土地収用法改正

市民運動の敵、民主党の裏切り

土地収用法改正案が、先日民主党の賛成で衆議院を通過しました。民主党の市民運動に対する挑戦とも受け止められる改正案に対しての判断は、運動を続ける私達にとって常軌を逸した信じられない暴挙としか言いようがありません。状況的に参議院も通過、法制化される見通しになっている。

この国会での動きと同時に、強制収用の法的威力をほしいがままに現実のものとして適用されたダム建設がある。戦後最大最悪のダム計画、人権問題としてその負の遺産を残してしまった苫田ダムである。最後の地権者、宗森さんが同意して1週間後のことである。

6月24日、収用に向けた、土地、物件調書の立ち会い作成が現地の町民体育館であった。私は戦後ダム史に残るこの最悪のシナリオを記憶すべく現場に立ち会った。奇しくも、改正案衆議院通過後すぐの実施であった。ここに、その現況実態を緊急レポートします。

土地収用法に関係する「苫田ダム」からの報告
24日、午前9時より奥津町民体育館にて、土地収用法第36条の規定による土地調書および物件調書の作成の立ち会い要請が行われた。9時半、体育館内で待ち受ける中国地方整備局の関係者50名程に対し、30名程のやや淋しい集まりが体育館前に集合、(マスコミ関係者8名)、矢山氏の説明を聞き、混乱もなく受付に向かう。何となく抗議迫力にかける幕開けでスタートした。午前中は、難なく極めて事務処理的に進められた。

午前中に集まった土地共有者は70名程。参考に、「苫田ダムに反対する土地共有者の会」は1265人、何とも関心薄の参加人員数である。これは、偏に現行の事業認定の弊害が諸に出ている、国土省の狙いどころであろう。
3月に基礎工事が終了、本体工事が着々と進んでいる現況において「執行不停止の原則」が大きくものを言った訳である。
国民の異議に関係なく説得してしまう、諦めを強要する最善の武器がこの「執行不停止の原則」であろう。政府がこの宝刀を持つ限り、気違いにブルドーザー、辺り構わず自然を壊し続けるだろう。従って、私達の法的争点はこの一点に絞っても改正させなければならない。その為の運動を展開する必要がある。

午後1時前、受付前にて大きな罵声が館内に響きわたる。「他人の土地を取り上げるのに、はがき1枚で印鑑をもって出て来い、交通費は支給しませんとは何事だ」。見ると、30名近い人垣が受付の職員を相手に押し問答をしている。「貴様らなにさまのつもりか、事前に説明もなく押印せよとは人を馬鹿にするにも程がある」。その他の問答が続くなか、仲間の一人が、私と居た矢山氏を呼びに来る。一行は一旦、控え室に移り、書類手続きの説明を矢山氏から聞き、そして昼食をとった。それからである、職員2人が対応する窓口が12席、順次席に着き係官と調書作成に入ったが座ったきり動かない、そして時に大きな声で、また、机を叩く人、これはこれはと側により拝聴すれば、落語より面白い問答のやり取りが行われていた。30分40分と時間が過ぎる、整備局は臨時の席をつくり対応する始末。

「どうしてもダムがいるというあんたらの言い分が理解できない。委任した人からここのところをとくと聞いてきてくれと頼まれている。これが解からないと帰る訳にはいかない。」と主張しているのである。仲間の方に聞けば、「播磨空港いらん会」のメンバーとのことでした。それで理解が出来た、今日は反対運動に来ているのだ。戦のまえの腹ごしらえだった訳だ。

異議申立ての対応について、調書に直筆するのが困難な為に、「土地共有者の会」の方が、異議申立て文面をコピーして配布、調書に張り付けという便利な手順を考えてきていた。便利は便利だが、整備局にも便利なのには困惑、閉口した。
結局当日参加者は100名少しでした。それでも委任状は300名以上とのことで、本日の調書に異議申立てした人は推測で400名ぐらいだろうか。「土地共有者の会」3分の1の人数である。また「土地共有者の会」代表の顔には、200人の全国から寄せられた委任状の書類手続きに時間がかかり疲れきった様子がありありと窺えた。

いかに「執行不停止の原則」が〈菊の御紋〉であるかが解かったという結果だった。土地収用法改正の狙いは、上記した、強制収用の事務簡素化の徹底、マスコミからの隠蔽工作にある。強権病の石原都知事が日の出町の再現を完全に封じてしまう為に禁じ手を法案化させた、民主主義に対する挑戦状なのである。これにまんまと乗ってしまう民主党は、地方での公共事業推進を中央においても認めた事になり、「公共事業の見直し」路線から完全に逸脱した事になる。一月前には正常な「中央と地元のねじれ状態」が存続していた。少なくとも私達(市民運動)はそう理解していた。

6月3日、大垣市で鳩山由紀夫代表は「徳山ダム」も含むダム凍結を公約してそのねじれを証明してみせた。大垣市における鳩山代表の発言の重要性についての認識を、部門別専門会議の議員は全く持とうとすらしない悲劇的な状況を民主党は内包している。鳩山由紀夫代表が宇宙人的なのではなく、民主党そのもの本体が宇宙的なのだ、未確認政治物体とでも言える。

つまり、鳩山由紀夫代表が発言した10日前、5月23日に岐阜県収用委員会は、「徳山ダム建設中止を求める会」のトラスト共有地を収用裁決していたのである。政府に対して民主党が「公共事業の見直し」の一撃を放った矢先のことである。ネクスト大臣とやらで決めてしまうのだから話にならない。
認識を新たにしなければならないことは、民主党の寝返りだけではなく、マスコミもその一端の責任を担っているということだ。

