新している。例えば今回問題になっているジョージ・ワシントンは50億ドルといわれ、さらに次世代空母の建造に着手しているその予算は、最高で110億ドル掛かると説明されている。因みに進水予定は2012年らしい、とにかく軍事費は増大するのではなく際限なく膨脹するのだ。これは日本の防衛費も同じで、自主防衛費、自衛の為であっても同じである。
この日のシーファー駐日米大使は、膨脹する米国の軍事費の膨脹に合わせて、軍事費の共同歩調をとらなければならないと強調しているのだ。つまり、ジョージ・ワシントンの後継空母のために沖縄をはじめとする40以上の在日米軍基地での思いやり予算に基地整備人件費、高速料金その他たまげた諸費用を提供しているより以上の軍事費の負担を迫っているのだ。
日米同盟は、実は紐の形態をとる米国の日本に対する植民地政策でしかない。日本人は決して忘れてはならない、米国人は離日する前には必ず、批判するな、文句を言うな、しかし積極的資金提供を怠るなと言って本国に帰って行く。少し前には、マイケル・グリーンが民放テレビで国民に向ってそう述べて帰国した。
2008年07月17日
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■ 『絶望の中の希望〜現場からの医療改革レポート』 上 昌広 第9回
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「日本の医師不足〜第四回 医師不足への処方箋 医学部定員数50%増員の提案」
これまで三回にわたり、我が国の医師不足の実情、歴史的背景を説明してきまし
た。要約すると以下のようになります。
1)我が国の人口1000人あたりの医師数は2.0人であり、先進国中最低水準で
ある。ちなみに、イギリス、米国、カナダ、オーストラリアなどのアングロサクソン
系諸国は2.1−2.7人で、ドイツ、フランス、イタリアなどの大陸諸国は3.4
−4.2人です。アングロサクソン系諸国では医師を補助するコメディカルの数が多
いのですが、我が国はコメディカルの数も不足しています(米国の25%程度)。
2)医師数が増えると医療費が増加するという「医師誘発需要学説」は、最近の医療
経済専門家の間では否定されています。つまり、医師数を増やしても、国民医療費が
増加するとは言えません。
3)我が国の医師数は毎年4000人程度増加しています。しかしながら、増加して
いるのは壮年期以降の医師であり、病院に勤務する若手医師の数は横ばいです。小児
科、産科、外科などの勤務医数は既に減少し始めています。
■ 医師不足の解決方法は?
これまでの議論から、我が国では医師の絶対数が不足していることをご理解いただ
けたかと思います。特に病院勤務医の不足は深刻であり、現状の医師養成制度を続け
る限り解決の目処は立ちません。
この問題については、政府、与野党、関係団体などから様々な解決策が提言されて
いますが、大別すると勤務医の増員と勤務医の負担軽減に分けることができそうで
す。勤務医不足を改善するには、両方の対策ともに重要なのですが、両者では優先順
位が異なります。
■ 勤務医の負担軽減
病院勤務医の過酷な労働条件は多くのメディアで報道され、国民的な理解が進んで
きました。頻回の夜間当直、当直あけの通常勤務、夜間の緊急呼び出しなど、一般の
社会人の方は経験されないことが多いでしょう。 現在、厚労省は、病院勤務医の負
担を軽減するため、医療行為の一部をコメディカルに権限委譲することと、医師に補
助員(メディカルクラーク)をつけることを考えています。
一つめの医療行為の権限委譲については、厚労省は「スキルミックス」という表現
を用いてイメージ形成に成功しているようです。従来、この問題は日本医師会が自ら
の権限を守るために、権限を委譲しなかったような論調で報道されることが多かった
と感じていますが、実態はそれほど単純ではありません。
私も条件が整えば、規制緩和することに賛成です。しかしながら、我が国では病院
で勤務するコメディカルの数も非常に不足していることを認識している人はどの程度
いるのでしょうか。もしも、アングロサクソン系諸国で発達したコメディカル制度を
日本に本格的に持ち込むなら、そのような国でのコメディカルの養成数、教育の実
態、その経済的負担なども併せて議論すべきと考えます。ちなみに、我が国の病院
ベッド数あたりのコメディカル雇用数は米国の1/4以下です。私には、医師不足で
叩かれた厚労省が「スキルミックス」という口触りの良い言葉を言い出したような気
がしてなりません。我が国の医師の養成数を欧州の大陸系諸国と同数まで増やすこと
が短期的には不可能であることを考えれば、コメディカルへ期待せざるを得ません。
ただ、その場合にまず議論するのは、コメディカル養成数の話であり、権限委譲では
ないはずです。
二つめのメディカルクラークは、我が国の医療現場の問題の縮図のような存在で
す。医師不足で病院が閉鎖している昨今、医師の仕事をサポートする秘書を雇うこと
に異論がある人はいないでしょう。では、どうして厚労省が予算請求しなければ、医
師に秘書がつかなかったのでしょうか? 医師と秘書の給与を考えれば、どちらが経
済的に合理的かは誰が見ても明らかです。実は、多くの民間病院では医師をサポート
する秘書は以前から雇われていました。私は、官公立、民間の何れの経営形態の病院
でも勤務したことがありますが、民間病院には秘書的役割の人がいて、雑務のかなり
をカバーしてくれて本当に助かりました。秘書を雇えないのは、もっぱら官公立病院
なのです。このような組織では公務員定数や経営の問題があり、病院管理者の判断で
必要な人材を雇用できないのです。現在の医療費抑制政策のもとでは、多くの公的病
院は赤字経営を強いられ、メディカルクラークを雇用する財源すら手当てできないの
が現状です。末端職員の雇用まで厚労省が指示する「医療クラーク制度」は、「箸の
上げ下ろしまで役所が指示する」護送船団方式の残照のように見えます。舛添厚労大
臣が、しばしば発言しているように「厚労省は、金は出すが、口は出さない」ことが
必要でしょう。
■ 勤務医を増やすために:開業規制は絵に描いた餅
このように勤務医不足の問題を、勤務医へのサポート強化やコメディカルへの権限
委譲だけで解決することは不可能です。勤務医が不足しているのですから、勤務医を
増やすしかありません。では、どのような方法が現実的でしょうか。 現在、一部の
メディア、厚労省は勤務医の開業規制を要求しています。「勤務医不足は、病院から
逃げ出して開業する医師が多いためだ」という論調です。しかしながら、この分析は
不正確ですし、開業規制をしても勤務医不足は改善されないでしょう。なぜなら、
今、開業している医師の多くは壮年期の医師であり、この世代の医師が開業医や管理
職になることは、医師のキャリアパスに準じているからです。前回も紹介しました
が、昭和50年頃に設立された新設医大の卒業生が「開業適齢期」を迎えているた
め、開業医が増えるのは当たり前なのです。彼らに当直や残業などの肉体的負担が大
きい病院勤務医を無理矢理に続けさせることは現実的に不可能ですし、医療安全の側
面からも褒められた話ではありません。
■ 開業医は病院をサポートできるか:長崎県諫早医師会の試み
開業規制の実効性がないのであれば、どのような方法があるでしょうか? その一
つが、開業医が病院での診療に協力することです。7月9日の毎日新聞に諫早医師会
の興味深い活動が紹介されました。
諫早市は長崎県南部に位置する人口14万人の都市で、ご多分に漏れず、医師不足
が深刻な問題となっていました。特に小児科医が不足し、その勤務状況を改善する必
要に迫られたようです。この状況は兵庫県の県立柏原病院と似ています。柏原病院で
は、地元のお母さんたちと地元紙である丹波新聞が立ち上がったのですが、諫早市で
は地元医師会が立ち上がりました。
諫早市医師会は高原 晶先生というカリスマ性を持つ会長がリードする集団で、医
療界では様々な活動を通じて広く知られた存在です。このような状況を受けて、諫早
医師会の小児科医たちは、中核病院である諫早総合病院の準夜帯の勤務を交代で引き
受けたのです。この結果、諫早総合病院に勤務する小児科医の勤務条件は劇的に改善
しました。ところが、驚いたことに、この診療体制は小児科開業医やお母さんたちに
も歓迎されたのです。小児科開業医は夜間診療に交代で参加することにより、それ以
外の日の急患に対応する必要がなくなりました。つまり、開業している小児科医に
とっても、労働条件が改善されたのです。一方、お母さんたちにとっては、どんな病
気でも市民病院にいけば診てもらえるのですから、窓口が一本化されたわけです。
開業医と病院勤務医の協力を「病診連携」といい、厚労省が強く推進しています。
ところが、諫早医師会のような発想が議論されることはありませんでした。このよう
な取り組みが諫早市で始められたことは、諫早市の人口規模、歴史、地元コミュニ
ティーの問題意識の高さなど、幾つかの要因と関係しているのでしょう。諫早総合病
院に窓口が一本化したからといって、コンビニ受診が増えれば対応できなくなること
は明らかです。このような制度を作り上げ維持するのは、地域の人々のモラルに委ね
られており、諫早市の取り組みには全国の医療関係者が注目しています。
■ 医学部定員の50%増員が必要
医師不足問題を解決する最善の策は何でしょうか。筆者は、この問題の抜本的解決
は医師の増員しかなく、他の施策は補助的な役割を果たすに過ぎないと考えています。
現在、病院勤務医は週平均70〜80時間の勤務を強いられ、医療事故の原因と
なっています。皆さんのご子息が大学を受験する際に、前日に徹夜勉強をゆるしたり
しないでしょう。しかしながら、皆さんの家族が外科手術を受けるときには、担当医
は当直あけかもしれないのです。これは明らかに危険です。安全な医療を提供するた
めにも、医師の労働時間を適切に管理しなければなりませんが、現在の医師不足論争
では医師の労働条件を加味しない、数あわせだけに焦点が当てられています。 我が
国で医師になるためには大学医学部を卒業し、医師国家試験に合格しなければなりま
せん。医師国家試験の合格率は90%程度でほぼ一定していますから、医師養成数を
増やすためには、大学医学部の定員を増やす以外に方法がありません。
では、医学部の定員をどの程度増やせば、医師不足が解決するのでしょうか。現
在、政府は医学部定員を現行の7898人から過去の最大定員である8360人まで
増やそうと考えているようです。これは医学部の施設、教官などの教育インフラを強
化することなく対応可能であることから出てきた理屈なのでしょう。確かに、この方
針をとった場合、人口1000人あたりの医師数は2018年に2.45人、202
8年に2.76人、2038年に3.0人に達し、医師不足は解決するかに見えま
す。しかしながら、医学部定員を元に戻しただけですから、若手勤務医の増員は期待
できず、増えるのはもっぱら勤務医を「卒業」した壮年期の医師なのです。現に、我
々の試算では、勤務医の労働時間は現在の73.9時間から2038年に68.7時
間に短縮されるに過ぎません(http://kousatsu.umin.jp/files/sankou7-1.jpg)。
詳細は当研究室のHPをご覧ください
(http://kousatsu.umin.jp/files/sankou7-2.jpg)。このトリックは、今回の医学
部定員増が約400人、昭和50年頃の一県一医大構想による医学部定員増が約40
00人であることを考えれば自明です。ちなみに、年間400人程度の定員増では、
22年後に最大となる国民の医療ニーズ
(http://kousatsu.umin.jp/files/sankou5.jpg)に対して、必要な医療を提供する
ことは不可能です。
私たちは、医師養成定員を50%の増員、具体的には毎年400人ずつ、10年か
けて4000人増やし、患者需要がピークとなる2030年を目処に医師養成定員を
減らすことを提案しています。この場合、ピーク時には毎年12000人の若者が医
学部を卒業し、勤務医になります。一方、約8000人が壮年期を迎え、病院勤務医
を引退するため、毎年4000人の勤務医が増加します。この結果、若手医師の絶対
数が増加し、病院勤務医は充足すると同時に
(http://kousatsu.umin.jp/files/sankou7-2.jpg)、6年後から医師の勤務時間は
減り始め、13年後には70時間を達成、24年後に60時間となります。また、人
口1000人あたりの医師数は2018年には2.47人、2028年には3.00
人、2038年には3.49人に到達します。ちなみに、現在と比較してピーク時
(2018−2025年)には医学生が2.4万人増えますから、現在の医学生一人
あたりの交付金の平均788万円を当てはめれば、医師養成のための公的負担は約1
800億円になります。これは、東京大学の総人件費のおよそ倍です。このように、
高齢化する我が国で医療制度を維持するためには、このレベルの医学部定員の増員が
必要不可欠なのですが、まだまだ国民的なコンセンサスが形成されているとは言えま
せん。為政者は医療費高騰、医療者は医師過剰について不安に思っています。さらに
国民には正確な情報が提示されていないように感じています。今後、データに基づ
く、国民的な議論が必要です。
■ 『絶望の中の希望〜現場からの医療改革レポート』 上 昌広 第9回
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「日本の医師不足〜第四回 医師不足への処方箋 医学部定員数50%増員の提案」
これまで三回にわたり、我が国の医師不足の実情、歴史的背景を説明してきまし
た。要約すると以下のようになります。
1)我が国の人口1000人あたりの医師数は2.0人であり、先進国中最低水準で
ある。ちなみに、イギリス、米国、カナダ、オーストラリアなどのアングロサクソン
系諸国は2.1−2.7人で、ドイツ、フランス、イタリアなどの大陸諸国は3.4
−4.2人です。アングロサクソン系諸国では医師を補助するコメディカルの数が多
いのですが、我が国はコメディカルの数も不足しています(米国の25%程度)。
2)医師数が増えると医療費が増加するという「医師誘発需要学説」は、最近の医療
経済専門家の間では否定されています。つまり、医師数を増やしても、国民医療費が
増加するとは言えません。
3)我が国の医師数は毎年4000人程度増加しています。しかしながら、増加して
いるのは壮年期以降の医師であり、病院に勤務する若手医師の数は横ばいです。小児
科、産科、外科などの勤務医数は既に減少し始めています。
■ 医師不足の解決方法は?
