2007年09月27日
【格物致知】 護憲的安全保障について
フジ産経ビジネスiに「佐藤優の地球を斬る」のコーナーがある。9月19日はタイトル「総理大臣の辞任」について、総理大臣の辞任と安全保障についての自説を披露している。
「総理大臣の辞任」は、安倍首相の辞任に関するマスコミ等の指摘に対する警鐘になっているが、ここでは、その警鐘から佐藤氏の安全保障の考えについて言及する。
安倍首相の辞任劇のストーリーになっている「テロ特措法」の延長問題は、国内問題に止まらない話題の焦点になっている。
連日マスコミ等はこの成り行きの報道に終始して、参院選での年金問題が「テロ特措法」延長問題に取って代わっている。この移行を優先させたのがシドニーでの記者会見であり、前代未聞の首相辞任劇であった。従って、今や延長問題は国論を二分する世論合戦に余念がない状況を呈している。
この前提に基づき、延長問題について、佐藤氏は今回の論評で「継続を支持する」声明をだしている。
約2ヶ月前、延長問題について、小沢代表とシーファー駐日米大使の会談が行われてから、世論の動向が延長に対して圧倒的反対であったものが、延長支持に変説もしくは関心を持ち始めている現象になってきている。
そして、佐藤氏は世論の動向を反映するかのように「継続を支持する」論評を書いている訳だが、その支持する精神風土は、国民各自の次元的言葉で解釈してはいるものの、その先見的受容上では国民総じて、「理念と現実」を超越した利己判断を有してのものだといえる。
その根拠の例えを下記に佐藤氏の論評の一部を掲載して考えてみたい。
『中東ではビンラディン氏の新しいビデオが出回ったり、アフガニスタンではタリバーンが回復基調にある状況で、日本がアメリカと連携して対テロ国際協力を継続することを筆者は支持する。筆者は、既に安倍氏が対外的に公約しているのであるから海上自衛隊がインド洋上での給油活動も継続すべきであると考える。いずれにせよ日本政治の論理は極めて奇怪であるという印象が今回の安倍辞任劇で国際的に広まった。産経抄は「世界の笑いものになった」と指摘するが、事態はもっと深刻で「日本は東洋の神秘」であるという印象が強まったというのが正直なところだと思う。』(佐藤優:「総理大臣の辞任」)
佐藤氏はきっぱりと「日本がアメリカと連携して対テロ国際協力を継続することを筆者は支持する。」と書いている。即ち、日米同盟の下に、米国の対テロ戦争への支援を継続すべきだと主張しているのだ。佐藤氏は「米国の対テロ戦争への支援」が明確になっている現況で、「対テロ国際協力」という普遍的な表現に置き換えて支持するといっている。これは、佐藤氏にしてみれば極めて欺瞞かつ詐欺的手法の表現になる。
というのは、佐藤氏は「世界」5月号での「施行60年目の憲法状況」での論評で、自ら「硬直した護憲の立場に立つ」と護憲論を支持している。そして、「山川均の平和憲法擁護戦略」のタイトルで論じている、その骨子を紹介して、佐藤氏が「国家=社会」というものをどのように考えているかを述べてみる。
『山川は、日本の平和に逆行する日米軍事同盟と構造的に不可分一体の関係にあるサンフランシスコ平和条約に反対する。連合国の占領下という特殊事情の下で憲法第9条で規定された戦争放棄、戦力の不保持、交戦権の否認が、今度は日米軍事同盟に結びつけられ、平和とは根本的に異質な原理に換骨奪胎されたことを見て取ったからである。ここで山川がサンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約を拒否するのは、理想的状態から見てあってはならないという、統整的理念に基づくものだ。・・・
山川には統整的理念という、人間の努力によっては到底達成できない夢と、同時に今この場所にある社会生活を改善していくという面が並存している。』(佐藤優:世界5月)
要するに、「理想(理念)と現実」の二重性を尊重することが前提で、より国益を考えた判断を優先しなければならないというわけだ。一見大いなる矛盾ではあるが、矛盾を受容することで安定を模索する手法である。佐藤氏はじめ、多くのクリスチャンは矛盾を受容して実践を現実化する。
これで、佐藤氏の護憲論と日米同盟推進の論理が破綻することなく、より国益を求めての不断の努力がなされる訳だ。
矛盾を受容することは、これまで繰返されてきた「解釈」をこれからも続けるということの証である。
「解釈」の連続は解釈を生み、矛盾をもはや斟酌しない次元にまで追いやり、結局は戦争を容認することを拒否できなくしてしまっている。こうして、改善というお先棒で、自己の正当性を辛うじて内在させその破滅に向わせる。とどのつまりは彼らにとっては、破滅の一歩手前で、憲法9条、護憲を宗教化することで何とか生きながらえる。
給油延長に賛成の声が日増しに増える背景は、佐藤氏の論に見るように、結局はよくよく考えれば延長が国益につながるという結論になる。「戦争の概念」を放棄したのであって山川均氏の二重性を担保したことにはつながらない。従って、佐藤氏の欺瞞であると指摘したのだ。しかし、これが世間というものだろう。
9月16日フジテレビ「報道2001」でゲストの鳩山由紀夫幹事長に毎日新聞編集局顧問岩見隆夫氏が「民主党の「テロ特措法」の何がなんでも反対の姿勢は理解できない。給油活動を継続しながらテロ特措法の見直しができないものか、そこが分からない」と発言した。岩見隆夫氏はもともと与党支持解説者であるからこの発言は驚かないが、発想の「継続をしながら」という考えが、日本の矛盾を無視して世界を論じているというマスコミの空恐ろしさだ。
岩見隆夫氏は1935年、佐藤優氏は1961年生まれである。
日米同盟の重要性に対する傾注は解らないでもないが、集団的自衛権の基本的認識を原点理解して、「矛盾の受容」と「二重性の担保」を中心に置き、日本は戦争ならびに戦争加担をしてはならないと、国益を考える前に理解できる力を持たなければならない。
戦前から綿々と続く草の根軍国主義の国民と権力の癒着を断ち切らないと、「平和主義」とは何かを恒久的に語ることができない。
自民党の雪崩現象も深刻だ、勝ち馬に乗る国民意識も深刻だ。さらに、佐藤氏のような護憲論者で且つ日米軍事同盟推進論者の国益優先を講釈する発想が、日本に定着してきている現実が「もっと深刻」だと指摘したいところだが、もはやそれは「もっと深刻」などというものではない。
「絶望」と例えた方が的を射た言葉ではないだろうか。