平和は夢か

先日、瀬戸内氏の近況について報告文を出しました。本日16日の毎日新聞「時代の風」欄に氏の随想「平和の夢のあとに想う」が掲載されています。前回に続き何かの縁だと思います。氏の心境が語られている随想の紹介と、私の致知するところを書いてみました。

 久々に氏が得度の式をあげた平泉中尊寺に詣った時の随想です。話の基盤は、清原清衡の政治目的、「平和と文化」を求めた中尊寺建立の背景が述べられています。そして、テレビで御馴染みの義経伝説の為に、平和は保たれなかった、というお話です。そして、平和を守ることがいかに至難の業かと思いあぐねている時の悟りが、『人間の命と、平和のもろさを、はかないと言い捨てにしきれない想いで、私はひっそりと立ちつくしていた。』で終っています。中尊寺での氏の溜息に、私は、戦後60年の日本を憂い、平和を守ることが難しくても、それを願う心は永遠にあり続けると読みました。さらに、現在の日本はもはや平和でないことが語られていると理解しました。

私は近年、憲法前文第2項に定められている「平和的生存権」が侵されていると日々痛切に感じています。だから、9条を守ることを願うだけでなない、運動が条文化しない生き在を模索することが求められていると考えています。
 以上が瀬戸内氏の随想についての私心です。

                 平和の声・通信 NO203(05.10.16)