これまでの議論から、我が国では医師の絶対数が不足していることをご理解いただ
けたかと思います。特に病院勤務医の不足は深刻であり、現状の医師養成制度を続け
る限り解決の目処は立ちません。
この問題については、政府、与野党、関係団体などから様々な解決策が提言されて
いますが、大別すると勤務医の増員と勤務医の負担軽減に分けることができそうで
す。勤務医不足を改善するには、両方の対策ともに重要なのですが、両者では優先順
位が異なります。
■ 勤務医の負担軽減
病院勤務医の過酷な労働条件は多くのメディアで報道され、国民的な理解が進んで
きました。頻回の夜間当直、当直あけの通常勤務、夜間の緊急呼び出しなど、一般の
社会人の方は経験されないことが多いでしょう。 現在、厚労省は、病院勤務医の負
担を軽減するため、医療行為の一部をコメディカルに権限委譲することと、医師に補
助員(メディカルクラーク)をつけることを考えています。
一つめの医療行為の権限委譲については、厚労省は「スキルミックス」という表現
を用いてイメージ形成に成功しているようです。従来、この問題は日本医師会が自ら
の権限を守るために、権限を委譲しなかったような論調で報道されることが多かった
と感じていますが、実態はそれほど単純ではありません。
私も条件が整えば、規制緩和することに賛成です。しかしながら、我が国では病院
で勤務するコメディカルの数も非常に不足していることを認識している人はどの程度
いるのでしょうか。もしも、アングロサクソン系諸国で発達したコメディカル制度を
日本に本格的に持ち込むなら、そのような国でのコメディカルの養成数、教育の実
態、その経済的負担なども併せて議論すべきと考えます。ちなみに、我が国の病院
ベッド数あたりのコメディカル雇用数は米国の1/4以下です。私には、医師不足で
叩かれた厚労省が「スキルミックス」という口触りの良い言葉を言い出したような気
がしてなりません。我が国の医師の養成数を欧州の大陸系諸国と同数まで増やすこと
が短期的には不可能であることを考えれば、コメディカルへ期待せざるを得ません。
ただ、その場合にまず議論するのは、コメディカル養成数の話であり、権限委譲では
ないはずです。
二つめのメディカルクラークは、我が国の医療現場の問題の縮図のような存在で
す。医師不足で病院が閉鎖している昨今、医師の仕事をサポートする秘書を雇うこと
に異論がある人はいないでしょう。では、どうして厚労省が予算請求しなければ、医
師に秘書がつかなかったのでしょうか? 医師と秘書の給与を考えれば、どちらが経
済的に合理的かは誰が見ても明らかです。実は、多くの民間病院では医師をサポート
する秘書は以前から雇われていました。私は、官公立、民間の何れの経営形態の病院
でも勤務したことがありますが、民間病院には秘書的役割の人がいて、雑務のかなり
をカバーしてくれて本当に助かりました。秘書を雇えないのは、もっぱら官公立病院
なのです。このような組織では公務員定数や経営の問題があり、病院管理者の判断で
必要な人材を雇用できないのです。現在の医療費抑制政策のもとでは、多くの公的病
院は赤字経営を強いられ、メディカルクラークを雇用する財源すら手当てできないの
が現状です。末端職員の雇用まで厚労省が指示する「医療クラーク制度」は、「箸の
上げ下ろしまで役所が指示する」護送船団方式の残照のように見えます。舛添厚労大
臣が、しばしば発言しているように「厚労省は、金は出すが、口は出さない」ことが
必要でしょう。
■ 勤務医を増やすために:開業規制は絵に描いた餅
このように勤務医不足の問題を、勤務医へのサポート強化やコメディカルへの権限
委譲だけで解決することは不可能です。勤務医が不足しているのですから、勤務医を
増やすしかありません。では、どのような方法が現実的でしょうか。 現在、一部の
メディア、厚労省は勤務医の開業規制を要求しています。「勤務医不足は、病院から
逃げ出して開業する医師が多いためだ」という論調です。しかしながら、この分析は
不正確ですし、開業規制をしても勤務医不足は改善されないでしょう。なぜなら、
今、開業している医師の多くは壮年期の医師であり、この世代の医師が開業医や管理
職になることは、医師のキャリアパスに準じているからです。前回も紹介しました
が、昭和50年頃に設立された新設医大の卒業生が「開業適齢期」を迎えているた
め、開業医が増えるのは当たり前なのです。彼らに当直や残業などの肉体的負担が大
きい病院勤務医を無理矢理に続けさせることは現実的に不可能ですし、医療安全の側
面からも褒められた話ではありません。
■ 開業医は病院をサポートできるか:長崎県諫早医師会の試み
開業規制の実効性がないのであれば、どのような方法があるでしょうか? その一
つが、開業医が病院での診療に協力することです。7月9日の毎日新聞に諫早医師会
の興味深い活動が紹介されました。
諫早市は長崎県南部に位置する人口14万人の都市で、ご多分に漏れず、医師不足
が深刻な問題となっていました。特に小児科医が不足し、その勤務状況を改善する必
要に迫られたようです。この状況は兵庫県の県立柏原病院と似ています。柏原病院で
は、地元のお母さんたちと地元紙である丹波新聞が立ち上がったのですが、諫早市で
は地元医師会が立ち上がりました。
諫早市医師会は高原 晶先生というカリスマ性を持つ会長がリードする集団で、医
療界では様々な活動を通じて広く知られた存在です。このような状況を受けて、諫早
医師会の小児科医たちは、中核病院である諫早総合病院の準夜帯の勤務を交代で引き
受けたのです。この結果、諫早総合病院に勤務する小児科医の勤務条件は劇的に改善
しました。ところが、驚いたことに、この診療体制は小児科開業医やお母さんたちに
も歓迎されたのです。小児科開業医は夜間診療に交代で参加することにより、それ以
外の日の急患に対応する必要がなくなりました。つまり、開業している小児科医に
とっても、労働条件が改善されたのです。一方、お母さんたちにとっては、どんな病
気でも市民病院にいけば診てもらえるのですから、窓口が一本化されたわけです。
開業医と病院勤務医の協力を「病診連携」といい、厚労省が強く推進しています。
ところが、諫早医師会のような発想が議論されることはありませんでした。このよう
な取り組みが諫早市で始められたことは、諫早市の人口規模、歴史、地元コミュニ
ティーの問題意識の高さなど、幾つかの要因と関係しているのでしょう。諫早総合病
院に窓口が一本化したからといって、コンビニ受診が増えれば対応できなくなること
は明らかです。このような制度を作り上げ維持するのは、地域の人々のモラルに委ね
られており、諫早市の取り組みには全国の医療関係者が注目しています。
■ 医学部定員の50%増員が必要
医師不足問題を解決する最善の策は何でしょうか。筆者は、この問題の抜本的解決
は医師の増員しかなく、他の施策は補助的な役割を果たすに過ぎないと考えています。
現在、病院勤務医は週平均70〜80時間の勤務を強いられ、医療事故の原因と
なっています。皆さんのご子息が大学を受験する際に、前日に徹夜勉強をゆるしたり
しないでしょう。しかしながら、皆さんの家族が外科手術を受けるときには、担当医
は当直あけかもしれないのです。これは明らかに危険です。安全な医療を提供するた
めにも、医師の労働時間を適切に管理しなければなりませんが、現在の医師不足論争
では医師の労働条件を加味しない、数あわせだけに焦点が当てられています。 我が
国で医師になるためには大学医学部を卒業し、医師国家試験に合格しなければなりま
せん。医師国家試験の合格率は90%程度でほぼ一定していますから、医師養成数を
増やすためには、大学医学部の定員を増やす以外に方法がありません。
では、医学部の定員をどの程度増やせば、医師不足が解決するのでしょうか。現
在、政府は医学部定員を現行の7898人から過去の最大定員である8360人まで
増やそうと考えているようです。これは医学部の施設、教官などの教育インフラを強
化することなく対応可能であることから出てきた理屈なのでしょう。確かに、この方
針をとった場合、人口1000人あたりの医師数は2018年に2.45人、202
8年に2.76人、2038年に3.0人に達し、医師不足は解決するかに見えま
す。しかしながら、医学部定員を元に戻しただけですから、若手勤務医の増員は期待
できず、増えるのはもっぱら勤務医を「卒業」した壮年期の医師なのです。現に、我
々の試算では、勤務医の労働時間は現在の73.9時間から2038年に68.7時
間に短縮されるに過ぎません(http://kousatsu.umin.jp/files/sankou7-1.jpg)。
詳細は当研究室のHPをご覧ください
(http://kousatsu.umin.jp/files/sankou7-2.jpg)。このトリックは、今回の医学
部定員増が約400人、昭和50年頃の一県一医大構想による医学部定員増が約40
00人であることを考えれば自明です。ちなみに、年間400人程度の定員増では、
22年後に最大となる国民の医療ニーズ
(http://kousatsu.umin.jp/files/sankou5.jpg)に対して、必要な医療を提供する
ことは不可能です。
私たちは、医師養成定員を50%の増員、具体的には毎年400人ずつ、10年か
けて4000人増やし、患者需要がピークとなる2030年を目処に医師養成定員を
減らすことを提案しています。この場合、ピーク時には毎年12000人の若者が医
学部を卒業し、勤務医になります。一方、約8000人が壮年期を迎え、病院勤務医
を引退するため、毎年4000人の勤務医が増加します。この結果、若手医師の絶対
数が増加し、病院勤務医は充足すると同時に
(http://kousatsu.umin.jp/files/sankou7-2.jpg)、6年後から医師の勤務時間は
減り始め、13年後には70時間を達成、24年後に60時間となります。また、人
口1000人あたりの医師数は2018年には2.47人、2028年には3.00
人、2038年には3.49人に到達します。ちなみに、現在と比較してピーク時
(2018−2025年)には医学生が2.4万人増えますから、現在の医学生一人
あたりの交付金の平均788万円を当てはめれば、医師養成のための公的負担は約1
800億円になります。これは、東京大学の総人件費のおよそ倍です。このように、
高齢化する我が国で医療制度を維持するためには、このレベルの医学部定員の増員が
必要不可欠なのですが、まだまだ国民的なコンセンサスが形成されているとは言えま
せん。為政者は医療費高騰、医療者は医師過剰について不安に思っています。さらに
国民には正確な情報が提示されていないように感じています。今後、データに基づ
く、国民的な議論が必要です。
2008年07月13日
事件から一月以上が経ち、マスコミからニュース性が消えた観があり、それと同時に事件日も記憶から遠いものになっていくようだ。昔のように49日どころか2週間が最近のニュース消費期限になってしまった。
7月4日毎日新聞に「論点・秋葉原連続殺傷事件を考える」特集が掲載されていた。そのなかで作家高村薫氏の論点が目をひいた、ややショッキングなタイトルは「少しの偶然で起きた」というものだ。その他には「絶望招く非正規雇用」など掲載されていたが、家庭環境論など出涸らしのお茶の如く食がそそらない、常識的な枠で解釈したい意図があからさまな論点タイトルになっていた。
「少しの偶然で起きた」とは、今後も起こるであろう予測と現在社会における自己周辺に遍在している蓋然性の大きいことを暗に主張して、さらに青年の内に秘めた起爆剤すら予見する。
高村薫氏はこの論で、現在共同体の価値体系を厳しく批判して、乖離した青年層への同情とも受けとめる躊躇いを『私たち大人には、彼らの暴走を大声で憂える資格はない。』、さらに、『この都市空間と消費生活のありようそのものを異様だと思うべきである。』と指摘している。
歴史は暴力的であり、政治は常に暴力装置そのものでしかありえない現実を前提に、常に権力者、時代の共同体は「暴力廃止論」に徹底を配し、人々を蹂躙してきた。そして、暴力を悪として、暴力には暴力をもって善とする権力者の因習を社会正義として人々にすり込んできた。
しかし、いつの時代においても青年の世代は、時代の共同体から疎外され、排除、無視され、それに対する反発エネルギーで多人格的生命力を活きてきた。疎外の領域は、この都市空間特有の異様さだけではない。
現在、大人に変革を求める無意味さを思い知った青年たちは、無我夢中という暴力的エネルギーでどのような革命が可能なのか企ててみるのも生き様である。そして、青年は衝突を暴力的に語ることが必要だ。
これからの社会は、私たちが想像する以上に複雑化して衝突する。そこには「少しの偶然で起きた」蓋然性がより常態化して、間接的加害者としての自己を知ることになるだろう。
7月4日毎日新聞に「論点・秋葉原連続殺傷事件を考える」特集が掲載されていた。そのなかで作家高村薫氏の論点が目をひいた、ややショッキングなタイトルは「少しの偶然で起きた」というものだ。その他には「絶望招く非正規雇用」など掲載されていたが、家庭環境論など出涸らしのお茶の如く食がそそらない、常識的な枠で解釈したい意図があからさまな論点タイトルになっていた。
「少しの偶然で起きた」とは、今後も起こるであろう予測と現在社会における自己周辺に遍在している蓋然性の大きいことを暗に主張して、さらに青年の内に秘めた起爆剤すら予見する。
高村薫氏はこの論で、現在共同体の価値体系を厳しく批判して、乖離した青年層への同情とも受けとめる躊躇いを『私たち大人には、彼らの暴走を大声で憂える資格はない。』、さらに、『この都市空間と消費生活のありようそのものを異様だと思うべきである。』と指摘している。
歴史は暴力的であり、政治は常に暴力装置そのものでしかありえない現実を前提に、常に権力者、時代の共同体は「暴力廃止論」に徹底を配し、人々を蹂躙してきた。そして、暴力を悪として、暴力には暴力をもって善とする権力者の因習を社会正義として人々にすり込んできた。
しかし、いつの時代においても青年の世代は、時代の共同体から疎外され、排除、無視され、それに対する反発エネルギーで多人格的生命力を活きてきた。疎外の領域は、この都市空間特有の異様さだけではない。
現在、大人に変革を求める無意味さを思い知った青年たちは、無我夢中という暴力的エネルギーでどのような革命が可能なのか企ててみるのも生き様である。そして、青年は衝突を暴力的に語ることが必要だ。
これからの社会は、私たちが想像する以上に複雑化して衝突する。そこには「少しの偶然で起きた」蓋然性がより常態化して、間接的加害者としての自己を知ることになるだろう。
2008年07月12日
★★ 諫早湾開門を求める!!署名にご協力を!
よみがえれ!有明訴訟原告団、有明海漁民・市民ネットワーク、諫早干潟緊急救済
本部など6団体は、諫早湾の開門を命じた6月27日の佐賀地裁判決に国が従い、開
門調査を実施することを求める要請書への署名を募集しています。(転載歓迎)
●インターネット署名
下記アドレスのオンライン署名サイト「署名TV」のホームページからネット上で
署名できます。(サイト上での表示は匿名として署名することも可能です。またコメ
ントの書き込みもできます)
http://www.shomei.tv/project-69.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
署名プロジェクトの詳細
今回の判決で、佐賀地裁の神山隆一裁判長は、次のように述べられています。
『本件事業のように大規模な公共事業を実施した被告としては,これにより有明海の漁業に被害を及ぼしている可能性がある以上,有明海の漁民らに対し,率先してその当否を解明し,その結果に基づいて適切な施策を講じる義務を一般的に負担しているというべきであって,そのためにはもはや中長期の開門調査は不可欠である。
有明海のような広大な海洋の環境変化の原因を,本件訴訟の原告らのような一私人が解明することは極めて困難なのであって,被告としては,本件事業と有明海の環境変化との因果関係について,自ら一般的には立証責任を負担していないからといって,それを根拠に,これを放置することは到底許されるものではない。当裁判所としては,本判決を契機に,すみやかに中長期の開門調査が実施されて,その結果に基づき適切な施策が講じられることを願ってやまない。』
一方、事業を推進してきた農水省は控訴する方針だとされていますが、私たちは、農水省に対して、控訴は断念し、干拓地での農業と有明海の漁業の両立をめざすためにも、「開門調査」を早期に実施することを求めています。
ぜひ多くのみなさんに、この要請に賛同して頂き、私たちと一緒に、農林水産大臣に歴史的な英断を求めることを呼びかけます。
<諫早湾干拓事業の問題点と開門調査の重要性などは下記をご覧下さい。また、http://www.isahaya-higata.net/にも関連の情報を掲載していますので、ぜひご覧下さい。>
【諫早湾干拓事業の目的と経緯】
概 要:諫早湾の干潟・浅海域、3,550haを潮受堤防で閉めきり、農地・関連施設と調整池を造成する。
目 的:「平坦で排水設備等の整った優良農地を造成する」ことと「諌早大水害並の洪水と伊勢湾台風並の高潮の同時襲来を想定した防災機能の強化」が目的。(だがその効果は疑わしい)
面 積:農地造成 816ha、調整池面積 2,600ha
事業費:総額 2,533億円(当初計画1,350億円)
【諫早湾干拓事業の影響と「有明海異変」】
諫早湾干拓事業による諫早湾の閉め切りは、有明海の潮流・潮汐を弱め、赤潮の頻発や大規模化、海底の貧酸素化の原因となり、「有明海異変」と呼ばれる深刻な漁業被害をもたらしました。
この状況は、2000年12月からの大規模なノリ不作によって、社会的にも大きな注目を集めました。最近では、新聞やテレビ等で、ノリが「豊作」だと紹介されることが多く、「有明海異変」が解消したかのように思われているようですが、これはまったくの誤解です。
ノリ漁業者は、必死の努力と、漁期の延長などでなんとか生産を維持している状況で、いまでも若い漁業者が廃業したり、あるいは働き盛りの漁業者が自殺するような事件が起こっています。本当に「豊作」ならば、この様な悲痛な事件が起こるでしょうか?
