2003年10月09日
円卓会議の要請に対する回答書について
近畿地方整備局河川部・松山監理官 殿
円卓会議の要請に対する回答書について
7日、要請書の主催団体「脱ダムネット関西」の会議において貴職から頂いた回答書についての意見交換を持ち、私から当日の面談での模様を報告しました。
先ず率直に申し上げて、「回答書」は全く「要請書」の本意を汲み取っていない近畿整備局河川部の常套句(「委員会を何回開催した、グループや団体に出向いて説明会を持った、今後対話集会を開催していく予定です」)でしかないことにげんなりしています。個人的なことになりますが、松山監理官とは5年来の旧知になります。互いの性格を熟知して面談した結果としては甚だ残念な段違いの平行棒の認識に終わったことに、国土省の名称が変わっても「三つ子の魂百まで」との思いを強くするものでしかありませんでした。
と言うのも、8月の「大阪自然環境保全協会」と「関西のダムと水道を考える会」への説明会においても、「はっきりした答えが返ってこない」との不満の意見が相変わらず出ました。また各団体の代表は意見書に対する回答が得られないとのことから督促状を出したとの話も聞きました。
意見書、質問状が無視されているという事実は要請書でも明記していますが、現実に私自身も9月5日の京都での淀川流域委員会では、川上ダムの住民団体の方が傍聴者発言において質問状に対して回答はいつまで経っても得られないとの発言を聞いています。このように近畿整備局河川部の説明は住民、市民団体を説得するどころか、反って不信、反発を募らせるもとになっています。詰り行政が率先して行わなければならない住民への説明責任を果たしていないのが現実です。
国土省は河川行政の行詰りから住民の意見を反映させる為に新河川法を発足させたことを忘れているのではないか。また、流域委員会は表紙の説明では立ち行かなくなった現状を踏まえて公開での住民参加、傍聴者を含めての幅広い意見の反映、議論の深まりを前提としたものであった筈です。しかし、近畿整備局河川部の常套句と住民団体の特にダム建設についての理解に著しい隔たり、認識の不一致があることを近畿整備局河川部は認めようとせず、誤解の一点張りで全てを封印する手法に終始しています。そして、淀川流域委員会においても意見書を取り上げないで審議が続行しているのが現実です。
更に懸念される意見書の無視は、ホームページの記載の遅滞と相俟って貴重な住民意見を葬るきらいが見え隠れします。これらの実態は甚だ残念なことではあるが住民無視の誹りを免れないものです。議論の俎上にのらない、半年後れでしかホームページに掲載されない現実はもはや住民無視の最たるものと言えます。
取分け今回の「要請書」を無視した近畿整備局河川部の対応は新河川法の理念を逸脱した建設省当時に逆行したものであると言わざるを得ません。今回の「回答書」を出した近畿整備局河川部を厳しく糾弾します。
岩 畑 正 行
2003.10.9
円卓会議の要請に対する回答書について
7日、要請書の主催団体「脱ダムネット関西」の会議において貴職から頂いた回答書についての意見交換を持ち、私から当日の面談での模様を報告しました。
先ず率直に申し上げて、「回答書」は全く「要請書」の本意を汲み取っていない近畿整備局河川部の常套句(「委員会を何回開催した、グループや団体に出向いて説明会を持った、今後対話集会を開催していく予定です」)でしかないことにげんなりしています。個人的なことになりますが、松山監理官とは5年来の旧知になります。互いの性格を熟知して面談した結果としては甚だ残念な段違いの平行棒の認識に終わったことに、国土省の名称が変わっても「三つ子の魂百まで」との思いを強くするものでしかありませんでした。
と言うのも、8月の「大阪自然環境保全協会」と「関西のダムと水道を考える会」への説明会においても、「はっきりした答えが返ってこない」との不満の意見が相変わらず出ました。また各団体の代表は意見書に対する回答が得られないとのことから督促状を出したとの話も聞きました。
意見書、質問状が無視されているという事実は要請書でも明記していますが、現実に私自身も9月5日の京都での淀川流域委員会では、川上ダムの住民団体の方が傍聴者発言において質問状に対して回答はいつまで経っても得られないとの発言を聞いています。このように近畿整備局河川部の説明は住民、市民団体を説得するどころか、反って不信、反発を募らせるもとになっています。詰り行政が率先して行わなければならない住民への説明責任を果たしていないのが現実です。
国土省は河川行政の行詰りから住民の意見を反映させる為に新河川法を発足させたことを忘れているのではないか。また、流域委員会は表紙の説明では立ち行かなくなった現状を踏まえて公開での住民参加、傍聴者を含めての幅広い意見の反映、議論の深まりを前提としたものであった筈です。しかし、近畿整備局河川部の常套句と住民団体の特にダム建設についての理解に著しい隔たり、認識の不一致があることを近畿整備局河川部は認めようとせず、誤解の一点張りで全てを封印する手法に終始しています。そして、淀川流域委員会においても意見書を取り上げないで審議が続行しているのが現実です。
更に懸念される意見書の無視は、ホームページの記載の遅滞と相俟って貴重な住民意見を葬るきらいが見え隠れします。これらの実態は甚だ残念なことではあるが住民無視の誹りを免れないものです。議論の俎上にのらない、半年後れでしかホームページに掲載されない現実はもはや住民無視の最たるものと言えます。
取分け今回の「要請書」を無視した近畿整備局河川部の対応は新河川法の理念を逸脱した建設省当時に逆行したものであると言わざるを得ません。今回の「回答書」を出した近畿整備局河川部を厳しく糾弾します。
岩 畑 正 行
2003.10.9