2007年05月24日
「イラク特措法延長法」のお土産
5月23日参院本会議で「イラク特措法延長法案」の趣旨説明と質疑が始まったが、衆院での特別委員会、そして衆議院での採決という審議経緯は、日本人の美徳になっている「白といえば、どこまでいっても白だ」という精神構造をよく体現している。
日本のダブルスタンダードは内在性が先行していたが、現在は完全に外有性、本音を言って何が悪いと開き直る「暴力性」に転換してきた。これは安倍首相支持率上昇現象となっている。
イラク問題に関して日本人は、70%前後の反対の意志を示し、全面的な延長法案を認めた。
ここまで来れば、立派なダブルスタンダードを本物にしている。現在の生活を享受するための常識を堅持する意思表示をきっちり出した訳だ。
精神構造の要因は計り知れない多様なものであるが、こと安全保障に関しては、「日米同盟」は日本の生命線であるという認識を完全に共有しあう国民合意ができてしまった。それが「イラク特措法延長法」の採決である。
これに比べれば、23日の「米軍再編推進法」は審議の対象にする必要性を疑うほどのものである。安倍内閣に換わり、パフォーマンス国会も板についてきた与野党の動向にしばしの安息を国民が貪っている。そして、歴史は破綻するまで推し進む、驚くことではない。
しかし、本当に今後の日本の安全保障を考えるとしたら、「イラク特措法延長法」の成立基盤である、日本的な「日本人の日米安保依存症」と「日本人の政府依存症」というダブルの払拭できないガン体質に侵された「生命維持薄情気質」を改善しなければ不可能である。
日本が高度成長時に振り向かなかった「日米安保」は、現在見事に世論と国会意思の段違い平行棒の基盤をつくってしまったのである。
2001年の米軍のアフガニスタン空爆に沈黙を守り、2003年イラク開戦では安保反対を言わない抽象論「戦争反対」しか考えられなかった、そして、コソボ、アフガンで「正義の空爆」を黙認して、「日米安保」棚上げ護憲論に終始してきた反戦運動にあぐらをかく権力依存症気質の民族性で今後どれ程の平和を勝ち取るかは、甚だ疑問とするところだが、「イラク特措法延長法」採決のお土産と「日米安保」を考えることは唯一残された検証問題である。
ガン手術でよくいわれる細胞の転移問題は、「日米安保」問題を考えるうえでもかなり深刻なことで、完全に根絶したとしても復活する恐れが十分ある。しかし、問題のガンを抱擁しながら解決へ向かう政治では、泥沼に落ち込むことはあっても、脱出は出来ない機構に成っている。
政治の一時仮死状態はあってはならないという常識判断を覆す英断を民族が持つことができるかという問題だが、よく考えれば、人体の生命にかかわる損傷の復権は常に仮死状態からの再起でしかないことを私たちが一番理解していることである。
子供が病魔に取り付かれたらその死を確認するのが親の務めでもある。あらゆる手段は講じられても、他人の政に我が身を斬る訳にはいかないのが世の常でもある。
しかし、振り出しに戻す、「ちゃぶ台をひっくり返す」、衝撃による火花を体感しない限りものごとは寸分も動かない。「イラク特措法延長法」はこのことを美事に証明した訳である。
日本のダブルスタンダードは内在性が先行していたが、現在は完全に外有性、本音を言って何が悪いと開き直る「暴力性」に転換してきた。これは安倍首相支持率上昇現象となっている。
イラク問題に関して日本人は、70%前後の反対の意志を示し、全面的な延長法案を認めた。
ここまで来れば、立派なダブルスタンダードを本物にしている。現在の生活を享受するための常識を堅持する意思表示をきっちり出した訳だ。
精神構造の要因は計り知れない多様なものであるが、こと安全保障に関しては、「日米同盟」は日本の生命線であるという認識を完全に共有しあう国民合意ができてしまった。それが「イラク特措法延長法」の採決である。
これに比べれば、23日の「米軍再編推進法」は審議の対象にする必要性を疑うほどのものである。安倍内閣に換わり、パフォーマンス国会も板についてきた与野党の動向にしばしの安息を国民が貪っている。そして、歴史は破綻するまで推し進む、驚くことではない。
しかし、本当に今後の日本の安全保障を考えるとしたら、「イラク特措法延長法」の成立基盤である、日本的な「日本人の日米安保依存症」と「日本人の政府依存症」というダブルの払拭できないガン体質に侵された「生命維持薄情気質」を改善しなければ不可能である。
日本が高度成長時に振り向かなかった「日米安保」は、現在見事に世論と国会意思の段違い平行棒の基盤をつくってしまったのである。
2001年の米軍のアフガニスタン空爆に沈黙を守り、2003年イラク開戦では安保反対を言わない抽象論「戦争反対」しか考えられなかった、そして、コソボ、アフガンで「正義の空爆」を黙認して、「日米安保」棚上げ護憲論に終始してきた反戦運動にあぐらをかく権力依存症気質の民族性で今後どれ程の平和を勝ち取るかは、甚だ疑問とするところだが、「イラク特措法延長法」採決のお土産と「日米安保」を考えることは唯一残された検証問題である。
ガン手術でよくいわれる細胞の転移問題は、「日米安保」問題を考えるうえでもかなり深刻なことで、完全に根絶したとしても復活する恐れが十分ある。しかし、問題のガンを抱擁しながら解決へ向かう政治では、泥沼に落ち込むことはあっても、脱出は出来ない機構に成っている。
政治の一時仮死状態はあってはならないという常識判断を覆す英断を民族が持つことができるかという問題だが、よく考えれば、人体の生命にかかわる損傷の復権は常に仮死状態からの再起でしかないことを私たちが一番理解していることである。
子供が病魔に取り付かれたらその死を確認するのが親の務めでもある。あらゆる手段は講じられても、他人の政に我が身を斬る訳にはいかないのが世の常でもある。
しかし、振り出しに戻す、「ちゃぶ台をひっくり返す」、衝撃による火花を体感しない限りものごとは寸分も動かない。「イラク特措法延長法」はこのことを美事に証明した訳である。