漁船漁業や採貝漁業は、ノリ養殖以上に深刻です。戦後の食糧難の時代には、必要なときに、必要なだけ、魚や貝が採れることから「有明銀行」とまで呼ばれた海で、いまでは漁船を出しても燃料代も回収出来ないほど、魚が捕れない、貝が育たないのです。
さらに、有明海漁業への影響は、造船等の関連産業にもおよび、もはや漁業を基礎とした地域社会そのものが、崩壊の危機にあると言っても過言ではありません。
【開門調査の実現可能性:農水省のできない理由と私たちの反論・提言】
開門調査は、もともと、2001年1月に当時の谷津農水大臣が提起したもので、谷津大臣が設置したノリ第三者委員会が、2001年12月に、短期、中期、長期にわたる開門調査を行い、諫早湾干拓事業の影響を見極めるべきだと提言しました。農水省は2002年4月にごく短期の開門調査を行いましたが、中・長期開門調査は、実施しないという姿勢を崩していません。
これに対し、漁業者や自然保護団体からはもちろん、佐賀県や熊本県などの沿岸自治体からも、中・長期にわたる開門調査の実施を求める声があげられています。
ここ数ヶ月、国会議員とともに農水省に繰り返しヒアリングを行い、農水省の主張する開門出来ない理由が、大まかに、次の4点であることがわかりました。1)環境や漁業への影響、2)背後地の排水への影響、3)排水門の構造上の問題、4)準備に時間がかかり、成果が期待出来ない。
しかし、これらは、技術的に解決が可能であり、中長期開門調査はぜひ実施すべきだ、というのが、ヒアリングに参加した研究者や国会議員の共通認識です。
私たちは、開門調査をした場合を想定して、干拓地の農業用水の代替水源についても、具体的な4つの案を提示しています。それは、1)本明川の河口部に小規模の河口堰をつくる、2)干拓地内にため池をつくる、3)諌早市内の下水処理水を再利用する(全国的にも下水処理水の農業利用は珍しくない)、4)本明川や有明川の河川余剰水を活用する、の4案です。
ところが、農水省は、代替水源の検討すること自体を拒否しており、私たちの提案に対する反論や批判すらしてきません。これは、行政として、怠慢と言われても仕方がないと思います。
諫早湾干拓事業の工事は終了しましたが、懸案となっている調整池の水質は、いっこうに改善せず、最近では、有毒なアオコも発生しています。調整池の水を農業用水に利用するという諫早湾干拓の根幹に、破綻が見え始めているのです。
この問題だらけの諫早湾干拓を、このまま惰性で進めても、誰の得にもならないことは明らかです。開門調査を契機に、代替水源の確保と、地域の防災機能の強化をはかりつつ、有明海の環境と漁業の再生をはかることこそが、より多くの人にメリットがあり、かつ実現可能な方策だと私たちは考えています。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
6月27日に佐賀地裁は、諫早湾干拓事業によって諫早湾周辺の漁業に被害が発生
したという漁業者の訴えを認め、潮受け堤防の排水門を開放する開門調査の実施を求
める判決を下しました。
今回の判決は、大規模な公共事業による環境への影響に関して、事業実施以前の状
態に近い環境を復元して調査を行い、事業のあり方を再検討すべきだと指摘したもの
で、日本の環境問題の歴史の中でも画期的なものです。
農水省は判決を不服として控訴する方針だと報じられていますが、私たちは農水省
に対して、控訴は断念し、干拓地での農業と有明海の漁業の両立をめざすためにも、
開門調査を早期に実施することを求めています。
ぜひ多くのみなさんに、この要請に賛同していただき、私たちと一緒に、農林水産
大臣に歴史的な英断を求めることを呼びかけます。署名へのご協力をよろしくお願い
いたします。
●ファックス、郵便での署名送付
以下のアドレスから署名用紙のPDFファイルをダウンロードできます。ファック
スや郵便で送付いただく場合にプリントしてお使いください。送付先等は署名用紙に
記載してあります。
http://www.isahaya-higata.net/shomei/form2008.pdf
※上記の署名サイトや署名用紙には、諫早湾干拓の問題点や開門調査の重要性 など
についての詳しい解説も記載されていますので、ぜひお読みください。
※ホームページ「いさはやひがたネット」でも、関連情報を掲載していますの でご
覧ください。
http://www.isahaya-higata.net/
※ご不明な点は下記の諫早干潟緊急救済東京事務所までお問い合わせください。
諫早干潟緊急救済東京事務所
〒171-0032 東京都豊島区雑司が谷3-11-4-205 SYスタジオ内
TEL/FAX 03-3986-6490 E-mail info@isahaya-higata.net
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よみがえれ!有明訴訟原告団、有明海漁民・市民ネットワーク、諫早干潟緊急救済
本部など6団体は、諫早湾の開門を命じた6月27日の佐賀地裁判決に国が従い、開
門調査を実施することを求める要請書への署名を募集しています。(転載歓迎)
●インターネット署名
下記アドレスのオンライン署名サイト「署名TV」のホームページからネット上で
署名できます。(サイト上での表示は匿名として署名することも可能です。またコメ
ントの書き込みもできます)
http://www.shomei.tv/project-69.html
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署名プロジェクトの詳細
今回の判決で、佐賀地裁の神山隆一裁判長は、次のように述べられています。
『本件事業のように大規模な公共事業を実施した被告としては,これにより有明海の漁業に被害を及ぼしている可能性がある以上,有明海の漁民らに対し,率先してその当否を解明し,その結果に基づいて適切な施策を講じる義務を一般的に負担しているというべきであって,そのためにはもはや中長期の開門調査は不可欠である。
有明海のような広大な海洋の環境変化の原因を,本件訴訟の原告らのような一私人が解明することは極めて困難なのであって,被告としては,本件事業と有明海の環境変化との因果関係について,自ら一般的には立証責任を負担していないからといって,それを根拠に,これを放置することは到底許されるものではない。当裁判所としては,本判決を契機に,すみやかに中長期の開門調査が実施されて,その結果に基づき適切な施策が講じられることを願ってやまない。』
一方、事業を推進してきた農水省は控訴する方針だとされていますが、私たちは、農水省に対して、控訴は断念し、干拓地での農業と有明海の漁業の両立をめざすためにも、「開門調査」を早期に実施することを求めています。
ぜひ多くのみなさんに、この要請に賛同して頂き、私たちと一緒に、農林水産大臣に歴史的な英断を求めることを呼びかけます。
<諫早湾干拓事業の問題点と開門調査の重要性などは下記をご覧下さい。また、http://www.isahaya-higata.net/にも関連の情報を掲載していますので、ぜひご覧下さい。>
【諫早湾干拓事業の目的と経緯】
概 要:諫早湾の干潟・浅海域、3,550haを潮受堤防で閉めきり、農地・関連施設と調整池を造成する。
目 的:「平坦で排水設備等の整った優良農地を造成する」ことと「諌早大水害並の洪水と伊勢湾台風並の高潮の同時襲来を想定した防災機能の強化」が目的。(だがその効果は疑わしい)
面 積:農地造成 816ha、調整池面積 2,600ha
事業費:総額 2,533億円(当初計画1,350億円)
【諫早湾干拓事業の影響と「有明海異変」】
諫早湾干拓事業による諫早湾の閉め切りは、有明海の潮流・潮汐を弱め、赤潮の頻発や大規模化、海底の貧酸素化の原因となり、「有明海異変」と呼ばれる深刻な漁業被害をもたらしました。
この状況は、2000年12月からの大規模なノリ不作によって、社会的にも大きな注目を集めました。最近では、新聞やテレビ等で、ノリが「豊作」だと紹介されることが多く、「有明海異変」が解消したかのように思われているようですが、これはまったくの誤解です。
ノリ漁業者は、必死の努力と、漁期の延長などでなんとか生産を維持している状況で、いまでも若い漁業者が廃業したり、あるいは働き盛りの漁業者が自殺するような事件が起こっています。本当に「豊作」ならば、この様な悲痛な事件が起こるでしょうか?
漁船漁業や採貝漁業は、ノリ養殖以上に深刻です。戦後の食糧難の時代には、必要なときに、必要なだけ、魚や貝が採れることから「有明銀行」とまで呼ばれた海で、いまでは漁船を出しても燃料代も回収出来ないほど、魚が捕れない、貝が育たないのです。
さらに、有明海漁業への影響は、造船等の関連産業にもおよび、もはや漁業を基礎とした地域社会そのものが、崩壊の危機にあると言っても過言ではありません。
【開門調査の実現可能性:農水省のできない理由と私たちの反論・提言】
開門調査は、もともと、2001年1月に当時の谷津農水大臣が提起したもので、谷津大臣が設置したノリ第三者委員会が、2001年12月に、短期、中期、長期にわたる開門調査を行い、諫早湾干拓事業の影響を見極めるべきだと提言しました。農水省は2002年4月にごく短期の開門調査を行いましたが、中・長期開門調査は、実施しないという姿勢を崩していません。
これに対し、漁業者や自然保護団体からはもちろん、佐賀県や熊本県などの沿岸自治体からも、中・長期にわたる開門調査の実施を求める声があげられています。
ここ数ヶ月、国会議員とともに農水省に繰り返しヒアリングを行い、農水省の主張する開門出来ない理由が、大まかに、次の4点であることがわかりました。1)環境や漁業への影響、2)背後地の排水への影響、3)排水門の構造上の問題、4)準備に時間がかかり、成果が期待出来ない。
しかし、これらは、技術的に解決が可能であり、中長期開門調査はぜひ実施すべきだ、というのが、ヒアリングに参加した研究者や国会議員の共通認識です。
私たちは、開門調査をした場合を想定して、干拓地の農業用水の代替水源についても、具体的な4つの案を提示しています。それは、1)本明川の河口部に小規模の河口堰をつくる、2)干拓地内にため池をつくる、3)諌早市内の下水処理水を再利用する(全国的にも下水処理水の農業利用は珍しくない)、4)本明川や有明川の河川余剰水を活用する、の4案です。
ところが、農水省は、代替水源の検討すること自体を拒否しており、私たちの提案に対する反論や批判すらしてきません。これは、行政として、怠慢と言われても仕方がないと思います。
諫早湾干拓事業の工事は終了しましたが、懸案となっている調整池の水質は、いっこうに改善せず、最近では、有毒なアオコも発生しています。調整池の水を農業用水に利用するという諫早湾干拓の根幹に、破綻が見え始めているのです。
この問題だらけの諫早湾干拓を、このまま惰性で進めても、誰の得にもならないことは明らかです。開門調査を契機に、代替水源の確保と、地域の防災機能の強化をはかりつつ、有明海の環境と漁業の再生をはかることこそが、より多くの人にメリットがあり、かつ実現可能な方策だと私たちは考えています。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
6月27日に佐賀地裁は、諫早湾干拓事業によって諫早湾周辺の漁業に被害が発生
したという漁業者の訴えを認め、潮受け堤防の排水門を開放する開門調査の実施を求
める判決を下しました。
今回の判決は、大規模な公共事業による環境への影響に関して、事業実施以前の状
態に近い環境を復元して調査を行い、事業のあり方を再検討すべきだと指摘したもの
で、日本の環境問題の歴史の中でも画期的なものです。
農水省は判決を不服として控訴する方針だと報じられていますが、私たちは農水省
に対して、控訴は断念し、干拓地での農業と有明海の漁業の両立をめざすためにも、
開門調査を早期に実施することを求めています。
ぜひ多くのみなさんに、この要請に賛同していただき、私たちと一緒に、農林水産
大臣に歴史的な英断を求めることを呼びかけます。署名へのご協力をよろしくお願い
いたします。
●ファックス、郵便での署名送付
以下のアドレスから署名用紙のPDFファイルをダウンロードできます。ファック
スや郵便で送付いただく場合にプリントしてお使いください。送付先等は署名用紙に
記載してあります。
http://www.isahaya-higata.net/shomei/form2008.pdf
※上記の署名サイトや署名用紙には、諫早湾干拓の問題点や開門調査の重要性 など
についての詳しい解説も記載されていますので、ぜひお読みください。
※ホームページ「いさはやひがたネット」でも、関連情報を掲載していますの でご
覧ください。
http://www.isahaya-higata.net/
※ご不明な点は下記の諫早干潟緊急救済東京事務所までお問い合わせください。
諫早干潟緊急救済東京事務所
〒171-0032 東京都豊島区雑司が谷3-11-4-205 SYスタジオ内
TEL/FAX 03-3986-6490 E-mail info@isahaya-higata.net
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2008年07月07日
史上最大の「環境サミット」を謳う「G8洞爺湖サミット」を主催する日本国は、史上最大の温暖化推進作戦を遂行するという厳戒態勢に臨んでいる。米国流ダブルスタンダード顔負けの厚顔無恥に呆れさせられる。
祭りと喧嘩は派手な方がオモシロイといわれるが、オタク石破防衛相が「考えられるすべての方策を講じている」と「史上最大の防御作戦」を展開するその二酸化炭素排出量を考えた時、政府が推奨する個人消費の二酸化炭素排出削減は一体何の話ということにならないだろうか。
戦闘機1機は約1万台分の車の二酸化炭素を排出するといわれている。イージス艦はなおさら推して然るべし。
今回は24各国の首脳陣が参加、特にロシア、中国、インドも参加している。不参加は仮想敵国を考えれば北朝鮮だけと言ってもよい。その北朝鮮は、昨日テロ国家指定の解除にあやかったばかりでそれを直ちに反故にするとは到底考えられない。また、アルカイダは今のところ弾道ミサイルとイージス艦を保持しているとは聞いていない。従って、テロ攻撃防御作戦は精々人海戦術で十分だろう。
「環境サミット洞爺湖」期間中だけでも地球にやさしいことが考えられないものか。
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(2008年7月5日14時32分 読売新聞)
首脳会談中、空自戦闘機がサミット会場上空を警戒
防衛省・自衛隊は、7日から始まる北海道洞爺湖サミットの首脳会談の時間帯に合わせ、F15戦闘機が会場上空を旋回しながら警戒にあたる「コンバット・エア・パトロール(CAP)」を実施することを決めた。
不審な航空機に上空の飛行制限区域を突破された場合、三沢、千歳両基地からの緊急発進(スクランブル)では対応できない恐れがあるからだ。演習以外でCAPが行われるのは極めて異例で、空中警戒管制機(AWACS)や、イージス艦の高性能レーダーと合わせ、二重、三重の体制で「空」の警戒にあたる。
サミット会場の「ザ・ウィンザーホテル洞爺」は標高625メートルのポロモイ山頂にあり、市街地から離れているという警備上の利点の一方、上空から目立ち航空機などから狙われやすいという難点がある。このため政府は開催期間中、上空の半径約46キロを航空法に基づく飛行制限区域に設定。今回のような広域の制限は国内初だ。
自衛隊でも、テロリストに航空機を乗っ取られたことを想定し、この円内に不審な航空機や飛来物を入れないことを最優先に警戒態勢を策定。まず北海道全域から東北にかけての上空を広範囲に監視するため、航空自衛隊浜松基地などに配備されているAWACSとE2C早期警戒機を投入する。
その内側の警戒にあたるのが、極めて高い航空監視能力を誇る海上自衛隊のイージス艦2隻と護衛艦約10隻。特に2隻のイージス艦のうち「こんごう」は昨年12月、米ハワイ沖で弾道ミサイルの迎撃訓練に成功しており、長距離弾道ミサイルの飛来に備える。
さらに空自三沢、千歳の両基地ではスクランブル体制を拡充し、会場まで約60キロ地点の空自八雲分屯基地には、短距離弾道ミサイルに対応するパトリオット・ミサイル2(PAC2)を配備することにした。
そして会場上空の最後の守りとなるのがCAP。F15戦闘機、F2支援戦闘機が2機ずつ上空を旋回しながら警戒にあたる。
石破防衛相が「考えられるすべての方策を講じている」と語る今回のオペレーション。さながら「史上最大の作戦」で、司令塔となる防衛省(東京都新宿区)地下のオペレーションルームでも、通常より5割増の40〜50人の隊員が、各駐屯地や部隊などと連絡を取り合うことになっている。
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【抗議声明】 2008年7月6日 核とミサイル防衛にNO!キャンペーン
「G8=ギャング8」会議を利用した戦争訓練をやめ、自衛隊の撤収を!
