70年という時代

ヘンリー・ミラー「わが読書」にランボー論がある。
 
66年はマルクス主義も健在、華やかなりしころと記憶している。
一橋の高島善哉、横浜国大の長洲、宮崎、名古屋大の水田洋、そして関西は和歌山大学経済学部、各先生方が来ていたとよく聞いたものである。死語になってしまった「資本論研究会」がいたるところにあった時代でもある。
 
70年、私は高田の馬場に下宿していた。新宿のデモに時たま最後尾で追走したことが思い起こされる。
私は、ただただ不安を矛盾を生きていた。

66年、私はランボーのように生きると密かに自分に言い聞かせていた。そして、75年に全ての自分をダンボールに封印して金儲けの世界へ飛び立った。
芥川賞の選考委員長埴谷雄高が村上龍に電話を入れて銀座のバーで祝賀を行った年でもある。

95年、忘れていた事件が起こる。ランボーの片足切断が、よもや自分の体を切り刻むことで体現するとは想像せぬ因果として到来した。酒池肉林の結果は1年半に及ぶ入院生活を強いられ再起不能と噂された。

折りしも阪神・淡路大震災から2ヵ月後のことであった。この時、自己が死ぬという経験を目の当りにした。もう一度自己を知ろうと手探りを始めていた矢先のことである。20年前のランボー論が脳裏を掠めながら酒を飲んでいた時だ。

遅くはない、生きることは、今ある自己を表現するその一言に尽きる。表現は芸術である。常に自己を超える芸術を体現しながら矛盾、理不尽に如何に立ち向かうか、これは芸術の世界である。