流動2001

社会情勢論考サイト

2012年01月

香山リカは高みの見物と洒落込んだ方がよい2

冒頭で「議論がかみ合っていないやや拍子抜けの感があった。」と書いたが、それは橋下氏と香山氏の社会変革に賭ける発想の違い、社会構造を支える諸々の時間軸の捉え方の違いによるものだと考えられる。香山氏は『「まず大きな問いから」という姿勢』を基盤においているが、このマイケル・サンデル教授流の民主的議論をより透明化する作業において、現実的にその延長線上にあった筈の民主党による「政権交代」が、具体的に国民を見事に欺くものであってみれば、その体験からして『「まず大きな問いから」という姿勢』にはならないというのがこれまた現実であり人間社会であろう。ここを香山氏はきっちりと押さえないと常に机上の空論化現象に終始する、反って政治の空白を生むことを認識するべきである。

政治行政において、安全、安心を求めること自体、現実社会とガチンコ対決を回避する姿勢だと批判されても致し方ない。

香山氏の主張する、『目指すべき「より良い社会」とは何か』、さらに『「どういう社会を創るための改革か」を示す義務がある』というのは、学者の正論であっても、必ずしも政治家の第一義的仕事ではない。今、目の前で癒着、搾取している集団等があれば、先ずそれを潰す、また、それにより市民が不利益、不具合を強いられている場合は尚更のことである。

政治権力が明確なビジョンを示す、政治力学を支える哲学、イデオロギーが健全でなければならないのは香山氏の主張の通りである。しかし、歴史のある危機的狭間にあって、イデオロギーの崩壊、絵に描いた「ビジョン」も示されない現実はいつの世の中にもあった筈だ。ポピュリズムがさらなる間違った方向性を助長する懸念は理解できるが、方向性を変えるには橋下氏の「不連続のチャレンジ」も今必要とされていると知るべきである。

さらに、香山氏は「グレート・リセット」という言葉を最大限、多義的に理解する努力も必要である。橋下氏は少なくとも大阪市民に対して、市民自らの「グレート・リセット」を強要している、また、そうでなければ「政権交代」の二の舞いになる、それこそ笑いものになること必致である。

(つづく)

香山リカは高みの見物と洒落込んだ方がよい

田原総一郎『朝まで生テレビ』の討論番組での橋下氏と香山リカ氏の直接対決が話題を呼んでいる。私もその一部を見たが、討論内容は、前からと変わりのない段違い平行棒の論戦で議論がかみ合っていないやや拍子抜けの感があった。

橋下政治の手法は、限られた任期でどれだけの改革が現実的に行われるかという一点に尽きるもので、今回首長に選んだ市民もそれに賭けている、また、本人自身も興味津津で中味よりも実現の勝ち負けに熱情を注いでいる、個人的性格が前面に出ているようにみえる。別段、大いに結構なことだが。

香山氏の批判は、橋下政治は権力者として独善的手法が先行して新自由主義の陥る負の政治結果に結びつく恐れを指摘している。即ち、『変化を訴える前に、目指すべき社会像を語るべき』、『「どういう社会を創るための改革か」を示す義務がある』と問質している。

香山氏は、『目指すべき「より良い社会」とは何か』を市民に提示して、テーブルにきっちりのせたうえで有権者ならびに有識者、評論家等の議論を得るプロセスが絶対条件的に必要だと主張している。

確かに10年前ごろにはこの民主的プロセスが一時的にせよ活かされた時期があったように考えられる。しかし、一昔が5年から3年という時間軸になった社会構造においては、政治スローガン、イデオロギー、今はマニフェストといった政党、政治家の理想論は、ことごとく変質、実現できないものとして市民に具現され、選挙を隠れ蓑とした政治稼業の図式化になり果てている。そして、それを助長する伝統官僚システムが政治家より以上の権力集団化して、自由主義における特殊な官僚社会主義と変貌しているのが現実である。

(つづく)