戦争と環境破壊と貧困拡大と食糧危機の元凶である「主要国」の首脳ら
が集まり、傲慢にも「サミット」と称される会議を口実として、恐るべき
軍事化が企てられている。防衛省・自衛隊は、7月7日から始まる「北海道
洞爺湖サミット」の警備を名目として、陸海空の各自衛隊による前例のな
い異常な軍事展開を行いつつある。
「テロ対処」名目で創設した陸自・中央即応集団の化学防護隊、第1ヘ
リコプター団等の初投入、昨年12月にハワイ沖で約60億円をかけて迎撃実
験を行い、弾道ミサイル迎撃能力(SM3ミサイルを搭載)を持つとされ
る「こんごう」(佐世保基地所属)を含む2隻のイージス艦と護衛艦約10
隻の派遣、対航空機・巡航ミサイル用の迎撃ミサイルPAC2の配備、浜
松基地所属の空中警戒管制機(AWACS)とE2C早期警戒機による24
時間態勢の空中警戒などに加えて、F15、F2の各2機の戦闘機による会場
上空の旋回警戒飛行(CAP)さえもが強行されようとしている。首都圏
を中心に各自衛隊駐屯地の警備も強化され、「司令塔」となる防衛省地下
の作戦室には、通常より5割増の50人の職員が詰めるという。
これにより、自衛隊は事実上「G8防衛軍」という恥ずべき姿をさらす
ことになる。戦争マニアの石破茂防衛相による指揮官気取りの「戦争ごっ
こ」の本質は、臨戦態勢の予行演習ではないだろうか。とりわけ中央即応
集団とイージス艦「こんごう」の初派兵には重大な意味があるだろう。中
央即応集団が担うとされる「対テロ」軍事作戦が国内治安出動という危険
な側面を持つことが明確に示された。また、こんごうの実戦配備以降初の
展開は、配備区域から見てもまさしく対北朝鮮を想定したミサイル防衛の
軍事演習そのものだ。
今回の軍事展開の法的根拠に関する問い合わせに対して、防衛省広報は、
「自衛隊法第8条に基づく防衛大臣による通常の警戒監視の一般命令によ
るもの」としたうえで、「妨害しようとする勢力に漏えいするとまずいの
で、命令の具体的内容は公表できない」と述べた。命令の内容はおろか、
軍事展開を命じる根拠となる情勢判断さえも一切示さないままに軍隊を動
かすことは、「シビリアン・コントロール(文民統制)」原則に対する重
大な挑戦に他ならない。少なくとも、ロシア、中国の首脳が参加し、米朝
関係の外交的改善が進行する最中で、弾道ミサイルによる攻撃などあり得
ないはずだ。
軍事展開は、「環境サミット」の欺まん性をも象徴している。例えば、
戦闘機1機は自動車約1万台分の二酸化炭素を排出する。莫大な燃料を消費
する1隻1400億円に及ぶイージス艦などの展開も含めて、今や軍事展開は
石油の大量浪費以外の何物でもない。サミット会場上空を、二酸化炭素を
まき散らしながら戦闘機が旋回する。この会議の、地球と人間に対する暴
力性をこれほど明瞭に示す構図もないだろう。
暴力の元凶たちによる被害から守られなければならないのは、私たちの
方だ。自衛隊は今すぐ撤収せよ。警察は過剰警備と不当弾圧をやめよ。
G8は解散せよ。
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祭りと喧嘩は派手な方がオモシロイといわれるが、オタク石破防衛相が「考えられるすべての方策を講じている」と「史上最大の防御作戦」を展開するその二酸化炭素排出量を考えた時、政府が推奨する個人消費の二酸化炭素排出削減は一体何の話ということにならないだろうか。
戦闘機1機は約1万台分の車の二酸化炭素を排出するといわれている。イージス艦はなおさら推して然るべし。
今回は24各国の首脳陣が参加、特にロシア、中国、インドも参加している。不参加は仮想敵国を考えれば北朝鮮だけと言ってもよい。その北朝鮮は、昨日テロ国家指定の解除にあやかったばかりでそれを直ちに反故にするとは到底考えられない。また、アルカイダは今のところ弾道ミサイルとイージス艦を保持しているとは聞いていない。従って、テロ攻撃防御作戦は精々人海戦術で十分だろう。
「環境サミット洞爺湖」期間中だけでも地球にやさしいことが考えられないものか。
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(2008年7月5日14時32分 読売新聞)
首脳会談中、空自戦闘機がサミット会場上空を警戒
防衛省・自衛隊は、7日から始まる北海道洞爺湖サミットの首脳会談の時間帯に合わせ、F15戦闘機が会場上空を旋回しながら警戒にあたる「コンバット・エア・パトロール(CAP)」を実施することを決めた。
不審な航空機に上空の飛行制限区域を突破された場合、三沢、千歳両基地からの緊急発進(スクランブル)では対応できない恐れがあるからだ。演習以外でCAPが行われるのは極めて異例で、空中警戒管制機(AWACS)や、イージス艦の高性能レーダーと合わせ、二重、三重の体制で「空」の警戒にあたる。
サミット会場の「ザ・ウィンザーホテル洞爺」は標高625メートルのポロモイ山頂にあり、市街地から離れているという警備上の利点の一方、上空から目立ち航空機などから狙われやすいという難点がある。このため政府は開催期間中、上空の半径約46キロを航空法に基づく飛行制限区域に設定。今回のような広域の制限は国内初だ。
自衛隊でも、テロリストに航空機を乗っ取られたことを想定し、この円内に不審な航空機や飛来物を入れないことを最優先に警戒態勢を策定。まず北海道全域から東北にかけての上空を広範囲に監視するため、航空自衛隊浜松基地などに配備されているAWACSとE2C早期警戒機を投入する。
その内側の警戒にあたるのが、極めて高い航空監視能力を誇る海上自衛隊のイージス艦2隻と護衛艦約10隻。特に2隻のイージス艦のうち「こんごう」は昨年12月、米ハワイ沖で弾道ミサイルの迎撃訓練に成功しており、長距離弾道ミサイルの飛来に備える。
さらに空自三沢、千歳の両基地ではスクランブル体制を拡充し、会場まで約60キロ地点の空自八雲分屯基地には、短距離弾道ミサイルに対応するパトリオット・ミサイル2(PAC2)を配備することにした。
そして会場上空の最後の守りとなるのがCAP。F15戦闘機、F2支援戦闘機が2機ずつ上空を旋回しながら警戒にあたる。
石破防衛相が「考えられるすべての方策を講じている」と語る今回のオペレーション。さながら「史上最大の作戦」で、司令塔となる防衛省(東京都新宿区)地下のオペレーションルームでも、通常より5割増の40〜50人の隊員が、各駐屯地や部隊などと連絡を取り合うことになっている。
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【抗議声明】 2008年7月6日 核とミサイル防衛にNO!キャンペーン
「G8=ギャング8」会議を利用した戦争訓練をやめ、自衛隊の撤収を!
戦争と環境破壊と貧困拡大と食糧危機の元凶である「主要国」の首脳ら
が集まり、傲慢にも「サミット」と称される会議を口実として、恐るべき
軍事化が企てられている。防衛省・自衛隊は、7月7日から始まる「北海道
洞爺湖サミット」の警備を名目として、陸海空の各自衛隊による前例のな
い異常な軍事展開を行いつつある。
「テロ対処」名目で創設した陸自・中央即応集団の化学防護隊、第1ヘ
リコプター団等の初投入、昨年12月にハワイ沖で約60億円をかけて迎撃実
験を行い、弾道ミサイル迎撃能力(SM3ミサイルを搭載)を持つとされ
る「こんごう」(佐世保基地所属)を含む2隻のイージス艦と護衛艦約10
隻の派遣、対航空機・巡航ミサイル用の迎撃ミサイルPAC2の配備、浜
松基地所属の空中警戒管制機(AWACS)とE2C早期警戒機による24
時間態勢の空中警戒などに加えて、F15、F2の各2機の戦闘機による会場
上空の旋回警戒飛行(CAP)さえもが強行されようとしている。首都圏
を中心に各自衛隊駐屯地の警備も強化され、「司令塔」となる防衛省地下
の作戦室には、通常より5割増の50人の職員が詰めるという。
これにより、自衛隊は事実上「G8防衛軍」という恥ずべき姿をさらす
ことになる。戦争マニアの石破茂防衛相による指揮官気取りの「戦争ごっ
こ」の本質は、臨戦態勢の予行演習ではないだろうか。とりわけ中央即応
集団とイージス艦「こんごう」の初派兵には重大な意味があるだろう。中
央即応集団が担うとされる「対テロ」軍事作戦が国内治安出動という危険
な側面を持つことが明確に示された。また、こんごうの実戦配備以降初の
展開は、配備区域から見てもまさしく対北朝鮮を想定したミサイル防衛の
軍事演習そのものだ。
今回の軍事展開の法的根拠に関する問い合わせに対して、防衛省広報は、
「自衛隊法第8条に基づく防衛大臣による通常の警戒監視の一般命令によ
るもの」としたうえで、「妨害しようとする勢力に漏えいするとまずいの
で、命令の具体的内容は公表できない」と述べた。命令の内容はおろか、
軍事展開を命じる根拠となる情勢判断さえも一切示さないままに軍隊を動
かすことは、「シビリアン・コントロール(文民統制)」原則に対する重
大な挑戦に他ならない。少なくとも、ロシア、中国の首脳が参加し、米朝
関係の外交的改善が進行する最中で、弾道ミサイルによる攻撃などあり得
ないはずだ。
軍事展開は、「環境サミット」の欺まん性をも象徴している。例えば、
戦闘機1機は自動車約1万台分の二酸化炭素を排出する。莫大な燃料を消費
する1隻1400億円に及ぶイージス艦などの展開も含めて、今や軍事展開は
石油の大量浪費以外の何物でもない。サミット会場上空を、二酸化炭素を
まき散らしながら戦闘機が旋回する。この会議の、地球と人間に対する暴
力性をこれほど明瞭に示す構図もないだろう。
暴力の元凶たちによる被害から守られなければならないのは、私たちの
方だ。自衛隊は今すぐ撤収せよ。警察は過剰警備と不当弾圧をやめよ。
G8は解散せよ。
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2008年07月04日
第8回 日本の医師不足〜第三回 大学医学部定員削減の閣議決定撤回の裏側
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■ 『絶望の中の希望〜現場からの医療改革レポート』 上 昌広 第8回
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「日本の医師不足〜第三回 大学医学部定員削減の閣議決定撤回の裏側」
前回の配信で、次は医師の偏在問題を取り上げると書きました。しかしながら医師
不足問題に関して、医師定員削減の閣議決定撤回という大きな動きがありましたので、
今回の配信ではこの動きとその背景を解説させていただきます。
■ 25年ぶりの医師定数削減の閣議決定撤回
6月17日、政府は1997年の医師定数削減の閣議決定を、事実上撤回しました。
同日の記者会見で舛添要一厚生労働大臣は、「(政府は従来)医師数は十分だ、偏在
が問題だと言ってきたが、現実はそうではない。週80−90時間の医師の勤務を普
通の労働時間に戻すだけで、勤務医は倍必要だ」と、必要な医師数に関する具体的な
数字を挙げました。また翌日には、超党派の「医療現場の危機打開と再建をめざす国
会議員連盟」(会長・尾辻秀久参院議員)が、舛添要一厚生労働相と大田弘子経済財
政担当相を訪問し、医学部定員を毎年400人ずつ増やし、現在の8000人を10
年後に1万2000人にまで増やすことを提案しました。
医師数削減の閣議決定が25年ぶりに変更されたことは、マスメディアでも広く報
道され、医療界にも大きな衝撃を与えました。しかしながら、医師を増やすのには財
源を要しますし、医師が増えると医療費が増えると思っている人々が大勢います(こ
れは「医師誘発需要学説」といいますが、多くの医療経済専門家は誤りであると考え
ています)。
このため、医学部の定員増について関係者の間で激しく意見が対立し、調整にかな
り手間取っているようです。総じて、舛添厚生労働大臣や尾辻議連のように病院や勤
務医の実情に詳しい議員は、医学部定員の大幅増員に肯定的です。しかしながら、政
府筋、国会筋、一部の医師からは、医学部定員数を8360人に戻すだけで「骨抜き
にしてしまおう」という意見もあるようです。今回、政府は医師数を増やすこと、つ
まり医学部の定員数を増やすことで合意しましたが、その具体的な数字については
まったくコンセンサスが得られていません。以下、この問題について考えてみたいと
思います。
■ 日本の医師不足に対する厚労省の従来の見解
前回もご紹介させていただきましたが、他の先進国と比較して我が国の単位人口あ
たりの医師数は少なく、OECD諸国の3分の2です。
http://kousatsu.umin.jp/files/sankou1.jpg
特に、産婦人科、小児科、内科、外科等の勤務医の数は減少しつつあります。
http://kousatsu.umin.jp/files/sankou2.jpg
地方での医師不足は言うまでもありませんが、東京築地の国立がんセンター中央病院
でさえも麻酔医不足のため、手術数を減らしています。このように、医師不足は地方
だけでなく全国的な問題となっています。
ところが厚生労働省は、毎年7700人が医師の資格を取得し、退職者を差し引い
ても年間3500人から4000人が増加しているため、近い将来、医師は過剰な状
態になると主張しつづけてきました。この理屈を信じれば、「現在でも医師数は毎年
4000人ほど増えているが、それでも地方の医師不足が深刻化しているのは、医師
が都会に集中するためだ」「医師が病院勤務をやめ、開業してしまうので勤務医が
減っている」という医師偏在説も納得がいきます。しかしながら、この説明は現在の
医師不足を説明するには不十分で、正確な情報を提供していません。なぜなら、我が
国で不足しているのは勤務医であり、開業医は増加しているからなのです。
■ 医師のキャリアパス
この問題を考えるためには、開業医と勤務医の関係、つまり医師のキャリアパスを
ご理解いただく必要があります。
多くの医師は、20代中盤で大学医学部を卒業したあと、40−50才くらいまで
勤務医として働きます。医師は大学を卒業すると、大学医局や先輩の紹介で幾つかの
病院や研究機関をまわり、診療や研究の腕を磨きます。この期間はいわば医師の修行
期間ですから、ハードな勤務を強いられます。先輩医師や患者さんに叱られながらも、
歯を食いしばって頑張るわけです。まさに職人が修行するのと同じようなイメージを
持っていただければいいでしょう。実際、私も研修医時代には何日も家に帰らないこ
とが日常的でしたし、大学院生として分子生物学の研究をしているときは、連日、深
夜まで働きました。また、大学院を卒業すると、研修医を指導する指導医になること
が多いのですが、多数の新米医師を抱え、部長・教授や看護師、患者さんの間に入っ
て色々と苦労するものです。
しかしながら、40才も半ばを超えてくると、このような仕事ぶりを続けることは
肉体的に難しくなります。するとその頃から、市中病院の管理職になったり、あるい
は開業して第二のキャリアパスを歩みはじめる人がでてきます。このようにして、医
師は徐々に勤務医を卒業していきます。医師といえば、山崎豊子さんが「白い巨塔」
で描いたような教授を目指した熾烈な競争をイメージされる方が多いかもしれません
が、大学教授になる人は絶対数としては少ないのです。多くの医師はこのような経過
をたどり、市中病院の管理職や開業医となって地道に地域医療に貢献するようになり
ます。医師会というのは、このような段階に到達した医師の集まりという意味合いを
もっています。
かつて、大学の医局制度が機能していた頃は、勤務医を終えて開業し、地域医療を
守っている先輩医師が後輩の勤務医を応援するという構造がありました。様々なメ
ディアで絶対権力を持つと描かれている教授といえども、地元に多数の先輩が開業し
ているため、彼らのチェックを受ける立場でした。
■ 医療の高度化と専門医
ところで、近代医学は急速な進歩を遂げ、高度化しつつあることに異論を挟む人は
いないでしょう。ただ多くの人は、医療の高度化というとCTスキャンやMRIなど
の医療機器、あるいは遺伝子診断や臓器移植などを思い浮かべるのではないでしょう
か? 確かに、このような新規医療技術の登場は医療の高度化の一側面ではあるので
すが、それだけでは不十分です。実は医療の高度化は、医療者の専門分化と密接に関
係するのです。例えば、かつて外科手術は、麻酔、手術、術後管理、輸血などを外科
医が一人で全て行っていました。しかしながら各分野の研究が進むと、一人の医師が
全ての分野の最先端を身につけることはできなくなりました。この結果、全ての分野
に専門家が登場し、社会は高度医療を求めるようになりました。こうして総合医より
専門医が高く評価されるようになったのです。ちなみに、これは日本だけではなく欧
米でも見られる普遍的な現象です。
さてここで注意していただきたいのは、高度医療を担ったのは、診療所(開業医)
というよりもっぱら病院(勤務医)だったということです。すると臨床検査など一部
の分野では機械化・自動化が進みましたが、多くの診療分野では専門医の労働に依存
したため、病院は多数の専門家を揃えざるを得なくなりました。このため、我が国は
高度医療を担う若い専門医を多数養成せざるを得なくなったのです。
■ 一県一医大制度が勤務医不足を緩和してきた
このような専門医の大量養成を可能にしたのは一県一医大制度です。この制度によ
り、昭和40年代から50年代半ばにかけて全国に37の医学部が新設され、医学部
定員数、つまり年間の医師養成数は4000人増加しました。このような新設医大の
卒業生はもっぱら勤務医として働いたため、勤務医の絶対数は毎年4000人ずつ増
加し、病院での高度医療を担いました。
ところが、平成10年代の半ばになると、新設医大の卒業生が40代中盤にさしか
かり、勤務医を卒業するようになりました。卒業生と同数が引退するわけですから、
勤務医の総数は増加せず、勤務医を終える世代だけが増加するようになるわけです。
当研究室のHPをご覧いただければ、既に44歳以下の医師数は定常状態に達し、壮
年期以降の医師が増加していることがわかります。
http://kousatsu.umin.jp/files/sankou3.jpg
http://kousatsu.umin.jp/files/sankou4.jpg
このように考えれば、厚労省の「医師は毎年4000人増えているため、将来的に
は医師不足は解消する」という説明は不適切と言わざるを得ません。正確には「壮年
以降の医師が毎年4000人ずつ増えており、この状況では勤務医不足は解決する目
処がない」というべきところなのです。
このような勤務医数の絶対的不足の状況下では、病院を受診する国民のニーズに応
えるために、勤務医は週平均70.6時間、若い世代では週平均80時間もの過剰な
勤務を強いられています。
http://kousatsu.umin.jp/files/sankou6.jpg
これは欧米における医師の週平均労働時間30−55時間の約2倍で、少なからぬ医
師が過労死の危険域に入っています。一方、国民の医療ニーズは今後も増加を続け、
http://kousatsu.umin.jp/files/sankou5.jpg
かつ多様化する傾向にあります。すなわち今後も需給バランスは乖離を続け、この状
態が続けば勤務医不足は益々悪化し、医療崩壊は加速せざるを得ません。このような
背景を理解すれば、政府が検討している医学部定員の最大8.6%増しでは焼け石に
水であることがお分かりいただけるでしょう。確かに医師の養成には時間がかかりま
す。しかしながら、この問題については、出来るだけ早く手をうたなければ、取り返
しのつかない事態に陥ることが明らかです。
次回、医師不足問題に関する具体的な解決法について幾つかの案を紹介すると同時
に、私たちの考えを述べさせていただきます。
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第7回 日本の医師不足〜第二回 一県一医大構想と医師誘発需要
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■『絶望の中の希望〜現場からの医療改革レポート』 第7回
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「日本の医師不足〜第二回 一県一医大構想と医師誘発需要」
昨日(6月17日)、舛添要一厚生労働大臣が、閣議後の記者会見で医学部の定員削
減を決めた97年の閣議決定を見直し、医師の養成数を増やす方針に転換する考えを
明らかにしました。「いまは医療崩壊の状態で、(97年の)閣議決定を見直す方向
で調整すべきだということで、福田首相の了解をいただいた」と語ったようです。こ
のニュースは、医療界にとって画期的なものであり、舛添厚労大臣の粘り強い努力に
敬意を払います。
我が国では医師不足問題が連日のようにマスメディアで報道されています。未曾有
の高齢化を迎える我が国において、多くの国民は必要な医療を受けることができない
ことに対する漠然とした不安を感じておられると思います。なぜ、医師不足問題の解
決が、こんなに困難なのでしょうか? 今回は、医師不足問題の議論の歴史的変遷を
ご紹介します。
■ 日本の医師数は世界最低水準にある
日本の医師不足問題を議論するためには、その正確な状況を把握する必要がありま
す。厚労省の医療動態調査によれば、2005年現在、我が国には29万人の医師免
許取得者がいて、人口1000人あたり2.0人となります。人口10万程度の地方
都市には、200人程度の医者がいるとイメージしていただけるといいでしょう。ち
なみに、これは大学卒業直後の若者から、高齢者まで全てをふくむ数字です。
適切な医師数を議論する上で、同じような発展段階にある外国との比較は有用で
す。OECDの調査によれば、我が国はもっとも医師数が少ないグループに属しま
す。ちなみに、日本より少ない国は、メキシコ (1.7)、韓国 (1.6)、トルコ
(1.5)だけで、先進国首脳会議に参加する国に限定すれば、イタリア4.2、フ
ランス3.4、ドイツ3.4、オーストラリア2.7、米国2.4、イギリス2.