戦前118社のマスコミ関係がある日を境に「戦争反対を訴えなくなった」、政府による報道隠蔽工作である。この再来を今回は民主党が担ったが、マスコミがそれを黙認してしまった。土地収用法改正案が何ら審議対象にならずに可決されてしまったことがそのことを如実に物語っている。現に、この件についてマスコミは一切と言っていいほど報道していない。当然、今回の苫田ダムについても皆無であろう。「新聞主義」でも良い、一時は、この住民運動で飯の種にしてきたマスコミだ、最後まで面倒見るのが人情というものであろう。少数派になったからと言って知らぬ論ぜぬではいかにも寂しい。

昨日の済んでしまったことは、記憶に御座いませんが流行だが、それは、政府が苫田ダムで断行した記憶の抹消と同じ事になる。それとも再びマスコミは「赤紙一枚」の時代に戻ってもよいとでも考えているのだろうか。しかし、法案が参議院で承認されれば、少なくてもトラスト運動に対しては「はがき1枚」の世界になってしまうのは確実である。ここは、私達の正念場である。

追記
6月20日、民主党の賛成により「土地収用法改正案」が承認されたことに対して、水源連事務局から管直人幹事長に抗議の「申し入れ」が行われた。「申し入れ」には、直接会見をもって公党としての回答を求める要請も付けられていた。
29日、水源連事務局から7月3日午後4時半、民主党本部にて会見するとの連絡が入る。「時既に遅し」ではあるが、生の激烈な抗議をしなければ、私達の運動の沽券に関わる問題である。事務局と一緒に参加する事にした。

管幹事長の第1印象は、公党の政治家としてあるまじき態度であった。「会えと言われたから、仕方ないから会いますけど」、私には彼の腹積りはよく理解できていたから別段驚きもしなかったが。最早、スキャンダル以後政治生命を吸い尽くされている彼に資質は枯渇している。しかし、私達は改正案による弊害を彼に徹底的に認識してもらうべく抗議しなければならない。糠に釘であろうとも。

浮き足だった勇み足でロスに飛んだ管幹事長は、ゴア前副大統領との「京都議定書」についての会見に失敗、これは大儀名分状のことでしかなかったと思われるが。大橋巨泉との茶番対談に終始、茶番、時差ぼけからくるうんざり態度で会見に望まれたのでは市民団体としては迷惑千万と言った感じで始った。
結論的には、専門部門会議で審議され、ネクスト大臣が承認したものを否定できないと言う弁明から始り、日本の第二政党のトップにあるまじき発言、「この法案を知ったのが遅すぎた。まさか審議が通ってくるとは思わなかった。」それから最後は、この法案が裁決される止むない状況が今日蔓延化しているとの心情を吐露する始末。これには私達も閉口した。これが本音なのだろう。自民党にも勝る民主党内の抵抗勢力のあることをしみじみ知らされた。

他人の家事事情等聞いている場合ではない。水源連事務局は、土地収用法の実態、公共事業ごり押しの実態についての認識の欠如、取分け今日における住民参加の重要性の甚だ逸脱した判断等につき厳しく糾弾しました。また、今回の賛成は、族議員と何ら変わらない民主党としてあるまじき判断であり信じられないとも申し述べた。さらに、水源連から専門部会に対して、この件について十分な批判意見を出しているにも関わらず全く無視するような判断に怒りを感じると強く抗議した。

私も最近経験した土地収用法の実態、苫田ダム、愛知万博トラスト運動等について、行われた現場から写真説明に基づきその実態を報告、今回の判断が如何に市民運動の理念から逸脱した、民主党からの離縁状でしかないことを強く抗議、地方でのねじれを自ら認めてしまった民主党本部に対して反対に三行半を叩きつけたと言うのが私の抗議である。
とにかく小泉ヒーバーで血迷ってしまっている。白けた状況のなか秘書から時間が通達されて閉会となった。

今回の民主党の誤作動を促した背景に、東京都の都市開発が大きく暗雲垂れ込めていたと言える。昨年10月10日、日の出町ごみ処分場における行政代執行を日切りに、石原東京大改造宣言による都市開発の迅速化を実現する為、小泉内閣の都市再開発論と符合させる布石を打ったと視るのも強ち的を得ていないことではない。事実、5月6月には、頻繁に石原都知事が首相公邸を訪ね時間単位の会談を持っている。小泉首相も非常に評価しているとのことで二人三脚の基盤がしっかり出来ている、と診て良い。その自信,体制の表われが、6月4日、東京都議会の所信表明、「小泉内閣の姿勢は、新しい時代の流れを巻き起こすため行動を開始した東京の理念と相通じる」と言わしめているのだろう。忘れかけていた「日本列島改造論」を思い出した。どうも日本国民は「改造論」が好みのようだ。

論より証拠、自民党山崎拓幹事長は、先日の参院選大勝後のあるセミナーで「構造改革は一種のお経みたいな形で、『構造改革、構造改革』と言っていれば人気が上がる」、と放言があったという新聞記事を読んだが、これは放言ではない、本音である。「小泉大明神」を背景に石原都知事のドリル炸裂を許してはならない。翼賛的議会における民主党の役割はもはや枯渇してしまった。自民党が民主党を眼中にしないのと同時に、市民運動自体が体制の状況認識を新たにして、真っ向行政に立ちはだかる運動体を模索しなければならない時期である。

2001/8/30
岩 畑 正 行
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