2006年02月15日
編集 「改憲前夜2005」
はじめに
先ず、「改憲前夜2005」を編集するに至り、その経緯と理由、目的を冒頭で明確に記述しておきます。
経緯は、04年7月の参議院選挙の結果、民主党の大幅議席確保の背景ができ、マスコミも挙って2大政党制の到来を民主主義の一つの民意形成の土壌と持ち上げた状況に始まります。私達は、自民党政権が改憲を加速する状況において、日本の近代精神風土を考えた場合、現状の2大政党制は馴染まない制度であるとの危機感をつのらせました。そこで時代状況である大手新聞の切り取り必読のダイジェスト版をチラシにして情宣活動を始めるようになった訳です。昨今、新聞ニュースは多義に亘る紙面の増印に腐心している嫌いが見受けられます。従って、なかなか新聞を読むことに現代人は労苦を強いられ、よく目を通す人で斜め読みがやっとということも囁かれる現状です。
「知る、理解することが何らかの変革の力に生りうると、相変わらず信じたとすれば、やはり情報は宝であり、私達の指針的役割を担う世界とのパイプ、社会との係わりそのものといえます。よく言われる、私達は情報に対して受動的であるとの指摘に対しては、私達の持つ判断力がそれを凌駕することによって何ら臆することはないと思っています。例え判断が誤ったとしても、常に情報を読む姿勢させあれば順次軌道修正が可能であると信じ、失敗を恐れてはならないのと同じように、常に情報と向き合う感受性を準備することが肝要であると考えています。
毎週月曜日にチラシ配布を実践して、はや1年と7ヶ月になります。何事においても、連続性のなかから推移と真実が読み取れてくるものです。マスコミの凋落が囁かれ、批判される今日の各紙の論調は、記事内容一つとっても、また扱い記事ならびに問題への視点、真実への関わり方から如実に窺われます。運動の連続性はそれだけ正直なものなのです。
ここで私達の月曜チラシの読み方の一つを示唆しておきます。少なくとも、この週刊ダイジェスト版チラシは改憲に対する警鐘の何ものでもないということです。そして、月日が経過するにつけて改憲が現実のものになっていく過程が読み取れます。「本当にこれでよいのか」と何度も私達は訴えています。戦前がそうであったように、知らずのうちに戦争に突入した、また、治安維持法、国家総動員法を好んで選択したわけではありません。国民は知りながらそれでいて読まない振りを態と装ったことから招いたことも承知しながら「時」を止められない魔物時間を享受したのです。そして、今は未だ食べられるという虚構空間を浮遊することで時間稼ぎに没頭するしかなかったと釈明してきたのです。そして、結果は歴然と崩れ落ちている惨状を目の当たりにしながら今日も同じ日常を生きるでしょう。
この週刊チラシは、もはや悲劇に集まる人間の習性がそのまま日常を動かしている現実を誰も止めようとはしないことを、自ずと語っています。そして、それを読み解くのも私達です。また、拒否するのも私達です。さらに、ふと正気に返った時、週刊チラシはその時点で真実を多く語っていたということになるでしょうし、その内容を見て我が身の日和見を文字から理解するでしょう。
覚悟をもって、この日は何であったかをじっくり瞑想してください。そういう意味において、この編集は単なる週刊ダイジェストチラシではありません。
最後に、この編集は、改憲へ向かう私達の日常の確認作業を兼ねていること、悲観的展望等という楽観論ではなく、現実の国民を我が身を映し出しているに過ぎないことを述べておきます。
皆さんには、我が身を世界の鏡に映した時、容姿と映像の違いにくれぐれも驚愕することのないようにお願いします。
岩畑 正行
先ず、「改憲前夜2005」を編集するに至り、その経緯と理由、目的を冒頭で明確に記述しておきます。
経緯は、04年7月の参議院選挙の結果、民主党の大幅議席確保の背景ができ、マスコミも挙って2大政党制の到来を民主主義の一つの民意形成の土壌と持ち上げた状況に始まります。私達は、自民党政権が改憲を加速する状況において、日本の近代精神風土を考えた場合、現状の2大政党制は馴染まない制度であるとの危機感をつのらせました。そこで時代状況である大手新聞の切り取り必読のダイジェスト版をチラシにして情宣活動を始めるようになった訳です。昨今、新聞ニュースは多義に亘る紙面の増印に腐心している嫌いが見受けられます。従って、なかなか新聞を読むことに現代人は労苦を強いられ、よく目を通す人で斜め読みがやっとということも囁かれる現状です。
「知る、理解することが何らかの変革の力に生りうると、相変わらず信じたとすれば、やはり情報は宝であり、私達の指針的役割を担う世界とのパイプ、社会との係わりそのものといえます。よく言われる、私達は情報に対して受動的であるとの指摘に対しては、私達の持つ判断力がそれを凌駕することによって何ら臆することはないと思っています。例え判断が誤ったとしても、常に情報を読む姿勢させあれば順次軌道修正が可能であると信じ、失敗を恐れてはならないのと同じように、常に情報と向き合う感受性を準備することが肝要であると考えています。
毎週月曜日にチラシ配布を実践して、はや1年と7ヶ月になります。何事においても、連続性のなかから推移と真実が読み取れてくるものです。マスコミの凋落が囁かれ、批判される今日の各紙の論調は、記事内容一つとっても、また扱い記事ならびに問題への視点、真実への関わり方から如実に窺われます。運動の連続性はそれだけ正直なものなのです。
ここで私達の月曜チラシの読み方の一つを示唆しておきます。少なくとも、この週刊ダイジェスト版チラシは改憲に対する警鐘の何ものでもないということです。そして、月日が経過するにつけて改憲が現実のものになっていく過程が読み取れます。「本当にこれでよいのか」と何度も私達は訴えています。戦前がそうであったように、知らずのうちに戦争に突入した、また、治安維持法、国家総動員法を好んで選択したわけではありません。国民は知りながらそれでいて読まない振りを態と装ったことから招いたことも承知しながら「時」を止められない魔物時間を享受したのです。そして、今は未だ食べられるという虚構空間を浮遊することで時間稼ぎに没頭するしかなかったと釈明してきたのです。そして、結果は歴然と崩れ落ちている惨状を目の当たりにしながら今日も同じ日常を生きるでしょう。
この週刊チラシは、もはや悲劇に集まる人間の習性がそのまま日常を動かしている現実を誰も止めようとはしないことを、自ずと語っています。そして、それを読み解くのも私達です。また、拒否するのも私達です。さらに、ふと正気に返った時、週刊チラシはその時点で真実を多く語っていたということになるでしょうし、その内容を見て我が身の日和見を文字から理解するでしょう。
覚悟をもって、この日は何であったかをじっくり瞑想してください。そういう意味において、この編集は単なる週刊ダイジェストチラシではありません。
最後に、この編集は、改憲へ向かう私達の日常の確認作業を兼ねていること、悲観的展望等という楽観論ではなく、現実の国民を我が身を映し出しているに過ぎないことを述べておきます。
皆さんには、我が身を世界の鏡に映した時、容姿と映像の違いにくれぐれも驚愕することのないようにお願いします。
岩畑 正行