3、カナダ2.1となり、日本は最低です(括弧内の数字は人口1000人あたりの
医師数)。米国やイギリスなどのアングロサクソン系の国々で、コメディカルが発達
しているのは、医師数と併せて考えれば理解しやすくなります。ちなみに、日本はコ
メディカルも医師も両方とも不足していると言うことができます。
■ 医師の過重労働
医師の絶対数不足は、医師の過剰残業で代償されてきました。医師が少なければ、
長時間働かざるを得ないのは自明です。
2003年に厚労省が作成した「医師需給に関する検討会報告書」では、医師の労
働時間は週平均で63.3時間、院外での勤務時間7.3時間を含めると、週平均の
労働時間は70.6時間です。このデータに基づけば、1ヶ月あたりの時間外労働時
間の平均は131時間になり、労働基準法の規定を大きく逸脱します。また、月の時
間外労働時間が45時間を超えた場合、過労死の原因になりやすいため、極めて危険
な状態とも言えます。実際に、これまでに多くの医師が過労死で亡くなっており、過
労死認定を求め裁判で争われています(http://www5f.biglobe.ne.jp/~nakahara/)。
このような裁判では、医師の過剰労働問題は医師の労働条件改善という側面以外に、
患者が安全な医療を受けるためには、医師の残業を制限しなければならないという観
点からも議論が行われています。
ちなみに、医師過剰労働問題に対する厚労省の見解は、「休憩時間や自己研修は、
通常は勤務時間とはみなされない時間であり、これらを含んだ時間を全て勤務時間と
考えることは適切でない(2005年 医師需給に関する検討会報告書)」として、
医師の労働時間を週48時間と解釈しました。この解釈は、医療現場の実感と著しく
乖離したものであり、またデータの解釈が恣意的であったため、医療者に厚労省に対
する不満が溜まりました。
■ 医師不足はいつから議論されたか?
医師不足問題が社会の関心を集めるようになったのは、いつの頃からでしょうか。
実は、そんなに古い話ではありません。
医師不足問題が、主要新聞で取り上げられ始めたのは2003年です。以前、ご紹
介させていただいた「医師名義貸し」報道と同じ頃です。医療界では「医師名義貸し
報道」事件を契機に、医学部卒業生の研修必修化という制度改正、小泉政権による診
療報酬引き下げにより、病院閉鎖が増加していくわけですが、時期を同じくして、マ
スメディアでの「医師不足」報道数は増加しました。主要5新聞の「医師不足」報道
数は、2004年約556件、2005年約690件、2006年約1485件、2
007年約3103件に達しました。ちなみに、2008年は、ほぼ毎日、大量に医
師不足問題が報道されています。
このようなマスメディアを通じた大量の「医師不足」報道を通じて、この数年の間
に医師が足りないことが国民的コンセンサスとなりました。
■ 医師過剰と言われた時代があった:一県一医大構想
では、2003年以前は、国民・医療界は医師数をどのように考えていたのでしょ
うか。前回の配信でも書かせていただきましたが、明治維新以降一貫して、医師不足
は我が国の課題でした。しかしながら、過去に一度だけ、医師過剰の可能性が議論さ
れた時期がありました。それは、1970年代中盤から2000年くらいまでの25
年間です。
少子高齢化が進み、医師不足による医療崩壊が喧伝されている現在から振り返れ
ば、馬鹿げているかと思うかもしれませんが、当時は多くの医療関係者が将来的には
医師は余るのでないかと真剣に心配しました。当時の風潮を考える上で参考になる事
実を紹介させていただきます。
まず、1970年代の大量の医学部新設が挙げられます。戦後の人口増や無医村の
解消を目的として、政府は1970年から1979年までの間に34の医学部を新設
しました。この時期に設立された医学部は、前身の医師養成機関をもたないことが特
徴で、人材を全面的に他大学に依存せざるを得ませんでした。医学部設立は順調に進
み、1974年までに8つの国立大学医学部、14の私立大学医学部、2つの大学校
(防衛医大、産業医大)が新設されました。
しかしながら、この頃になって医療業界には「医師過剰」を指摘する声が強くなっ
てきたため、1974年以降、医学部新設のスピードは減速しました。具体的には新
規の私立大学医学部の開設は政府から許可されなくなりました。振り返れば、197
4年には既に医師過剰が議論されていたことは、興味深いことです。ところが、19
74年には当時の田中角栄内閣が一県一医大構想を発表し、世間の強い支持を集めま
した。このため、政府は、国立大学医学部に限って毎年二つ程度作り続けました。そ
して、最終的には1979年に琉球大学に医学部が創設され、一県一医大構想が実現
します。
このような急速な医学部開設による急速な医師増は、既に医師として働いている人
々に大きな不安を与えたことは想像に難くありません。丁度、現在の弁護士業界と同
じような雰囲気だったのでしょうか。当時、「イタリアでは、医者では食べていけな
いのでタクシーの運転手をしている」という噂がまことしやかに話されました。
■ 医師誘発需要と医療費亡国論
ついで、医者が増えると医療費が増加するという医師誘発需要説が、もっともらし
く議論されたことが挙げられます。1983年に米国の医療経済研究者である
Rossiterたちのグループは、米国での実証研究の結果にもとづき、医師が増えると医
療費が増加する学説を発表しました。この研究を詳細に読めばわかりますが、この研
究では医師数が10%増加しても、外来受診の頻度の上昇はわずか0.6%でした。
このように、医療需要喚起説は科学的には妥当であるものの、社会的に与える影響に
ついては疑問の余地があったのですが、多くの医療関係者の間では「医師を増やす
と、医療費が増える」というコンセンサスができあがりました。これは、「医師の売
り上げは、一人あたり1億円くらいはあるだろうから、人数が増えれば、それだけ医
療費がふえるだろう」という医療者・厚生官僚の感覚ともマッチしたものだったので
しょう。
1983年には、吉村仁厚生省保険局長(後の事務次官)が論文や講演・国会答弁
などで「医療費亡国論」を主張します。ちなみに、吉村仁さんという人は、「ミスタ
ー官僚」や「厚生省の歴史を変えた男」などと呼ばれる伝説的人物です。「医療費の
現状を正すためには、私は鬼にも蛇にもなる」と言い切り、医師優遇税制改革やサラ
リーマンの二割自己負担などの制度改正を行い、医療費の膨張に歯止めをかけようと
しました。吉村氏は、広島県出身の被爆者で肝臓癌のため56歳の若さで亡くなりま
す。吉村氏を中心とした厚生官僚は、医療費亡国論という学説に基づき、当時の中曽
根内閣の増税なき財政再建路線、武見太郎氏退陣(1983年)による日本医師会の影
響力低下などもあり、公的保険医療政策を医療費抑制方針に転換させました。医療費
を減らすには医師数を増やしてはいけないと考え、1984年以降、医学部の定員を
最大時に比べて7%削減しました。
その後、1995年村山内閣の少子高齢化対策、1997年の医学部定員の削減に
関する閣議決定、2002年から小泉内閣によって実施された骨太の改革へと繋がっ
ていきます。
■ 医師誘発需要学説は否定された
このように、1983年以来、政府は医師数削減政策の学術的根拠として「医師誘
発需要学説」を挙げています。
しかしながら、学問の分野は日進月歩であり、過去の学説がいつまでも支持される
とは限りません。医療経済学分野でも、様々なグループにより医師誘発需要学説につ
いての追加研究が行われました。この結果は、驚くべきことに、1990年以降に米
国や北欧で行われた全ての実証研究は「医師数を増やしても医療費は増加しない」と
医師誘発需要説を否定したのです。
1990年以降、情報工学の発達や米国医療界における情報開示が促進されたた
め、医療経済研究者の多くは、1990年以降の研究は、それ以前のものと比較して
遙かに信頼できると考えました。彼らは、新しい研究の結果にもとづき、一部の医師
は自らの収入を増やすため、不要な医療行為を行うが、その絶対数は少なく、国家レ
ベルでは問題にならない、および、医療では医師と患者の間に情報の非対称が存在し
ても、患者の医療知識が増加するにつれ、医師が医療サービスを100%決定でき
ず、患者の決定権が大きくなってきていると考えるようになりました。複雑さやスケ
ールが増した系では、独自の理論体系が必要になるわけで、医師の一人あたりの稼ぎ
を根拠に医師誘発需要説を支持するのは暴論のようです。
このように、医師誘発需要学説は、医療経済学の専門家の間では完全に否定されま
した。しかしながら、現在でも、一般社会は勿論、医療経済学者以外の医療者、厚労
省の官僚の中には「医師が増えると医療費が増える」と信じている人が多いようで
す。もし、国民が「医者を増やしても医療費の増加は僅かである」と考えれば、医師
不足の日本で大学医学部の定員を増やす合意を得ることは容易でしょう。現にアメリ
カでは、財政赤字にもかかわらず、医師の数を大胆に増やしています。
この事実は、アカデミズムが探求した事実・真理を、業界全体や社会全体に広め
て、コンセンサスを形成することが如何に難しいかを示しています。言い換えれば、
これまでの日本では専門家集団(この場合は、医療経済研究者)と業界(医療業界)
や社会(一般国民)を繋ぐ、情報伝達手段が有効に働いていなかったということにも
なります。医師誘発需要学説のような専門性が高い話題は、テレビや一般紙のような
マスメディアでは扱いにくいのでしょう。事実、これまでに医師誘発需要学説の問題
点を指摘した記事は殆どありません。私は、このようなマスメディアが取り扱いづら
い情報の普及に、JMMのようなメールマガジンやオンラインメディアの果たす役割
に大きな期待を抱いています。
現在の我が国において、国民への情報開示に反対する人はいないでしょう。しかし
ながら、問題は「いかに情報を開示して、伝え、コンセンサスを得るか」なのです。
この「如何に」という部分に関しての議論はまだまだ足りないと感じています。
次回、近年、我が国の医療界で巻き起こった「医師絶対数不足と医師偏在をめぐる
論争」を紹介させていただきます。
第5回 日本の医師不足〜第一回 医師養成の歴史
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■ 『絶望の中の希望〜現場からの医療改革レポート』 第5回
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「日本の医師不足〜第一回 医師養成の歴史」
前回は看護師・薬剤師不足についてご紹介させていただきました。その原因は、看
護師と薬剤師で異なっており、日本のキャリアウーマンが抱える問題を代表している
ことがご理解いただけたかと思います。これから数回にわたり医師不足問題について
議論させていただきたいと考えています。まず、今回は我が国の医師の養成システム
の歴史的な経緯をご紹介させていただきます。
■ 医師供給数は医学部定員数によりコントロールされている
我が国で医師になるためには大学医学部を卒業し、医師国家試験に合格しなければ
なりません。現在、我が国には80の大学医学部が存在し、毎年約8000人の卒業
生を世間に送り出しています。このうち、約90%の学生が医師国家試験に合格し、
医師としての活動を始めます。このように医師の供給は、医学部の定員と国家試験の
合格率という二つの方法で国家によりコントロールされています。
このうち、医師の供給数に直接的に影響するのは医学部の定員数です。医師国家試
験合格率は長年90%程度で横ばいであり、医師数の供給には実質的に影響していま
せん。この特異性は他学部の卒業生と比較すれば、理解しやすくなります。例えば、
法学部の卒業生は全てが法曹界に進むわけではなく、法曹界の人材供給量をコントロ
ールしているのは、法学部の定員数ではなく、司法試験や国家公務員試験の合格率で
す。司法試験に合格することは極めて難しく、このような難関を課すことで、司法界
の人材のレベルを維持してきたと考えられます。
■ 医師国家試験の合格率により医師数をコントロールすることは可能か?
