16日 日米首脳会談・京都

05年10月は日本の安全保障を考える意味において、戦後もっともスキャンダルな月日であったと言える。それは、28日の自民党新憲法草案の発表ならびに在日米軍再編の中間報告の内容である。特に、在日米軍再編については議論が全くないままに内容が決定されたことは、戦後最大の汚点の一つになる。

日米安保条約が破綻している現況(1.在日米軍のお陰で日本の平和が脅かされている。2.極東の安全と平和に寄与していない。)を誰も口にしない状況はもはや安全保障の常軌を逸脱しているにも拘らず、在日米軍再編の合意である。検証することもなく、米軍にとってもはや足かせになりつつある形骸化した日米安保条約を日本が自らしがみつく構図は決定的に外交という政治形態を喪失もしくは麻痺させている。

致命傷でつける薬がない、もはや国家の体を成していない。日本の独立と安全は完全に靖国問題と拉致問題にすり替えられている。国民の民意はどこに往ってしまったのか。この問いすら煩わしくなってきた日本に、もはやかつての「平和ボケ」という言葉は通用しない。解体された平和の屍が漂う狭間に浮揚する民族性に天下国家など語る力量が残っているとはとても考えられない、如何なものか。