朝日新聞 ぬるま湯でのガス抜き

1年前にNHK「女性戦犯国際法廷」番組改竄問題があった、もはや過去になりつつあるが。自民党の安倍晋三・中川昭一両議員が放送直前にNHK幹部に介入したという内容の告発者があらわれ,朝日新聞が報道,以後NHK・朝日新聞、政治家の三つ巴論争になった問題である。
 近年、朝日新聞は、18年前の右翼による阪神支局襲撃事件から今日まで、右傾退潮は止まることなく言わずと知れた周知ごとになっている。NHK番組改竄問題も何となく後味の悪い終焉の方向性をとった。国民に対して、「正義」を煙に巻いた容となった。金融業との関わり等、何かにつけて狙われ易い体質は筋金入りかも知れない。
 
お家事情は兎も角として、マスコミにおける新聞社の見識は、やはり国民の知る権利に対して十分な配慮とまた自己目的でなければならない。また、使命的見地から理性的展望の判断を要求される、そしてその一つに社説がある。新聞社の顔、考えていることとして解釈される。
 
20日の「社説」はたまたま産経新聞と同じ「在日米軍再編」の問題を扱っていた。タイトルは「米軍再編 説得力が欠けている」、国民に説明責任を果たせと説いている。裏返せば、そうすれば国民は納得するし朝日新聞も認めるというものである。確かに日米同盟、安保協定は国民に完全に馴染んできてはいる、同化しているとも言える。それは自衛隊が軍隊と同等程度であっても然りという理解度において覆すことができない状況でもある。しかし、問題は、政府が国民に対して、米軍再編に伴い安全保障政策がどのように変わるかの代弁などではなく(既に政府は10月29日「米軍再編中間報告」で詳細に国民に知らしめている)、再編が国民に与えるデメリット、アメリカと共有しなければならない世界的危険の程度を検証して示すことである。

問題の門前逃避が終始する昨今の朝日新聞は、マスコミの背負うべきモラルが欠如していると指摘されても反論できない状況を自ら創っている。朝日新聞よ、気概をもって言論の自由を闊歩するように願う。
                 水と森と平和の声・通信 NO232(06年1月21日)