もし、医学部の定員を増やし、医師国家試験の合格率を下げれば、どのようなこと
が起るでしょうか。医学部学生の養成コストは他学部よりも高いと言われており、こ
のような政策を実行する社会的コストは極めて高いと思いますが、仮定の話として議
論してきましょう。
医学部の定員を増やし、国家試験の合格率を下げれば、医学部を卒業しても、医師
にならない(なれない?)人が増えます。「医師浪人」も出てくるでしょうが、多く
の人は医学部を卒業して、医師以外の職業を選択せざるを得ないでしょう。このよう
な人たちは、社会にどのような影響を与えるでしょうか。
多くの人々は医学部卒業=医師と考えていますが、現在でも医学部の卒業生の進路
は結構、多岐にわたります。例えば、製薬企業に努める人や研究者は多数いますし、
弁護士、コンサルタント、作家、国会議員などもいます。実は、医学の素養をもった
社会人が医療以外の分野で活躍することは、我が国全体にとっては、良い面も多数あ
るのです。このような人たちが増えれば、日本の製薬企業や医療機器メーカーの国際
競争力が高まる可能性もあり得ますし、医療界と司法界の架け橋になるかもしれませ
ん。医学部の定員を増やせば、失業する医師が出てくる可能性もありますが、逆に、
これまで医学専門家がいなかった分野に進出することになるかもしれないのです。こ
の可能性は、これまであまり議論されてきませんでした。
現在、医師数のコントロールには二つの方法があり、それをどのように組み合わせ
るかは、国民が柔軟に決めるべきですが、我が国では、伝統的に医師の供給を医学部
に定員数だけに依存してきました。つまり、医学部の設置数=医師数という時代が長
年続いた訳です。医学部とは何か、国家試験とは何かという問題をじっくり考え直し
てもいい時期に来ているのではないでしょうか。
■ 医学部設立の歴史
では、我が国で医学部はどのような経緯で作られてきたのでしょうか。実は、国家
が医師の養成をコントロールするようになったのは、そんなに古い話ではありませ
ん。明治初期までは、医師養成には多様な過程がありました。例えば、江戸時代の漢
方医や蘭方医には国家資格はなく、職人の世界の師弟関係と同じ方法で医師が養成さ
れました。明治になって医師国家試験の制度が創立されても、その初期には野口英世
博士のように大学に通わず、開業医の元で住み込んで修業し、医師試験を受けて医師
資格をとったものも存在しました。このような制度の下では大量の医師の養成は難し
く、また、医師の品質管理も困難でした。明治政府は富国強兵を目的として大学医学
部を卒業し、医師の大量養成に踏み切りました。この過程で、医師養成が国家の管理
下に置かれるようになりました。
明治維新以降、大学医学部が設置されたのは、明治、大正10年頃、昭和20年
頃、昭和50年頃です。まず、明治期には東大、京大、東北大、九州大に帝国大学医
学部が設置されます。ついで、大正10年に大学令が改正され、明治36年に設立さ
れた9つの医学専門学校(旧制9医科大学)が大学医学部へと昇格します。また、同
時期に北海道大学、慶応大学、東京慈恵会医科大学、日本医科大学に医学部が創設さ
れます。この時点で、大学医学部数は17になります。その後、第二次世界大戦中に
8つの旧制医科専門学校が設立され、戦後、医科大学に昇格します。また、戦中、戦
後を通じ、11の国公立医科大学、10の私立医科大学が創設されます。この時点
で、大学医学部は46になります。最後は、一県一医大構想に基づき、昭和45−5
4年にかけて18の国公立大学医学部、16の私立大学医学部が創設され、医学部数
は現在の80になります。
■ 医師不足は我が国の近代史の鏡である
このような医学部創設の歴史を振り返れば、様々な問題点が見えてきます。まず、
医療は戦争と密接な連携があることがわかります。明治、大正10年頃、昭和20年
頃の医学部増設時期は、いずれも戦争、あるいは軍備増強の時期です。戦争と医療の
密接な関連については、我が国だけでなく、世界の全ての国に当てはまる現象です。
近代戦争が外科学と細菌学の進歩に貢献したことは有名ですし、ベトナム戦争はヘリ
搬送、湾岸戦争は兵士の外傷後ストレス性精神障害(PTSD)、イラク戦争は医療
機器・チーム搬送の研究の発展のきっかけとなりました。
ちなみに、厚生省の前身には陸軍省が含まれます。東京の戸山にある国立国際医療
センターは旧陸軍病院ですし、築地の国立がんセンターは旧海軍兵学校、旧海軍病院
です。都内の便利なところに、広い敷地をもつ病院の前身は軍隊と関係があるという
のは、近代医学のあり方について示唆に富みます。
ついで、大正時代まで創立された大学が、西日本に偏っていることが挙げられま
す。この時期に創設された全17大学は、金沢・名古屋以西に9つ,東京に4つ存在
し、残りは北海道、東北、千葉、新潟に一つずつです。九州には福岡、長崎、熊本県
に一つずつ設置したこととは対照的です。地域の医師数は、地元の大学医学部の卒業
生数と密接に関係しますから、東北、関東が医師不足になるのは明治以来の政策の結
果なのでしょう。現に我が国の人口あたりの医師数は西高東低で、もっとも医師が足
りない県は千葉、埼玉など関東に存在します。このような偏りが生じたことに、薩長
が明治政府を打ち立て、西日本に重点的に教育投資を行ったことと無関係ではないで
しょう。筆者は、江戸時代の先進藩であった会津に大学医学部が設置されなかったこ
とは、単なる偶然ではないと考えています。
第三に医学部数は約30年ごとに倍増しています。30年というのは一人の医師
が、在職中に一度は医学部の教官数が倍増するのを経験してきたことを意味します。
このため、我が国の医師の人事制度は右肩上がりの成長を前提として形作られまし
た。具体的に言うと、帝大や慶應大学など中核大学の卒業生は、若いうちから地方病
院や大学の主要ポジションを歴任し、40代で新設医大の教授に就任し、その場で成
功したものが母校の大学の教授に戻るような「競争システム」ができあがったので
す。これは、旧大蔵省のキャリア官僚が、若いうちから税務署長になるような慣行と
類似しています。この制度は様々な評価がなされていますが、エリートが若いうちに
地方をまわり、様々な現場の問題に接するため、地方での人脈や現場感覚を身につけ
ることが出来たことも事実です。ところが、このような人事制度は、今や医学界では
行われていません。それは、世間の非難があったからではなく、医学部が新設されな
くなったからです。医学部は「低成長時代」の管理職養成制度の確立に試行錯誤して
います。現在、一県一医大制度が提唱されてから、約30年がたちます。この時期に
医師不足が社会的問題になっていることは、何か運命的なものを感じます。
次回、日本の医師不足の実情について、紹介させていただきます。
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上 昌広(かみ・まさひろ)
東京大学医科学研究所 探索医療ヒューマンネットワークシステム部門:客員准教授
Home Page:
帝京大学医療情報システム研究センター:客員教授
「現場からの医療改革推進協議会」
「周産期医療の崩壊をくい止める会」
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■ 『絶望の中の希望〜現場からの医療改革レポート』 上 昌広 第8回
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「日本の医師不足〜第三回 大学医学部定員削減の閣議決定撤回の裏側」
前回の配信で、次は医師の偏在問題を取り上げると書きました。しかしながら医師
不足問題に関して、医師定員削減の閣議決定撤回という大きな動きがありましたので、
今回の配信ではこの動きとその背景を解説させていただきます。
■ 25年ぶりの医師定数削減の閣議決定撤回
6月17日、政府は1997年の医師定数削減の閣議決定を、事実上撤回しました。
同日の記者会見で舛添要一厚生労働大臣は、「(政府は従来)医師数は十分だ、偏在
が問題だと言ってきたが、現実はそうではない。週80−90時間の医師の勤務を普
通の労働時間に戻すだけで、勤務医は倍必要だ」と、必要な医師数に関する具体的な
数字を挙げました。また翌日には、超党派の「医療現場の危機打開と再建をめざす国
会議員連盟」(会長・尾辻秀久参院議員)が、舛添要一厚生労働相と大田弘子経済財
政担当相を訪問し、医学部定員を毎年400人ずつ増やし、現在の8000人を10
年後に1万2000人にまで増やすことを提案しました。
医師数削減の閣議決定が25年ぶりに変更されたことは、マスメディアでも広く報
道され、医療界にも大きな衝撃を与えました。しかしながら、医師を増やすのには財
源を要しますし、医師が増えると医療費が増えると思っている人々が大勢います(こ
れは「医師誘発需要学説」といいますが、多くの医療経済専門家は誤りであると考え
ています)。
このため、医学部の定員増について関係者の間で激しく意見が対立し、調整にかな
り手間取っているようです。総じて、舛添厚生労働大臣や尾辻議連のように病院や勤
務医の実情に詳しい議員は、医学部定員の大幅増員に肯定的です。しかしながら、政
府筋、国会筋、一部の医師からは、医学部定員数を8360人に戻すだけで「骨抜き
にしてしまおう」という意見もあるようです。今回、政府は医師数を増やすこと、つ
まり医学部の定員数を増やすことで合意しましたが、その具体的な数字については
まったくコンセンサスが得られていません。以下、この問題について考えてみたいと
思います。
■ 日本の医師不足に対する厚労省の従来の見解
前回もご紹介させていただきましたが、他の先進国と比較して我が国の単位人口あ
たりの医師数は少なく、OECD諸国の3分の2です。
http://kousatsu.umin.jp/files/sankou1.jpg
特に、産婦人科、小児科、内科、外科等の勤務医の数は減少しつつあります。
http://kousatsu.umin.jp/files/sankou2.jpg
地方での医師不足は言うまでもありませんが、東京築地の国立がんセンター中央病院
でさえも麻酔医不足のため、手術数を減らしています。このように、医師不足は地方
だけでなく全国的な問題となっています。
ところが厚生労働省は、毎年7700人が医師の資格を取得し、退職者を差し引い
ても年間3500人から4000人が増加しているため、近い将来、医師は過剰な状
態になると主張しつづけてきました。この理屈を信じれば、「現在でも医師数は毎年
4000人ほど増えているが、それでも地方の医師不足が深刻化しているのは、医師
が都会に集中するためだ」「医師が病院勤務をやめ、開業してしまうので勤務医が
減っている」という医師偏在説も納得がいきます。しかしながら、この説明は現在の
医師不足を説明するには不十分で、正確な情報を提供していません。なぜなら、我が
国で不足しているのは勤務医であり、開業医は増加しているからなのです。
■ 医師のキャリアパス
この問題を考えるためには、開業医と勤務医の関係、つまり医師のキャリアパスを
ご理解いただく必要があります。
多くの医師は、20代中盤で大学医学部を卒業したあと、40−50才くらいまで
勤務医として働きます。医師は大学を卒業すると、大学医局や先輩の紹介で幾つかの
病院や研究機関をまわり、診療や研究の腕を磨きます。この期間はいわば医師の修行
期間ですから、ハードな勤務を強いられます。先輩医師や患者さんに叱られながらも、
歯を食いしばって頑張るわけです。まさに職人が修行するのと同じようなイメージを
持っていただければいいでしょう。実際、私も研修医時代には何日も家に帰らないこ
とが日常的でしたし、大学院生として分子生物学の研究をしているときは、連日、深
夜まで働きました。また、大学院を卒業すると、研修医を指導する指導医になること
が多いのですが、多数の新米医師を抱え、部長・教授や看護師、患者さんの間に入っ
て色々と苦労するものです。
しかしながら、40才も半ばを超えてくると、このような仕事ぶりを続けることは
肉体的に難しくなります。するとその頃から、市中病院の管理職になったり、あるい
は開業して第二のキャリアパスを歩みはじめる人がでてきます。このようにして、医
師は徐々に勤務医を卒業していきます。医師といえば、山崎豊子さんが「白い巨塔」
で描いたような教授を目指した熾烈な競争をイメージされる方が多いかもしれません
が、大学教授になる人は絶対数としては少ないのです。多くの医師はこのような経過
をたどり、市中病院の管理職や開業医となって地道に地域医療に貢献するようになり
ます。医師会というのは、このような段階に到達した医師の集まりという意味合いを
もっています。
かつて、大学の医局制度が機能していた頃は、勤務医を終えて開業し、地域医療を
守っている先輩医師が後輩の勤務医を応援するという構造がありました。様々なメ
ディアで絶対権力を持つと描かれている教授といえども、地元に多数の先輩が開業し
ているため、彼らのチェックを受ける立場でした。
■ 医療の高度化と専門医
ところで、近代医学は急速な進歩を遂げ、高度化しつつあることに異論を挟む人は
いないでしょう。ただ多くの人は、医療の高度化というとCTスキャンやMRIなど
の医療機器、あるいは遺伝子診断や臓器移植などを思い浮かべるのではないでしょう
か? 確かに、このような新規医療技術の登場は医療の高度化の一側面ではあるので
すが、それだけでは不十分です。実は医療の高度化は、医療者の専門分化と密接に関
係するのです。例えば、かつて外科手術は、麻酔、手術、術後管理、輸血などを外科
医が一人で全て行っていました。しかしながら各分野の研究が進むと、一人の医師が
全ての分野の最先端を身につけることはできなくなりました。この結果、全ての分野
に専門家が登場し、社会は高度医療を求めるようになりました。こうして総合医より
専門医が高く評価されるようになったのです。ちなみに、これは日本だけではなく欧
米でも見られる普遍的な現象です。
さてここで注意していただきたいのは、高度医療を担ったのは、診療所(開業医)
というよりもっぱら病院(勤務医)だったということです。すると臨床検査など一部
の分野では機械化・自動化が進みましたが、多くの診療分野では専門医の労働に依存
したため、病院は多数の専門家を揃えざるを得なくなりました。このため、我が国は
高度医療を担う若い専門医を多数養成せざるを得なくなったのです。
■ 一県一医大制度が勤務医不足を緩和してきた
このような専門医の大量養成を可能にしたのは一県一医大制度です。この制度によ
り、昭和40年代から50年代半ばにかけて全国に37の医学部が新設され、医学部
定員数、つまり年間の医師養成数は4000人増加しました。このような新設医大の
卒業生はもっぱら勤務医として働いたため、勤務医の絶対数は毎年4000人ずつ増
加し、病院での高度医療を担いました。
ところが、平成10年代の半ばになると、新設医大の卒業生が40代中盤にさしか
かり、勤務医を卒業するようになりました。卒業生と同数が引退するわけですから、
勤務医の総数は増加せず、勤務医を終える世代だけが増加するようになるわけです。
当研究室のHPをご覧いただければ、既に44歳以下の医師数は定常状態に達し、壮
年期以降の医師が増加していることがわかります。
http://kousatsu.umin.jp/files/sankou3.jpg
http://kousatsu.umin.jp/files/sankou4.jpg
このように考えれば、厚労省の「医師は毎年4000人増えているため、将来的に
は医師不足は解消する」という説明は不適切と言わざるを得ません。正確には「壮年
以降の医師が毎年4000人ずつ増えており、この状況では勤務医不足は解決する目
処がない」というべきところなのです。
このような勤務医数の絶対的不足の状況下では、病院を受診する国民のニーズに応
えるために、勤務医は週平均70.6時間、若い世代では週平均80時間もの過剰な
勤務を強いられています。
http://kousatsu.umin.jp/files/sankou6.jpg
これは欧米における医師の週平均労働時間30−55時間の約2倍で、少なからぬ医
師が過労死の危険域に入っています。一方、国民の医療ニーズは今後も増加を続け、
http://kousatsu.umin.jp/files/sankou5.jpg
かつ多様化する傾向にあります。すなわち今後も需給バランスは乖離を続け、この状
態が続けば勤務医不足は益々悪化し、医療崩壊は加速せざるを得ません。このような
背景を理解すれば、政府が検討している医学部定員の最大8.6%増しでは焼け石に
水であることがお分かりいただけるでしょう。確かに医師の養成には時間がかかりま
す。しかしながら、この問題については、出来るだけ早く手をうたなければ、取り返
しのつかない事態に陥ることが明らかです。
次回、医師不足問題に関する具体的な解決法について幾つかの案を紹介すると同時
に、私たちの考えを述べさせていただきます。
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第7回 日本の医師不足〜第二回 一県一医大構想と医師誘発需要
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■『絶望の中の希望〜現場からの医療改革レポート』 第7回
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「日本の医師不足〜第二回 一県一医大構想と医師誘発需要」
昨日(6月17日)、舛添要一厚生労働大臣が、閣議後の記者会見で医学部の定員削
減を決めた97年の閣議決定を見直し、医師の養成数を増やす方針に転換する考えを
明らかにしました。「いまは医療崩壊の状態で、(97年の)閣議決定を見直す方向
で調整すべきだということで、福田首相の了解をいただいた」と語ったようです。こ
のニュースは、医療界にとって画期的なものであり、舛添厚労大臣の粘り強い努力に
敬意を払います。
我が国では医師不足問題が連日のようにマスメディアで報道されています。未曾有
の高齢化を迎える我が国において、多くの国民は必要な医療を受けることができない
ことに対する漠然とした不安を感じておられると思います。なぜ、医師不足問題の解
決が、こんなに困難なのでしょうか? 今回は、医師不足問題の議論の歴史的変遷を
ご紹介します。
■ 日本の医師数は世界最低水準にある
日本の医師不足問題を議論するためには、その正確な状況を把握する必要がありま
す。厚労省の医療動態調査によれば、2005年現在、我が国には29万人の医師免
許取得者がいて、人口1000人あたり2.0人となります。人口10万程度の地方
都市には、200人程度の医者がいるとイメージしていただけるといいでしょう。ち
なみに、これは大学卒業直後の若者から、高齢者まで全てをふくむ数字です。
適切な医師数を議論する上で、同じような発展段階にある外国との比較は有用で
す。OECDの調査によれば、我が国はもっとも医師数が少ないグループに属しま
す。ちなみに、日本より少ない国は、メキシコ (1.7)、韓国 (1.6)、トルコ
(1.5)だけで、先進国首脳会議に参加する国に限定すれば、イタリア4.2、フ
ランス3.4、ドイツ3.4、オーストラリア2.7、米国2.4、イギリス2.
