NHKは「これまでも、これからもNHKは公共放送です」と騙し続ける

3月20日に受信料義務化が見送られたことで安堵しているが、今のNHKの体質からすれば9月の経営方針見直しで簡単に妥協することが考えられる。受信料を義務化するということは、即ち、公共放送に徹するということであるが、肝心の「公共」の意味がNHKも政府も理解できていない。従って、改正案に出された両者の損得勘定の打算性でしか議論が展開されない為に空転した。次にくるのは政治圧力による痛みわけから屈服への道程となるだけだ。

NHKは今の日本の現況を熟知して戦前、戦後を脱却しなければならない。自らもつNHKメディアの特殊的意義を検討すれば展望が見えてくる。そして、軸足ではなく、両足を国民か政府のどちらに置くかを決めれば運営は然程難しいものでない筈だ。

実は問題を複雑化させている根本的な理由は国民自らにある。国民が受信料を支払っているにも拘わらず、NHKを国営放送と思い、国営を「公共」と勘違いしていることがそもそもの出口なしの袋小路にしている。日本人は「公共」に対する認識を「御上」と置き換えることの利便性で近代化を促進させた為に、未だにその御利益に便乗しようとしている。

日本人は、「公共」を担保する自由、普遍性、独立性という面倒な解釈を持ちたがらない一種民族的特異性を重宝している。「うまくいってきたではないか」という腰掛を依然として使用したい訳だ。変化は労力を伴う、しかし、それも必要な時があることを今の時代は要求している。

NHKは受信料義務化に住基ネットを利用したいと考えるところに御上意識が今でも明白に表れている。これまでも、これからも「大本営発表」をすると決めているのであれば、きっぱりと国民から受信料を取らず、国営放送を名乗ればよいのである。受信料の義務化で経営再建するのであれば、国民に先ず、「公共放送」の前提である「独立性」を担保する説明から始めなければならない。これがなければ現況の国民の多様なニーズに応えることは出来ない。
受信料拒否が増えることがあっても減ることはない。