2006年10月09日
北朝鮮核宣言と安倍首相訪中
8日安倍首相の訪中は正に的中したと、先ずはその外交判断を認めよう。また、先立って小池首相補佐官は訪米してハドリー安全保障担当と会談、定例化に向けた方針を素早く設定した。先ずは幸先の良い船出であり、国会での危なっかしい初党首討論とは雲仙の差である。そして、6日国連安保理で対北朝鮮議長声明を採択した早業は絶妙のタイミングであったと言える。9月23日、日中外務次官級の総合政策対話で日本側から8日指定の訪中打診を行っていた、その成果である。首相就任前から外交が不安材料の筆頭に挙げられていたが、案外そうでないかもしれない。このままだと誉め殺し的になるので本題に移る。
超鷹派ボルトン発言
6日午後4時以後の朝日テレビ番組「ムーブ」で、司会者が北朝鮮核実験宣言について米国の国連大使ボルトン氏の「核実験を強行すれば、安保理とは関係なく、米国はこれまでの制裁処置とは関係ない、それ以上の断固とした処置をとる」という発言を紹介して朝日お抱え評論トリオの一人である宮崎哲弥氏にコメントを求めた。宮崎氏は真顔で、「北朝鮮核施設等へのピンポイント攻撃を示唆したものでかなり信憑性ある表明であり、その場合、韓国、日本への北朝鮮の報復攻撃もあると想定しておくことが必要かも」という発言を行った。また、他の二人もこれに同調する発言をした。若干バラエティーショーと化したトリオではあるが、しかし、極めて信憑性の高い現実的起こりうるであろうと受け取ってしまう視聴者の多い午後の茶の間番組であってみれば単なるバラエティーですと言って笑ってもいられない。トラウマに襲われる与党を支える視聴者の安倍首相への膨らむ期待と裏腹に、この宣言で私達の牽制が全く吹っ飛んでしまうことになった。これでまたもや靖国問題が棚上げされ、安倍首相の順風満帆の訪中という出来過ぎたシナリオに黙視せざるを得ない状況に残念ながらなってしまった。従って、朝日テレビのトリオ諸氏の発言の罪は重い。さらに、米国のネオコン超鷹派であり、米国世論で全く無視されているボルトン国連大使の発言を紹介するのも、局の番組制作層の質の悪辣さを物語っている。刺激的でさえあれば視聴者を取れるという単純な情け無いこの手のマスコミが喜ぶ発言に終始する評論家、インテリ層偏重の社会構造は戦後61年経っても全くその質的転換が出来ないまま今日に至っている状況が今回も安倍政権を支える構造になってしまった。
報道、言論は自由だがより真実を模索する意味において、主張に対する補足説明をして初めて情報になることぐらいは知識人でなくても認識の範疇である。
国内で非難、叱責を強めても、敵陣国へ行くとなればころっと心様変わりの応援に転じてしまうのが日本人、人間である、「安倍頑張れ」になる。国内で問題が勃発、噴出すればそれを外国へ向けてやる、訪問国の中国もお家芸とするところであるが、何処も同じ理念空洞型社会展望論に終始しているのが人間社会だと今さらながら思い知らされても、尚それでも安倍首相訪中を傍らで訝しく思うのは私だけではないだろう。
そこで、問題を明確にしておこう。そもそも訪中の主目的は、小泉政権での政冷経熱の正常化を促進する為の靖国参拝に対する所信表明の必要その発露であった筈だ。思い出して頂きたい、8月15日小泉首相靖国参拝での中国側反応は私達が反対、阻止運動を最大限に盛り上げたにも拘らず、興ざめする政治的反応でしかなかった。そして、小泉首相参拝問題は「心の問題」の領域に置き換え、且つ摩り替えられて手の届かない「個人」の安息に逃げ込まれる結果になってしまった。安倍陣営はこの中国側反応を機敏に察知してこの雰囲気のあるうちに「8月15日靖国参拝はしない」という免罪符を持参すれば一気に外交正常化を実現させられるという、先ずはお土産つきお手柄外交を実現できるという狙いを定めた。しかし、ことは北朝鮮核実験宣言に対する安保理議長声明が主役となり、中国、韓国を見方に北朝鮮囲い込み談議、6カ国協議への復帰に話題沸騰となるのだから安倍首相にとっては、笑いがとまらない。渡りに船、カバン一杯の訪中になった訳である。これで一部ブレーン筋から謝罪外交の謗りを受けなくても良くなったというのだから歴史の時間軸とは面白いものである。得てしてこのような場合、時の女神は権力側に微笑むものであることが又もや証明された訳だ。歴史は私達に味方しそうにもないことがこれでも証明された訳である。
安倍首相の靖国参拝に「行くか行かないかを言わない」方針(6月30日5人組ブレーンの決定)は中国に対しての一定の配慮と理解されたのだから所変われば品変るで、お国柄とは解らないものだ。日本ではこれほど公人として、また一国の首相としての責任が問われる言動はないのだが。
繰返すが、安倍首相の訪中目的は、当初は靖国参拝に対する理解を得る為のもので、それに依る北朝鮮包囲網であることを忘れてはならない。韓国、中国からバッシングが途絶えたといって、私達日本人は安堵仕勝ちであるが、この繰り返しでは何ら戦後責任論の深化が見られず仕舞いで責任先送り、挙句はその意味の拡散、離散的状況を自らつくり、致し方ない、過去よりも深刻なのは現在であり、今後どうあるべきか論に転居し続けることの繰り返しになること必至である。従って、帰国しての17日から20日の午前6時から午後8時までの昇殿参拝が出来る秋季例大祭には、必ず行くと見て最大限の注視、監視を怠ってはならない。靖国神社そのもの自体がもはや崩壊へと模索する状況に至りつつある。しかし、方向性は私達が模索しなければならない理由がある。それは、基本的には日本人の戦争に対する問題であるからだ。従って、安倍首相靖国参拝に対しては更なる衆目を集め参拝を問題(平和の声NO302・靖国信奉の虚)にしなければならない。