3、カナダ2.1となり、日本は最低です(括弧内の数字は人口1000人あたりの
医師数)。米国やイギリスなどのアングロサクソン系の国々で、コメディカルが発達
しているのは、医師数と併せて考えれば理解しやすくなります。ちなみに、日本はコ
メディカルも医師も両方とも不足していると言うことができます。
■ 医師の過重労働
医師の絶対数不足は、医師の過剰残業で代償されてきました。医師が少なければ、
長時間働かざるを得ないのは自明です。
2003年に厚労省が作成した「医師需給に関する検討会報告書」では、医師の労
働時間は週平均で63.3時間、院外での勤務時間7.3時間を含めると、週平均の
労働時間は70.6時間です。このデータに基づけば、1ヶ月あたりの時間外労働時
間の平均は131時間になり、労働基準法の規定を大きく逸脱します。また、月の時
間外労働時間が45時間を超えた場合、過労死の原因になりやすいため、極めて危険
な状態とも言えます。実際に、これまでに多くの医師が過労死で亡くなっており、過
労死認定を求め裁判で争われています(http://www5f.biglobe.ne.jp/~nakahara/)。
このような裁判では、医師の過剰労働問題は医師の労働条件改善という側面以外に、
患者が安全な医療を受けるためには、医師の残業を制限しなければならないという観
点からも議論が行われています。
ちなみに、医師過剰労働問題に対する厚労省の見解は、「休憩時間や自己研修は、
通常は勤務時間とはみなされない時間であり、これらを含んだ時間を全て勤務時間と
考えることは適切でない(2005年 医師需給に関する検討会報告書)」として、
医師の労働時間を週48時間と解釈しました。この解釈は、医療現場の実感と著しく
乖離したものであり、またデータの解釈が恣意的であったため、医療者に厚労省に対
する不満が溜まりました。
■ 医師不足はいつから議論されたか?
医師不足問題が社会の関心を集めるようになったのは、いつの頃からでしょうか。
実は、そんなに古い話ではありません。
医師不足問題が、主要新聞で取り上げられ始めたのは2003年です。以前、ご紹
介させていただいた「医師名義貸し」報道と同じ頃です。医療界では「医師名義貸し
報道」事件を契機に、医学部卒業生の研修必修化という制度改正、小泉政権による診
療報酬引き下げにより、病院閉鎖が増加していくわけですが、時期を同じくして、マ
スメディアでの「医師不足」報道数は増加しました。主要5新聞の「医師不足」報道
数は、2004年約556件、2005年約690件、2006年約1485件、2
007年約3103件に達しました。ちなみに、2008年は、ほぼ毎日、大量に医
師不足問題が報道されています。
このようなマスメディアを通じた大量の「医師不足」報道を通じて、この数年の間
に医師が足りないことが国民的コンセンサスとなりました。
■ 医師過剰と言われた時代があった:一県一医大構想
では、2003年以前は、国民・医療界は医師数をどのように考えていたのでしょ
うか。前回の配信でも書かせていただきましたが、明治維新以降一貫して、医師不足
は我が国の課題でした。しかしながら、過去に一度だけ、医師過剰の可能性が議論さ
れた時期がありました。それは、1970年代中盤から2000年くらいまでの25
年間です。
少子高齢化が進み、医師不足による医療崩壊が喧伝されている現在から振り返れ
ば、馬鹿げているかと思うかもしれませんが、当時は多くの医療関係者が将来的には
医師は余るのでないかと真剣に心配しました。当時の風潮を考える上で参考になる事
実を紹介させていただきます。
まず、1970年代の大量の医学部新設が挙げられます。戦後の人口増や無医村の
解消を目的として、政府は1970年から1979年までの間に34の医学部を新設
しました。この時期に設立された医学部は、前身の医師養成機関をもたないことが特
徴で、人材を全面的に他大学に依存せざるを得ませんでした。医学部設立は順調に進
み、1974年までに8つの国立大学医学部、14の私立大学医学部、2つの大学校
(防衛医大、産業医大)が新設されました。
しかしながら、この頃になって医療業界には「医師過剰」を指摘する声が強くなっ
てきたため、1974年以降、医学部新設のスピードは減速しました。具体的には新
規の私立大学医学部の開設は政府から許可されなくなりました。振り返れば、197
4年には既に医師過剰が議論されていたことは、興味深いことです。ところが、19
74年には当時の田中角栄内閣が一県一医大構想を発表し、世間の強い支持を集めま
した。このため、政府は、国立大学医学部に限って毎年二つ程度作り続けました。そ
して、最終的には1979年に琉球大学に医学部が創設され、一県一医大構想が実現
します。
このような急速な医学部開設による急速な医師増は、既に医師として働いている人
々に大きな不安を与えたことは想像に難くありません。丁度、現在の弁護士業界と同
じような雰囲気だったのでしょうか。当時、「イタリアでは、医者では食べていけな
いのでタクシーの運転手をしている」という噂がまことしやかに話されました。
■ 医師誘発需要と医療費亡国論
ついで、医者が増えると医療費が増加するという医師誘発需要説が、もっともらし
く議論されたことが挙げられます。1983年に米国の医療経済研究者である
Rossiterたちのグループは、米国での実証研究の結果にもとづき、医師が増えると医
療費が増加する学説を発表しました。この研究を詳細に読めばわかりますが、この研
究では医師数が10%増加しても、外来受診の頻度の上昇はわずか0.6%でした。
このように、医療需要喚起説は科学的には妥当であるものの、社会的に与える影響に
ついては疑問の余地があったのですが、多くの医療関係者の間では「医師を増やす
と、医療費が増える」というコンセンサスができあがりました。これは、「医師の売
り上げは、一人あたり1億円くらいはあるだろうから、人数が増えれば、それだけ医
療費がふえるだろう」という医療者・厚生官僚の感覚ともマッチしたものだったので
しょう。
1983年には、吉村仁厚生省保険局長(後の事務次官)が論文や講演・国会答弁
などで「医療費亡国論」を主張します。ちなみに、吉村仁さんという人は、「ミスタ
ー官僚」や「厚生省の歴史を変えた男」などと呼ばれる伝説的人物です。「医療費の
現状を正すためには、私は鬼にも蛇にもなる」と言い切り、医師優遇税制改革やサラ
リーマンの二割自己負担などの制度改正を行い、医療費の膨張に歯止めをかけようと
しました。吉村氏は、広島県出身の被爆者で肝臓癌のため56歳の若さで亡くなりま
す。吉村氏を中心とした厚生官僚は、医療費亡国論という学説に基づき、当時の中曽
根内閣の増税なき財政再建路線、武見太郎氏退陣(1983年)による日本医師会の影
響力低下などもあり、公的保険医療政策を医療費抑制方針に転換させました。医療費
を減らすには医師数を増やしてはいけないと考え、1984年以降、医学部の定員を
最大時に比べて7%削減しました。
その後、1995年村山内閣の少子高齢化対策、1997年の医学部定員の削減に
関する閣議決定、2002年から小泉内閣によって実施された骨太の改革へと繋がっ
ていきます。
■ 医師誘発需要学説は否定された
このように、1983年以来、政府は医師数削減政策の学術的根拠として「医師誘
発需要学説」を挙げています。
しかしながら、学問の分野は日進月歩であり、過去の学説がいつまでも支持される
とは限りません。医療経済学分野でも、様々なグループにより医師誘発需要学説につ
いての追加研究が行われました。この結果は、驚くべきことに、1990年以降に米
国や北欧で行われた全ての実証研究は「医師数を増やしても医療費は増加しない」と
医師誘発需要説を否定したのです。
1990年以降、情報工学の発達や米国医療界における情報開示が促進されたた
め、医療経済研究者の多くは、1990年以降の研究は、それ以前のものと比較して
遙かに信頼できると考えました。彼らは、新しい研究の結果にもとづき、一部の医師
は自らの収入を増やすため、不要な医療行為を行うが、その絶対数は少なく、国家レ
ベルでは問題にならない、および、医療では医師と患者の間に情報の非対称が存在し
ても、患者の医療知識が増加するにつれ、医師が医療サービスを100%決定でき
ず、患者の決定権が大きくなってきていると考えるようになりました。複雑さやスケ
ールが増した系では、独自の理論体系が必要になるわけで、医師の一人あたりの稼ぎ
を根拠に医師誘発需要説を支持するのは暴論のようです。
このように、医師誘発需要学説は、医療経済学の専門家の間では完全に否定されま
した。しかしながら、現在でも、一般社会は勿論、医療経済学者以外の医療者、厚労
省の官僚の中には「医師が増えると医療費が増える」と信じている人が多いようで
す。もし、国民が「医者を増やしても医療費の増加は僅かである」と考えれば、医師
不足の日本で大学医学部の定員を増やす合意を得ることは容易でしょう。現にアメリ
カでは、財政赤字にもかかわらず、医師の数を大胆に増やしています。
この事実は、アカデミズムが探求した事実・真理を、業界全体や社会全体に広め
て、コンセンサスを形成することが如何に難しいかを示しています。言い換えれば、
これまでの日本では専門家集団(この場合は、医療経済研究者)と業界(医療業界)
や社会(一般国民)を繋ぐ、情報伝達手段が有効に働いていなかったということにも
なります。医師誘発需要学説のような専門性が高い話題は、テレビや一般紙のような
マスメディアでは扱いにくいのでしょう。事実、これまでに医師誘発需要学説の問題
点を指摘した記事は殆どありません。私は、このようなマスメディアが取り扱いづら
い情報の普及に、JMMのようなメールマガジンやオンラインメディアの果たす役割
に大きな期待を抱いています。
現在の我が国において、国民への情報開示に反対する人はいないでしょう。しかし
ながら、問題は「いかに情報を開示して、伝え、コンセンサスを得るか」なのです。
この「如何に」という部分に関しての議論はまだまだ足りないと感じています。
次回、近年、我が国の医療界で巻き起こった「医師絶対数不足と医師偏在をめぐる
論争」を紹介させていただきます。
第5回 日本の医師不足〜第一回 医師養成の歴史
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■ 『絶望の中の希望〜現場からの医療改革レポート』 第5回
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「日本の医師不足〜第一回 医師養成の歴史」
前回は看護師・薬剤師不足についてご紹介させていただきました。その原因は、看
護師と薬剤師で異なっており、日本のキャリアウーマンが抱える問題を代表している
ことがご理解いただけたかと思います。これから数回にわたり医師不足問題について
議論させていただきたいと考えています。まず、今回は我が国の医師の養成システム
の歴史的な経緯をご紹介させていただきます。
■ 医師供給数は医学部定員数によりコントロールされている
我が国で医師になるためには大学医学部を卒業し、医師国家試験に合格しなければ
なりません。現在、我が国には80の大学医学部が存在し、毎年約8000人の卒業
生を世間に送り出しています。このうち、約90%の学生が医師国家試験に合格し、
医師としての活動を始めます。このように医師の供給は、医学部の定員と国家試験の
合格率という二つの方法で国家によりコントロールされています。
このうち、医師の供給数に直接的に影響するのは医学部の定員数です。医師国家試
験合格率は長年90%程度で横ばいであり、医師数の供給には実質的に影響していま
せん。この特異性は他学部の卒業生と比較すれば、理解しやすくなります。例えば、
法学部の卒業生は全てが法曹界に進むわけではなく、法曹界の人材供給量をコントロ
ールしているのは、法学部の定員数ではなく、司法試験や国家公務員試験の合格率で
す。司法試験に合格することは極めて難しく、このような難関を課すことで、司法界
の人材のレベルを維持してきたと考えられます。
■ 医師国家試験の合格率により医師数をコントロールすることは可能か?
