2006年02月05日
田原総一郎の反省
「堀江容疑者の犯罪性を見抜けなかった」ことについて田原氏は、2月3日産経新聞朝刊2面で、異例の反省問答の形でインタビューに応じている。「反省」は田原氏自ら最近よく使う言葉である。そういうこともあって、近年論じられるマスコミのあり方についての批判を謙虚に受け止めているかたちを表明したものであろう。
マスコミの天皇といわれる表明はそれなりのインパクトあるものと解釈したいところである、が。しかし、最近の田原氏の言動は、現政権追認、推進的発言に終始するところが目立っているように思われる。今回の反省インタビュー記事からも窺われるのは、自民党と経団連の失策を、構造改革的に評価している文言からもそうなっている。そして、『やっと、景気も株価も上向いてきたのに、時代を戻してはいけない』と結んでいる。
小泉首相の口癖「改革を止めてはならない」と同じ論調である。『大いに反省している』とあるが、何をどう反省したのかが全く伝わってこない発言要旨になっている。私はこうなっている理由の一つに、マスコミならびに田原氏が社会的価値基準の変換に翻弄され、マスコミ人としてその聖職的理念の構築が瓦礫したことの認識欠如が災いしていると推察する。相変わらずマスコミは「権力」であることの認識を問い直そうとしないところが起因していると考える。組織的権力は周辺本人にとってみれば、これほど心地よいものはないからだろう。
原点回帰は難しいが、そうでなければ「変革」の言葉すら生まれてはこない。そんな生易しい状況ではないことを、先輩諸氏は先刻ご承知の筈だが。
マスコミの天皇といわれる表明はそれなりのインパクトあるものと解釈したいところである、が。しかし、最近の田原氏の言動は、現政権追認、推進的発言に終始するところが目立っているように思われる。今回の反省インタビュー記事からも窺われるのは、自民党と経団連の失策を、構造改革的に評価している文言からもそうなっている。そして、『やっと、景気も株価も上向いてきたのに、時代を戻してはいけない』と結んでいる。
小泉首相の口癖「改革を止めてはならない」と同じ論調である。『大いに反省している』とあるが、何をどう反省したのかが全く伝わってこない発言要旨になっている。私はこうなっている理由の一つに、マスコミならびに田原氏が社会的価値基準の変換に翻弄され、マスコミ人としてその聖職的理念の構築が瓦礫したことの認識欠如が災いしていると推察する。相変わらずマスコミは「権力」であることの認識を問い直そうとしないところが起因していると考える。組織的権力は周辺本人にとってみれば、これほど心地よいものはないからだろう。
原点回帰は難しいが、そうでなければ「変革」の言葉すら生まれてはこない。そんな生易しい状況ではないことを、先輩諸氏は先刻ご承知の筈だが。