2003年02月05日
不老館事件
皆様 へ
岩畑です@和歌の浦干潟 26
前回お知らせした「不老館事件」について送信させて頂きます。
23日に新施設の公募による新名称が市から正式に発表されました。アートの発信拠点に因んで、「和歌の浦アートキューブ」が名称です。
新聞で報道されている「不老館事件」については、私達地域の市民も背景的には責任があります。不老館跡地を巡っては、確かに地元から市へ買取を要望した経緯があります。手っ取り早い拙速な判断だった訳です。市が和歌の浦の景観を損なうようなことはしないだろうという安易な他力本願になったところに行政の食指が働いたのだと思います。その方向性が出されるや、取り壊しに反対の余地を与えることなく、透明性と公平性を謳う為にプロポーザル方式の設計が打ち出されました。
全国から108の提案設計図が寄せられこの事業は出発した。この話題性だけで十分市民性を持ちうる施設として、また地域の文化、芸術を全国に発信するという御題目を並べ、さらにアートを創造する専用アート空間としての活用を目指すと喧伝された訳です。アートとスポーツが絶大なる市民性を堅持している今日の社会にあって、市はもはやこれに疑問を抱く市民はいないだろうと高を括ったのでしょう。
そして、私達市民、特に地元も安堵したところに和歌山市の腐敗体質と市民の事なかれ体質が相俟って今日の事件に繋がったと言えます。疑惑解明における現段階での興味深い発言は、前市長の「市がお願いして不老館跡地を購入したのであって、私個人は謝礼を受ける何のいわれもありません。」というものです。正に「市政全体が腐敗している証拠」(一般市民の声)だと言わんばかりの皮肉かつ市政内部告発の発言と言えるでしょう。問題は私達市民です。また、特に地元住民はさらに深刻な問題として受け止めなければならないでしょう。
つまり、まんまとこの事業計画に乗ってしまった経緯を、決して私達は喜んでいた訳ではありません。また私達は実際に手を拱いていた訳でもありません。15年前ならいざ知らず、今日箱もの運営を天下り団体に実施させるほど市民が能天気なところも少ないでしょう。
そのような事情を踏まえ、私達は事業運営を何とか市民の手で実施する為に行政との話し合いを持ち、約1年の間に何回も議論を重ね、一般公募に依る「事業運営を考える会」を立ち上げるところまできました。
しかし、昨年の11月末、この不老館事件の問題が浮上すると同時に、和歌山市は「財政再建団体」への転落危機を訴えて財政緊縮案を打ち出した訳です。これは市長交代劇に因るのですが、そこに追い討ちをかけるように前市長汚職事件容疑による逮捕です。ふくらみに膨らんだ市の腐敗がどっと膿みを出してしまった訳です。私達はこれを知り、誰からともなく、これでは駄目だ、この施設についてもう一度出発点から考え直さないと取り返しのつかない汚点を残すのみならず、同じ轍を踏むことになるとの危機感を強く持ちました。
当時の財政担当者は、「計画を止めて欲しかった」と自戒しているのです。財政の破綻を市職員全ての方が解っているにも係らず矢継ぎ早に芸術、文化を謳った詐欺的事件はもはや行政の体を成していない。民間の霊感商法にも劣るものであるとの指弾は強ち見当はずれな市民感情ではないと思います。それは連日の全国版ニュースでも伺い知れるところです。なんともお恥ずかしい話です。私達地元市民は、干潟を守ることができても行政の腐敗に目を塞いでいては「和歌の浦」の名称を全国に発信する資格はありません。
「和歌の浦干潟を愛する会」事務局有志は、今回の事件を真摯に受けとめ私達で出来ることを模索しています。
これからも「不老館事件」についてのニュースならびに私達の考えを送信したいと思っています。
ご同感の方々は勿論、ご意見頂ければ幸いです。
岩畑です@和歌の浦干潟 26
前回お知らせした「不老館事件」について送信させて頂きます。
23日に新施設の公募による新名称が市から正式に発表されました。アートの発信拠点に因んで、「和歌の浦アートキューブ」が名称です。
新聞で報道されている「不老館事件」については、私達地域の市民も背景的には責任があります。不老館跡地を巡っては、確かに地元から市へ買取を要望した経緯があります。手っ取り早い拙速な判断だった訳です。市が和歌の浦の景観を損なうようなことはしないだろうという安易な他力本願になったところに行政の食指が働いたのだと思います。その方向性が出されるや、取り壊しに反対の余地を与えることなく、透明性と公平性を謳う為にプロポーザル方式の設計が打ち出されました。
全国から108の提案設計図が寄せられこの事業は出発した。この話題性だけで十分市民性を持ちうる施設として、また地域の文化、芸術を全国に発信するという御題目を並べ、さらにアートを創造する専用アート空間としての活用を目指すと喧伝された訳です。アートとスポーツが絶大なる市民性を堅持している今日の社会にあって、市はもはやこれに疑問を抱く市民はいないだろうと高を括ったのでしょう。
そして、私達市民、特に地元も安堵したところに和歌山市の腐敗体質と市民の事なかれ体質が相俟って今日の事件に繋がったと言えます。疑惑解明における現段階での興味深い発言は、前市長の「市がお願いして不老館跡地を購入したのであって、私個人は謝礼を受ける何のいわれもありません。」というものです。正に「市政全体が腐敗している証拠」(一般市民の声)だと言わんばかりの皮肉かつ市政内部告発の発言と言えるでしょう。問題は私達市民です。また、特に地元住民はさらに深刻な問題として受け止めなければならないでしょう。
つまり、まんまとこの事業計画に乗ってしまった経緯を、決して私達は喜んでいた訳ではありません。また私達は実際に手を拱いていた訳でもありません。15年前ならいざ知らず、今日箱もの運営を天下り団体に実施させるほど市民が能天気なところも少ないでしょう。
そのような事情を踏まえ、私達は事業運営を何とか市民の手で実施する為に行政との話し合いを持ち、約1年の間に何回も議論を重ね、一般公募に依る「事業運営を考える会」を立ち上げるところまできました。
しかし、昨年の11月末、この不老館事件の問題が浮上すると同時に、和歌山市は「財政再建団体」への転落危機を訴えて財政緊縮案を打ち出した訳です。これは市長交代劇に因るのですが、そこに追い討ちをかけるように前市長汚職事件容疑による逮捕です。ふくらみに膨らんだ市の腐敗がどっと膿みを出してしまった訳です。私達はこれを知り、誰からともなく、これでは駄目だ、この施設についてもう一度出発点から考え直さないと取り返しのつかない汚点を残すのみならず、同じ轍を踏むことになるとの危機感を強く持ちました。
当時の財政担当者は、「計画を止めて欲しかった」と自戒しているのです。財政の破綻を市職員全ての方が解っているにも係らず矢継ぎ早に芸術、文化を謳った詐欺的事件はもはや行政の体を成していない。民間の霊感商法にも劣るものであるとの指弾は強ち見当はずれな市民感情ではないと思います。それは連日の全国版ニュースでも伺い知れるところです。なんともお恥ずかしい話です。私達地元市民は、干潟を守ることができても行政の腐敗に目を塞いでいては「和歌の浦」の名称を全国に発信する資格はありません。
「和歌の浦干潟を愛する会」事務局有志は、今回の事件を真摯に受けとめ私達で出来ることを模索しています。
これからも「不老館事件」についてのニュースならびに私達の考えを送信したいと思っています。
ご同感の方々は勿論、ご意見頂ければ幸いです。