もし、医学部の定員を増やし、医師国家試験の合格率を下げれば、どのようなこと
が起るでしょうか。医学部学生の養成コストは他学部よりも高いと言われており、こ
のような政策を実行する社会的コストは極めて高いと思いますが、仮定の話として議
論してきましょう。
医学部の定員を増やし、国家試験の合格率を下げれば、医学部を卒業しても、医師
にならない(なれない?)人が増えます。「医師浪人」も出てくるでしょうが、多く
の人は医学部を卒業して、医師以外の職業を選択せざるを得ないでしょう。このよう
な人たちは、社会にどのような影響を与えるでしょうか。
多くの人々は医学部卒業=医師と考えていますが、現在でも医学部の卒業生の進路
は結構、多岐にわたります。例えば、製薬企業に努める人や研究者は多数いますし、
弁護士、コンサルタント、作家、国会議員などもいます。実は、医学の素養をもった
社会人が医療以外の分野で活躍することは、我が国全体にとっては、良い面も多数あ
るのです。このような人たちが増えれば、日本の製薬企業や医療機器メーカーの国際
競争力が高まる可能性もあり得ますし、医療界と司法界の架け橋になるかもしれませ
ん。医学部の定員を増やせば、失業する医師が出てくる可能性もありますが、逆に、
これまで医学専門家がいなかった分野に進出することになるかもしれないのです。こ
の可能性は、これまであまり議論されてきませんでした。
現在、医師数のコントロールには二つの方法があり、それをどのように組み合わせ
るかは、国民が柔軟に決めるべきですが、我が国では、伝統的に医師の供給を医学部
に定員数だけに依存してきました。つまり、医学部の設置数=医師数という時代が長
年続いた訳です。医学部とは何か、国家試験とは何かという問題をじっくり考え直し
てもいい時期に来ているのではないでしょうか。
■ 医学部設立の歴史
では、我が国で医学部はどのような経緯で作られてきたのでしょうか。実は、国家
が医師の養成をコントロールするようになったのは、そんなに古い話ではありませ
ん。明治初期までは、医師養成には多様な過程がありました。例えば、江戸時代の漢
方医や蘭方医には国家資格はなく、職人の世界の師弟関係と同じ方法で医師が養成さ
れました。明治になって医師国家試験の制度が創立されても、その初期には野口英世
博士のように大学に通わず、開業医の元で住み込んで修業し、医師試験を受けて医師
資格をとったものも存在しました。このような制度の下では大量の医師の養成は難し
く、また、医師の品質管理も困難でした。明治政府は富国強兵を目的として大学医学
部を卒業し、医師の大量養成に踏み切りました。この過程で、医師養成が国家の管理
下に置かれるようになりました。
明治維新以降、大学医学部が設置されたのは、明治、大正10年頃、昭和20年
頃、昭和50年頃です。まず、明治期には東大、京大、東北大、九州大に帝国大学医
学部が設置されます。ついで、大正10年に大学令が改正され、明治36年に設立さ
れた9つの医学専門学校(旧制9医科大学)が大学医学部へと昇格します。また、同
時期に北海道大学、慶応大学、東京慈恵会医科大学、日本医科大学に医学部が創設さ
れます。この時点で、大学医学部数は17になります。その後、第二次世界大戦中に
8つの旧制医科専門学校が設立され、戦後、医科大学に昇格します。また、戦中、戦
後を通じ、11の国公立医科大学、10の私立医科大学が創設されます。この時点
で、大学医学部は46になります。最後は、一県一医大構想に基づき、昭和45−5
4年にかけて18の国公立大学医学部、16の私立大学医学部が創設され、医学部数
は現在の80になります。
■ 医師不足は我が国の近代史の鏡である
このような医学部創設の歴史を振り返れば、様々な問題点が見えてきます。まず、
医療は戦争と密接な連携があることがわかります。明治、大正10年頃、昭和20年
頃の医学部増設時期は、いずれも戦争、あるいは軍備増強の時期です。戦争と医療の
密接な関連については、我が国だけでなく、世界の全ての国に当てはまる現象です。
近代戦争が外科学と細菌学の進歩に貢献したことは有名ですし、ベトナム戦争はヘリ
搬送、湾岸戦争は兵士の外傷後ストレス性精神障害(PTSD)、イラク戦争は医療
機器・チーム搬送の研究の発展のきっかけとなりました。
ちなみに、厚生省の前身には陸軍省が含まれます。東京の戸山にある国立国際医療
センターは旧陸軍病院ですし、築地の国立がんセンターは旧海軍兵学校、旧海軍病院
です。都内の便利なところに、広い敷地をもつ病院の前身は軍隊と関係があるという
のは、近代医学のあり方について示唆に富みます。
ついで、大正時代まで創立された大学が、西日本に偏っていることが挙げられま
す。この時期に創設された全17大学は、金沢・名古屋以西に9つ,東京に4つ存在
し、残りは北海道、東北、千葉、新潟に一つずつです。九州には福岡、長崎、熊本県
に一つずつ設置したこととは対照的です。地域の医師数は、地元の大学医学部の卒業
生数と密接に関係しますから、東北、関東が医師不足になるのは明治以来の政策の結
果なのでしょう。現に我が国の人口あたりの医師数は西高東低で、もっとも医師が足
りない県は千葉、埼玉など関東に存在します。このような偏りが生じたことに、薩長
が明治政府を打ち立て、西日本に重点的に教育投資を行ったことと無関係ではないで
しょう。筆者は、江戸時代の先進藩であった会津に大学医学部が設置されなかったこ
とは、単なる偶然ではないと考えています。
第三に医学部数は約30年ごとに倍増しています。30年というのは一人の医師
が、在職中に一度は医学部の教官数が倍増するのを経験してきたことを意味します。
このため、我が国の医師の人事制度は右肩上がりの成長を前提として形作られまし
た。具体的に言うと、帝大や慶應大学など中核大学の卒業生は、若いうちから地方病
院や大学の主要ポジションを歴任し、40代で新設医大の教授に就任し、その場で成
功したものが母校の大学の教授に戻るような「競争システム」ができあがったので
す。これは、旧大蔵省のキャリア官僚が、若いうちから税務署長になるような慣行と
類似しています。この制度は様々な評価がなされていますが、エリートが若いうちに
地方をまわり、様々な現場の問題に接するため、地方での人脈や現場感覚を身につけ
ることが出来たことも事実です。ところが、このような人事制度は、今や医学界では
行われていません。それは、世間の非難があったからではなく、医学部が新設されな
くなったからです。医学部は「低成長時代」の管理職養成制度の確立に試行錯誤して
います。現在、一県一医大制度が提唱されてから、約30年がたちます。この時期に
医師不足が社会的問題になっていることは、何か運命的なものを感じます。
次回、日本の医師不足の実情について、紹介させていただきます。
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上 昌広(かみ・まさひろ)
東京大学医科学研究所 探索医療ヒューマンネットワークシステム部門:客員准教授
Home Page:
帝京大学医療情報システム研究センター:客員教授
「現場からの医療改革推進協議会」
「周産期医療の崩壊をくい止める会」
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2008年07月03日
「低炭素社会・日本」の危険がいっぱい
7日から北海道洞爺湖サミットが開催される。
9日福田首相はそれに先立ち「日本記者クラブ」において、日本からの地球温暖化対策の主要テーマのアピールを行っています。『低炭素社会・日本』をめざして」というもので、通称「福田ビジョン」といわれるものだ。
日本の温暖化対策、戦略を世界、、国内向けにアピールしている訳だが、成る程と感心しながら読み進められる内容になっている。しかし、少し振り返れば、そこには行くも地獄の展開が予想されるものが高々と主張、提案されているのが見て取れる。ビジョンには二つの懸案事項が市民権を我がものに主張している。
それは(排出量取引)と(既存先進技術の普及:再生可能エネルギー)の推進だ。
京都議定書から特に日本が実行できないで消滅率を倍増させている原因がこの排出量取引である。温暖化対策の基本理念から推し計り、排出量ビジネスに手をつけてはならないことは自明の鉄則である。その場凌ぎの拙速な排出量取引は新自由主義の終焉を地でいくようなものだ。
日本は銭金で済ませる外交政策でその後大きなしっぺ返しを強いられた記憶はついつい最近のことではないか。
次は聞こえがよい(既存先進技術の普及:再生可能エネルギー)、「次世代原子力発電技術などの技術開発ロードマップを世界で共有」するという温暖化対策戦略だ、これは既に米国と共同の米国内における原子力発電所計画が契約済みになっていることの現実論をお披露目するかたちでPRされる。米国は、度重なる原子力事故で新設工事を凍結してきて原子力発電技術が著しく遅れをとった。そこで米国は、日本の実践技術納入というかたちで、日本の原子力輸出解禁に許可を与えた。但し、世界への輸出は、米国との二人三脚でなければ輸出できない縛りを課している。
既に中国への原子力発電所建設の受注が本決まりになるという。米国の中国友好政策は温暖化対策戦略に名を借りた原子力産業の中国進出にある。
いくも地獄とは、この原子力政策一つとっても歴然とした、日本は政治、経済、文化(既に完全汚染されている)は米国なしでは立ち行かない状況が完結したことになる。
福田内閣総理大臣スピーチ
「低炭素社会・日本」をめざして(日本記者クラブにて)
気候ネットワーク:福田ビジョンへのコメント(2008/06/09)
特集:北海道洞爺湖サミット 7日開幕(その1)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【転送・転載歓迎】
洞爺湖サミットに向け発表された「福田ビジョン」、センセーショナルな「60〜80%削減」に隠れて、原子力発電に関してとんでもない記述がされています。
以下稚拙ながら、当会の抗議声明を転載します。
---------------------------------------------
【声明】 「次世代原子力発電」「途上国で導入」明記した『福田ビジョン』を、洞爺湖サミットで公言させてはならない 2008年6月10日
●6月9日、福田首相が日本記者クラブで会見を行い、洞爺湖サミットにおいて議長国を努める日本の地球温暖化対策として、「『低炭素社会・日本』をめざして」(「福田ビジョン」)を発表しました。
これに関しては、2050年までにCO2排出を「現状から60〜80%の削減する」という目標を掲げたことが、「前向き・積極的な姿勢」「数値だけが一人歩き」等々肯定的・否定的評価が入り混ざってマスメディアで大々的に伝えられております。
私たちとしては、CO2排出削減に関して、高い目標を掲げること自体は評価します。ですが、問題なのはその具体的政策です。日本は京都議定書の6%削減すら達成不可能な状況にあるのだからなおさらです。
そして、その具体的政策の中身で、今回の「福田ビジョン」では原子力発電に関してかつてなく突っ込んだ表明がなされています。
以下に示しますが、私たちはこれに強く抗議し、この様な「福田ビジョン」が洞爺湖サミットで国際公約として宣言されることのないよう、撤回・修正を求めます。
●「福田ビジョン」では「具体的政策」の中で原子力発電に関し、大きく言って以下2点の記述があります。(引用は、首相官邸HPより)
------以下引用-------------------------------
そこで、私は、革新技術の取組を一層加速するために、洞爺湖サミットにおきまして、国際機関とも連携した「環境エネルギー国際協力パートナーシップ」これを私の構想として提案したいと思っております。
これは、30年先、40年先をにらんだ革新的な太陽電池やCCS技術、次世代原子力発電技術などの技術開発ロードマップを世界で共有し、各国が自分の得意分野を分担しながら国際社会が協調して技術開発を進めていくというものであります。
------中略-----------------------------------
原子力に関しては、CO2排出ゼロという特性そしてエネルギー価格の高騰傾向を反映して、先進国のみならず途上国でも積極的に原発を導入する動きがあります。引き続き安全安心を大前提に原子力政策を推進していくとともに、こうした国際的な動きに対して、日本の優れた安全技術を提供し、核不拡散に対する厳格な姿勢を伝えていくことは、我が国に期待されている重要な役割だと考えています。
------引用ここまで---------------------------
●以下、私たちの見解
もちろん大前提として、大量の放射性廃棄物を次世代に残す原子力発電は、持続的で再生産可能なものとはとうてい云えません。ましてや事故のリスクや被曝労働の実態を直視すれば、なおさらです。
地球的規模での温暖化対策の必要性が叫ばれるのは、持続的で再生産可能な人類社会を目指すがゆえのことです。原子力の利用は、この主旨・前提から大きく逸脱するものです。
さらには、原子力が「CO2排出ゼロ」というのもまやかしです。大量の温排水による「海暖め効果」を評価すれば、地球上最大のCO2吸収源である海洋にダメージを与えることによる排出量は莫大なものになります(詳しくは、当会HP参照)。
そうしたことをふまえた上で、今回の提言で最も特徴的、かつ許せないのは、「次世代原子力発電」の技術開発を進めていく、ということが明言されたことです。
これは現在政府が押し進める「核燃料サイクル開発」を、地球温暖化対策としても位置づけるということでしょう。六ヶ所村の再処理工場の本格稼働、高速増殖炉「もんじゅ」の年内再稼働、そして先頃着工された「フルMOX原子炉」大間原発の建設に、政府が力を入れていることからもそれは容易に推察できます。
「途上国に日本の技術を供与していく」、といった文脈とあわせて考えれば、すでに国際受注競争の激しい「従来型軽水炉」分野からシフトして、高速増殖炉やMOX、フルMOX原子炉といった特殊原子炉の開発を進め、新規立地・炉建設の難しい国内に代わって「途上国」に新たな市場を求め売り込んでいく、という国−原子力産業界一体となった戦略があることも見えてきます。加えて、「核不拡散」を錦の御旗に、「再処理」と「再処理燃料の供給」を国際的に独占して、莫大な利権を得ていこうということも考えているのではないかと危惧します。
●こうした観点から、私たちは「福田ビジョン」に対し以下の点を求めます。
1、次世代原子力発電の技術開発に関する記述を削除・撤回すること
2、途上国への原子力技術供与に関する記述を削除・撤回すること
3、原子力によらない自然エネルギー開発や省エネルギー社会の実現に、積極的に取 り組むことを明記すること
STOP!劣化ウラン弾キャンペーン (文責・久保田誠)
http://stop-du.jp/
久保田 誠 makoto@matsu.kaze.com
7日から北海道洞爺湖サミットが開催される。
9日福田首相はそれに先立ち「日本記者クラブ」において、日本からの地球温暖化対策の主要テーマのアピールを行っています。『低炭素社会・日本』をめざして」というもので、通称「福田ビジョン」といわれるものだ。
日本の温暖化対策、戦略を世界、、国内向けにアピールしている訳だが、成る程と感心しながら読み進められる内容になっている。しかし、少し振り返れば、そこには行くも地獄の展開が予想されるものが高々と主張、提案されているのが見て取れる。ビジョンには二つの懸案事項が市民権を我がものに主張している。
それは(排出量取引)と(既存先進技術の普及:再生可能エネルギー)の推進だ。
京都議定書から特に日本が実行できないで消滅率を倍増させている原因がこの排出量取引である。温暖化対策の基本理念から推し計り、排出量ビジネスに手をつけてはならないことは自明の鉄則である。その場凌ぎの拙速な排出量取引は新自由主義の終焉を地でいくようなものだ。
日本は銭金で済ませる外交政策でその後大きなしっぺ返しを強いられた記憶はついつい最近のことではないか。
次は聞こえがよい(既存先進技術の普及:再生可能エネルギー)、「次世代原子力発電技術などの技術開発ロードマップを世界で共有」するという温暖化対策戦略だ、これは既に米国と共同の米国内における原子力発電所計画が契約済みになっていることの現実論をお披露目するかたちでPRされる。米国は、度重なる原子力事故で新設工事を凍結してきて原子力発電技術が著しく遅れをとった。そこで米国は、日本の実践技術納入というかたちで、日本の原子力輸出解禁に許可を与えた。但し、世界への輸出は、米国との二人三脚でなければ輸出できない縛りを課している。
既に中国への原子力発電所建設の受注が本決まりになるという。米国の中国友好政策は温暖化対策戦略に名を借りた原子力産業の中国進出にある。
いくも地獄とは、この原子力政策一つとっても歴然とした、日本は政治、経済、文化(既に完全汚染されている)は米国なしでは立ち行かない状況が完結したことになる。
福田内閣総理大臣スピーチ
「低炭素社会・日本」をめざして(日本記者クラブにて)
気候ネットワーク:福田ビジョンへのコメント(2008/06/09)
特集:北海道洞爺湖サミット 7日開幕(その1)
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【転送・転載歓迎】
洞爺湖サミットに向け発表された「福田ビジョン」、センセーショナルな「60〜80%削減」に隠れて、原子力発電に関してとんでもない記述がされています。
以下稚拙ながら、当会の抗議声明を転載します。
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【声明】 「次世代原子力発電」「途上国で導入」明記した『福田ビジョン』を、洞爺湖サミットで公言させてはならない 2008年6月10日
●6月9日、福田首相が日本記者クラブで会見を行い、洞爺湖サミットにおいて議長国を努める日本の地球温暖化対策として、「『低炭素社会・日本』をめざして」(「福田ビジョン」)を発表しました。
これに関しては、2050年までにCO2排出を「現状から60〜80%の削減する」という目標を掲げたことが、「前向き・積極的な姿勢」「数値だけが一人歩き」等々肯定的・否定的評価が入り混ざってマスメディアで大々的に伝えられております。
私たちとしては、CO2排出削減に関して、高い目標を掲げること自体は評価します。ですが、問題なのはその具体的政策です。日本は京都議定書の6%削減すら達成不可能な状況にあるのだからなおさらです。
そして、その具体的政策の中身で、今回の「福田ビジョン」では原子力発電に関してかつてなく突っ込んだ表明がなされています。
以下に示しますが、私たちはこれに強く抗議し、この様な「福田ビジョン」が洞爺湖サミットで国際公約として宣言されることのないよう、撤回・修正を求めます。
●「福田ビジョン」では「具体的政策」の中で原子力発電に関し、大きく言って以下2点の記述があります。(引用は、首相官邸HPより)
------以下引用-------------------------------
そこで、私は、革新技術の取組を一層加速するために、洞爺湖サミットにおきまして、国際機関とも連携した「環境エネルギー国際協力パートナーシップ」これを私の構想として提案したいと思っております。
これは、30年先、40年先をにらんだ革新的な太陽電池やCCS技術、次世代原子力発電技術などの技術開発ロードマップを世界で共有し、各国が自分の得意分野を分担しながら国際社会が協調して技術開発を進めていくというものであります。
------中略-----------------------------------
原子力に関しては、CO2排出ゼロという特性そしてエネルギー価格の高騰傾向を反映して、先進国のみならず途上国でも積極的に原発を導入する動きがあります。引き続き安全安心を大前提に原子力政策を推進していくとともに、こうした国際的な動きに対して、日本の優れた安全技術を提供し、核不拡散に対する厳格な姿勢を伝えていくことは、我が国に期待されている重要な役割だと考えています。
------引用ここまで---------------------------
●以下、私たちの見解
もちろん大前提として、大量の放射性廃棄物を次世代に残す原子力発電は、持続的で再生産可能なものとはとうてい云えません。ましてや事故のリスクや被曝労働の実態を直視すれば、なおさらです。
地球的規模での温暖化対策の必要性が叫ばれるのは、持続的で再生産可能な人類社会を目指すがゆえのことです。原子力の利用は、この主旨・前提から大きく逸脱するものです。
さらには、原子力が「CO2排出ゼロ」というのもまやかしです。大量の温排水による「海暖め効果」を評価すれば、地球上最大のCO2吸収源である海洋にダメージを与えることによる排出量は莫大なものになります(詳しくは、当会HP参照)。
そうしたことをふまえた上で、今回の提言で最も特徴的、かつ許せないのは、「次世代原子力発電」の技術開発を進めていく、ということが明言されたことです。
これは現在政府が押し進める「核燃料サイクル開発」を、地球温暖化対策としても位置づけるということでしょう。六ヶ所村の再処理工場の本格稼働、高速増殖炉「もんじゅ」の年内再稼働、そして先頃着工された「フルMOX原子炉」大間原発の建設に、政府が力を入れていることからもそれは容易に推察できます。
「途上国に日本の技術を供与していく」、といった文脈とあわせて考えれば、すでに国際受注競争の激しい「従来型軽水炉」分野からシフトして、高速増殖炉やMOX、フルMOX原子炉といった特殊原子炉の開発を進め、新規立地・炉建設の難しい国内に代わって「途上国」に新たな市場を求め売り込んでいく、という国−原子力産業界一体となった戦略があることも見えてきます。加えて、「核不拡散」を錦の御旗に、「再処理」と「再処理燃料の供給」を国際的に独占して、莫大な利権を得ていこうということも考えているのではないかと危惧します。
●こうした観点から、私たちは「福田ビジョン」に対し以下の点を求めます。
1、次世代原子力発電の技術開発に関する記述を削除・撤回すること
2、途上国への原子力技術供与に関する記述を削除・撤回すること
3、原子力によらない自然エネルギー開発や省エネルギー社会の実現に、積極的に取 り組むことを明記すること
STOP!劣化ウラン弾キャンペーン (文責・久保田誠)
http://stop-du.jp/
久保田 誠 makoto@matsu.kaze.com