「皇位継承問題を考える」を考える

ブログ「霞が関公務員の日常」様の最近のテーマは、「女性宮家創設問題」に因んでの女系天皇への賛成、反対論についての考察になっている。26日はまとめを述べている。下記にその見解を紹介する。

 『まとめると、賛成派は戦後改革に肯定的で、天皇は皇族ファミリーの長で、日本国の本質は国民の総意で運営される国。
 反対派は戦後改革に否定的で、天皇は国家の中心にある位で、日本国の本質は1500年を超える歴史と伝統を持つ国。』

この文言だけでは、筆者の真意が計りきれないニュアンスが残る、女系天皇賛成派としての確実性ある理由に乏しいように感じられる。ブログの筆者は70年代出生とある、『天皇は皇族ファミリーの長で、日本国の本質は国民の総意で運営される国』と指摘するその意味の解釈が戦後生まれの私と誤解を招くものになっているように考えられる。

1月24日 政治ニュース

【流動2001正論】
政治家、マスコミ、国民もずるずる
24日池田信夫ブログは『翼賛体制で始まる「新たな戦前」』のタイトルになっている。抜本的な財政再建を軌道に乗せるには、数値10%目標では直ぐに頭打ちになり、棚上げされている年金改革がこのままずるずると実施されればたちまちアウトになる現実に対して、政党、マスコミ、国民も知らんぷりを決め込んでいると揶揄している内容だ。従って翼賛体制で始まるという指摘だ。

池田氏の見解は大雑把な指摘だが妥当である。さらに、50歳以上の有権者の「これからもどうにかうまくいくだろう」という他力民族主観の背景、時代状況の指摘も歴史性をよくみている。なかなか払拭できない、「やってみなければわからん」という非合理性、危険に対する不感症も、開き直りの芸に堪能しているかのようで唖然とするのだが、政治家、官僚等の抜本的境遇見直しが現実とならない限り御上が安泰なのだから、国民も何となくやって活けるのではないかと疑心暗鬼を生じないズルズルになっているのではないだろうか。

このズルズルの状況に閉じ込められた陥没世代が、もう一度「戦争」が起こればよいと叫んだその短絡反応が実にしみじみと解るような心層風景だ。

翼賛体制で始まる「新たな戦前」
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51769799.html

1月23日 政治ニュース

【流動2001正論】
「戒告も慎重に」
厳しい断固とした処置を強行した場合、服従習慣が強まり不起立は激減するだろう。しかし根絶できるとは限らないし、その過程で今より以上に混乱が生じる可能性はある。この状況は教育現場としては良くない禍根をさらに残すことになるだろう。

それよりも、「戒告も慎重に」とあるように、少数意見の尊重を教育現場で残すことによって、国旗国歌に対する歴史認識を見つめ直すプロセスを確保することが重要だと考える。こういった環境を絶滅させることは、偏に元の木阿彌となり方向性を見間違う結果を招く恐れにつながる。

「国旗国歌」に対する歴史認識を深める為にも、各組長は大きな度量での裁量権を最大限に活かし対処することが望まれる。「不起立」も一つの教育の機会だとの認識を新たにもつことは貴重な体験である筈だ。戦後の歴史的実践を抹消してはならない。

国旗国歌判決 「不起立は厳しく」と産・読 朝・毎・東は「戒告も慎重に」
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120123/edc12012307440001-n1.htm

1月21日 政治ニュース

【流動2001正論】
「日米同盟」は「トモダチ同盟」か
17日ブロゴスに記事『SPEEDI』が掲載されている。「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」の試算結果が国民より先に米軍に伝えられていたというニュースについて書かれたものだ。「トモダチ作戦」の裏事情の現実でショッキングに伝えられていた訳だが。これは別段驚きではない。

記事の筆者は、その後の米軍の調査情報が全くフィードバックされない現実について日米関係の背景を憂いているような内容になっている。しかし、今回の原発事故調査情報に限らず、以前から日米同盟とは関係なく、米国は日本をスパイしていることは周知の事実であり、米国にしてみれば極めて自然な当たり前のことだと私たちは思っている。

