カフカへの記憶

40年前の記憶は殆ど定かではないと思いながら、「カフカとフェリーツェ・絆を解かれた恋人たち」(4月7日・朝日新聞)と題された記事の特集欄に目を通した。小説「城」についてのエッセイ風のものである。

14年かけて臨時雇いから秘書官主任へ昇進し、40歳で亡くなるまでの4人の恋人たちについてエッセイで紹介されている。
フェリーツェは約5年間で2度婚約を交わし、破綻を繰返した恋人である。そう言えば、年齢的に私にも婚約こそしなかったが恋愛はあった。

「城」を読んだ限りにおいては、沈着、孤独、前途がイメージできない、素朴な自己の存在を振り返らせる物語で現代版組織論の一端を担っていた。
「孤独と障壁」のイメージで、当時流行していたサルトル流孤独と符合するかたちで理解も出来たし、小説として楽しむこともできた。さらにカフカの孤独の広さと深さに自分を置き換えてみたりもした。

昇進欲と恋愛願望を考えると、カフカは私が想像した以上にエネルギッシュな男だった。孤独とは対極的な存在を体現していた。病の不安は誰にでも普遍のものだ。病を境に心の振幅が最大限に振子することは珍しいことではない。

19歳年下の恋人と同居、恋人に看取られ最期の息を引き取ったとあるが、社会の形式から開放された愛の成就を自ら体現することで、未完の小説にピリオドを打ったと思いたい。