(平和の声 通信【格物致知】2006年10月9日)
超鷹派ボルトン発言
6日午後4時以後の朝日テレビ番組「ムーブ」で、司会者が北朝鮮核実験宣言について米国の国連大使ボルトン氏の「核実験を強行すれば、安保理とは関係なく、米国はこれまでの制裁処置とは関係ない、それ以上の断固とした処置をとる」という発言を紹介して朝日お抱え評論トリオの一人である宮崎哲弥氏にコメントを求めた。宮崎氏は真顔で、「北朝鮮核施設等へのピンポイント攻撃を示唆したものでかなり信憑性ある表明であり、その場合、韓国、日本への北朝鮮の報復攻撃もあると想定しておくことが必要かも」という発言を行った。また、他の二人もこれに同調する発言をした。若干バラエティーショーと化したトリオではあるが、しかし、極めて信憑性の高い現実的起こりうるであろうと受け取ってしまう視聴者の多い午後の茶の間番組であってみれば単なるバラエティーですと言って笑ってもいられない。トラウマに襲われる与党を支える視聴者の安倍首相への膨らむ期待と裏腹に、この宣言で私達の牽制が全く吹っ飛んでしまうことになった。これでまたもや靖国問題が棚上げされ、安倍首相の順風満帆の訪中という出来過ぎたシナリオに黙視せざるを得ない状況に残念ながらなってしまった。従って、朝日テレビのトリオ諸氏の発言の罪は重い。さらに、米国のネオコン超鷹派であり、米国世論で全く無視されているボルトン国連大使の発言を紹介するのも、局の番組制作層の質の悪辣さを物語っている。刺激的でさえあれば視聴者を取れるという単純な情け無いこの手のマスコミが喜ぶ発言に終始する評論家、インテリ層偏重の社会構造は戦後61年経っても全くその質的転換が出来ないまま今日に至っている状況が今回も安倍政権を支える構造になってしまった。
報道、言論は自由だがより真実を模索する意味において、主張に対する補足説明をして初めて情報になることぐらいは知識人でなくても認識の範疇である。
国内で非難、叱責を強めても、敵陣国へ行くとなればころっと心様変わりの応援に転じてしまうのが日本人、人間である、「安倍頑張れ」になる。国内で問題が勃発、噴出すればそれを外国へ向けてやる、訪問国の中国もお家芸とするところであるが、何処も同じ理念空洞型社会展望論に終始しているのが人間社会だと今さらながら思い知らされても、尚それでも安倍首相訪中を傍らで訝しく思うのは私だけではないだろう。
そこで、問題を明確にしておこう。そもそも訪中の主目的は、小泉政権での政冷経熱の正常化を促進する為の靖国参拝に対する所信表明の必要その発露であった筈だ。思い出して頂きたい、8月15日小泉首相靖国参拝での中国側反応は私達が反対、阻止運動を最大限に盛り上げたにも拘らず、興ざめする政治的反応でしかなかった。そして、小泉首相参拝問題は「心の問題」の領域に置き換え、且つ摩り替えられて手の届かない「個人」の安息に逃げ込まれる結果になってしまった。安倍陣営はこの中国側反応を機敏に察知してこの雰囲気のあるうちに「8月15日靖国参拝はしない」という免罪符を持参すれば一気に外交正常化を実現させられるという、先ずはお土産つきお手柄外交を実現できるという狙いを定めた。しかし、ことは北朝鮮核実験宣言に対する安保理議長声明が主役となり、中国、韓国を見方に北朝鮮囲い込み談議、6カ国協議への復帰に話題沸騰となるのだから安倍首相にとっては、笑いがとまらない。渡りに船、カバン一杯の訪中になった訳である。これで一部ブレーン筋から謝罪外交の謗りを受けなくても良くなったというのだから歴史の時間軸とは面白いものである。得てしてこのような場合、時の女神は権力側に微笑むものであることが又もや証明された訳だ。歴史は私達に味方しそうにもないことがこれでも証明された訳である。
安倍首相の靖国参拝に「行くか行かないかを言わない」方針(6月30日5人組ブレーンの決定)は中国に対しての一定の配慮と理解されたのだから所変われば品変るで、お国柄とは解らないものだ。日本ではこれほど公人として、また一国の首相としての責任が問われる言動はないのだが。
繰返すが、安倍首相の訪中目的は、当初は靖国参拝に対する理解を得る為のもので、それに依る北朝鮮包囲網であることを忘れてはならない。韓国、中国からバッシングが途絶えたといって、私達日本人は安堵仕勝ちであるが、この繰り返しでは何ら戦後責任論の深化が見られず仕舞いで責任先送り、挙句はその意味の拡散、離散的状況を自らつくり、致し方ない、過去よりも深刻なのは現在であり、今後どうあるべきか論に転居し続けることの繰り返しになること必至である。従って、帰国しての17日から20日の午前6時から午後8時までの昇殿参拝が出来る秋季例大祭には、必ず行くと見て最大限の注視、監視を怠ってはならない。靖国神社そのもの自体がもはや崩壊へと模索する状況に至りつつある。しかし、方向性は私達が模索しなければならない理由がある。それは、基本的には日本人の戦争に対する問題であるからだ。従って、安倍首相靖国参拝に対しては更なる衆目を集め参拝を問題(平和の声NO302・靖国信奉の虚)にしなければならない。
(平和の声 通信【格物致知】2006年10月9日)