「日米同盟の深化」は、何もかも米国が日本の為にあるという状況を提供している訳ではないし、結論的には日本の錯覚に過ぎない。国民も日米神話を頑なに守り続けているし、米国に負け続けることが日本人の平安を遺伝子化するに至っているのが現実である。政府と官僚も摩擦材料を出来るだけ作らずひたすら隷従する、これが正しい選択だと暗黙の了解になっている。

従って、米軍の独自調査を共有する要求などしない方がよいと考えている。今の現実の「日米同盟」は、余程の暴力がない限り忍耐が離婚を想起させないのと同じ構図になっているのが実態だ。

自尊心と平安な生活を考えれば当然、生活優先を考えるのは民族性に適ったことかもしれない。私は45年間「日米同盟」破棄、見直しを口にしてきたが、その都度、知人が遠くになっていく現実を繰り返してきた。しかし、相変わらずきっちり言わせてもらう。1日も早く「日米同盟」を解消したほうがよい。日本の国益に遠からず適うだろう。

SPEEDI
http://downing13.exblog.jp/17233300/

1月18日 政治ニュース

【流動2001正論】
河野談話は見直す必要がない
問題は軍による民間業者への決定的要請に基づく目的意識が明確だという点にある。池田氏と多くの否定論者のいうところの「従軍慰安婦」の呼称ならびに「軍」の直接指揮下にあった事実はないことを認めたとしても、侵略下での強制雇用は、軍の直轄でなくても民間であっても、強制雇用された者にとっては、侵略者の言いなりに従わざるを得ないのは極めて当然なことで、民間も軍もどちらでもよい、同じだという判断に至るのは不思議なことではない。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の如く、「日本」をいつまでも憎いのは分る話である。広義の強制論は払拭できるものではない。その意味で、戦争は軍人と婦女子、老人と赤ん坊を含む被害者をつくり出す悲劇の連鎖現象を起こす「悪」の元凶なのだ。

河野談話について、『事実関係を研究し、客観的に科学的な知識を収集して考えるべきではないか』、を前提にするその前に、呪わしい戦争を語るには、『客観的に科学的な知識を収集して考えるべき』、だが出来ないのが状況的人間の性だということを先ず知ることが先決である。これを前提にすれば池田氏の主張、「河野談話は見直しが必要だ」というような短絡的な反動的見解は出てこない筈だ。

河野談話は見直しが必要だ
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51292586.html

新連載【転換期の日本から】――今ふたたび「慰安婦」問題を考える(1) 「日韓のとげ」
http://astand.asahi.com/magazine/wrpolitics/special/2011121200015.html

1月11日 政治ニュース

【流動2001正論】
女性宮家創設問題
11日ニュースアンカーで青山繁晴氏は、女性天皇、女系天皇反対を主張したが、代替案として旧宮家復活を訴えた。時代錯誤も甚だしい。天皇家せっかくの公的家系の機会を奪うような発言だ。

1月9日 政治ニュース

【流動2001正論】
時代錯誤回期現象
7、8日の共同通信世論調査によると、自民党が初めて約2ポイント民主党をリードしている。政権交代の悪夢からいよいよ回帰現象が目立ち始めてきた感じだ。次期衆院選は、仕方ないから「自民党」になる方向付けができそうだ。但し、現実は民主党解体、自民党分裂方向で串団子状態になる為、国民には何ともうんざり選挙になる。

時代錯誤回期現象は、『「女性宮家」創設問題について「つくる方がよい」との回答が65・5%。』、民主党政権公約を破棄した八ツ場ダム(群馬県)建設再開に対して、「納得できない」は58・7%にはどう考えても国民の理解に納得できない。そう言えば、大阪の新首長にも一部その現象がみられる。

民主主義の成熟、資本主義の安定を真に受けた私たちが錯覚していたのだろうか。

内閣不支持50%超と逆転 共同通信世論調査
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201201090056.html
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