2004年11月28日
自然との共存
2004年の新潟水害に始まる、台風による全国的な洪水被害は近年の洪水対策論議を一瞬にして決壊させてしまった。自然の破壊に議論の余地を与えず、自然の変様そのものが自然であることを再認識することを思い知らされたといえる。
新潟水害における死者15名の現実を目の当りにして、大熊教授は「今回の事態は、日本の河川工学はいまだ未熟」と言ってのけたが、しかし「日本の河川工学の破綻」と切り捨てた方もいる。何れにせよ、今回の事態で「ダム神話」は崩壊した。その事実を認める原点に立って河川整備を考えないと今後の洪水対策は語れなくなった。それが教訓というものである。被害に遭われた方々の歴史的賜り物と真摯に受け止めなければならない。
現実はどうか。
7月の福井水害で注目された10月6日の「九頭竜川流域委員会」において、国土省は「豪雨災害を防ぐには足羽川ダムが必要。治水容量も現計画の1・9倍に増やさなければ」と力説した。また、8月末の台風16号での肱川水害では、四国地方整備局課長が記者会見で「肱川河川整備計画が完了していれば、今回の氾濫はなかった」と断言している。況や、山鳥坂ダムが完成していれば水害は無かったと主張したのである。
この期に及んで火事場泥棒の如き、今日のダム不要論の時流を一変さすダム計画をぶち上げるとは不届き千万というしかない。全国の氾濫地域において、過去何十年に及び「ダム神話」で河川整備の遅滞を棚に上げての発言は、人命軽視、被災住民の感情を逆撫でするもので、嘘つき猛々しいとはこのことである。国土省は今回の全国的な水害を受けて堤防等の緊急点検を指示している。その結果975カ所で対策が必要であると調査発表を行った。
しかし、対策を実施しているのは都道府県の場合は7%にしか過ぎないのが現状で、これは偏に予算制約によるものである。実はこれには隠された理由がある。現在建設されているダム工事費の増額問題である。極端なところでは、これから着工する八ッ場ダムは当初予算の倍額近くになっている。また、大滝ダムは地すべり対策費として100億円を計上することになった。さらに、徳山ダムの960億円の増額が強行された訳だが、これとて木曽川水系での堤防整備予算の87億円を横領しているのが現実である。河川整備の慢性的遅滞の現実はここに根本的な原因を擁している。建前的には各流域での堤防整備の急務を標榜するが、現実は財政的に何処もかしこも火の車である。
堤防整備について述べたが、堤防等が完成すれば水害がなくなるのかというとそうでもない。「近代河川工学の破綻」はより自然の力を知ることであった。堤防が高いという安全神話が人災に到った事実を謙虚に受け入れなければならない。私達はここに人間と自然の共存を根本から考える岐路に立たされたと認識を新たにしなければならなくなった。即ち、天災を受け入れるという、私達には過酷な試練になるが。
新潟水害における死者15名の現実を目の当りにして、大熊教授は「今回の事態は、日本の河川工学はいまだ未熟」と言ってのけたが、しかし「日本の河川工学の破綻」と切り捨てた方もいる。何れにせよ、今回の事態で「ダム神話」は崩壊した。その事実を認める原点に立って河川整備を考えないと今後の洪水対策は語れなくなった。それが教訓というものである。被害に遭われた方々の歴史的賜り物と真摯に受け止めなければならない。
現実はどうか。
7月の福井水害で注目された10月6日の「九頭竜川流域委員会」において、国土省は「豪雨災害を防ぐには足羽川ダムが必要。治水容量も現計画の1・9倍に増やさなければ」と力説した。また、8月末の台風16号での肱川水害では、四国地方整備局課長が記者会見で「肱川河川整備計画が完了していれば、今回の氾濫はなかった」と断言している。況や、山鳥坂ダムが完成していれば水害は無かったと主張したのである。
この期に及んで火事場泥棒の如き、今日のダム不要論の時流を一変さすダム計画をぶち上げるとは不届き千万というしかない。全国の氾濫地域において、過去何十年に及び「ダム神話」で河川整備の遅滞を棚に上げての発言は、人命軽視、被災住民の感情を逆撫でするもので、嘘つき猛々しいとはこのことである。国土省は今回の全国的な水害を受けて堤防等の緊急点検を指示している。その結果975カ所で対策が必要であると調査発表を行った。
しかし、対策を実施しているのは都道府県の場合は7%にしか過ぎないのが現状で、これは偏に予算制約によるものである。実はこれには隠された理由がある。現在建設されているダム工事費の増額問題である。極端なところでは、これから着工する八ッ場ダムは当初予算の倍額近くになっている。また、大滝ダムは地すべり対策費として100億円を計上することになった。さらに、徳山ダムの960億円の増額が強行された訳だが、これとて木曽川水系での堤防整備予算の87億円を横領しているのが現実である。河川整備の慢性的遅滞の現実はここに根本的な原因を擁している。建前的には各流域での堤防整備の急務を標榜するが、現実は財政的に何処もかしこも火の車である。
堤防整備について述べたが、堤防等が完成すれば水害がなくなるのかというとそうでもない。「近代河川工学の破綻」はより自然の力を知ることであった。堤防が高いという安全神話が人災に到った事実を謙虚に受け入れなければならない。私達はここに人間と自然の共存を根本から考える岐路に立たされたと認識を新たにしなければならなくなった。即ち、天災を受け入れるという、私達には過酷な試練になるが。