10月7日 住基ネット差し止め訴訟和歌山の最高裁判決
判決は午後1時半より最高裁第三小法廷で開かれ、代理人水永弁護士他2名と原告城洋司、岩畑政行の2名、他支援団体の12名の出席のもと判決言い渡しがあった。
判決言い渡しは、主文「本件を棄却する」、「費用は原告人負担」の2項で1分もかからない時間で終了、退席となった。その後、憲政記念会館で水永弁護士から報告を聞き解散となる。判決理由は、大阪訴訟を初めとする3月6日最高裁判決の理由と全く同じコピー状態のもので、渡された判決文用紙は、即ち、和歌山判決をもってして、今後他の訴訟団が上告しても全く同じ結果しかでないことを暗に示したもので、要するに、無駄だから止めておけ、「住民基本台帳ネットワークシステム」化は着々と進めるという国家意思を表明した、その一点に尽きる。
そこで、06年4月11日にだされた和歌山地裁判決ならびに大阪高裁判決の経緯をふり返り、最高裁判決の特質を述べることにする。
今回の和歌山判決は、3月6日最高裁判決と同じ反動的国策判決と断定できる、これまでの各地方判決を一蹴するもので、過去6年間での現実に起こっている危険性を無視した国家体制への歩みを確定したものだといえる。
06年4月11日の和歌山地裁判決では、プライバシー権ならびに自己情報コントロール権、且つ、内心の自由を侵しかねないと認めた判断に立ちながら、但し、現状において「ただちに危険性があるとはいえない」と原告の主張を斥けた判決であった。つまり、「データマッチング」の問題については、十分その危険性を認識できるものであるが、現実に過度の被害には至っていないし、また、その禁止措置を施しているというものであった。
しかし、08年2月27日大阪高裁判決では、個人のプライバシーへの脅威を認めつつ、正当な行政目的においては、プライバシー侵害には当たらないと判断、また、昨今の行政上の効率化を勘案すれば正当なシステムであるとの主張に転じ、さらに、「データマッチング」等については、十分な措置が講じられているとする、地裁判決から後退した判決になっていた。
つまり、違憲判決をかちとった金沢地裁と大阪高裁はもとより、これまでの敗訴した地裁と高裁の判決でさえ、プライバシー権や自己情報コントロール権を認める裁判所判断に立っていたにも拘らず、今回の最高裁判決は、これまでの解釈を検討することなく、一刀両断に行政目的の優位性を全面的に押し出した、個人無視の国家優先体勢の住基ネットシステムの推進を決定付けた判決だということができる。ここに民主主義における今日の国家主義の正体をみたりということだ。
03年8月1日訴状の提出からまる5年と2ヶ月余の和歌山訴訟自体は終結となったが、今後も北海道、福島、東京、神奈川、埼玉、福岡訴訟、その他訴訟団の上告中が知らされている。結果的には、最高裁判決はとんでもない反動、国策判決であったが、しかし、住基ネットシステムの一元管理という国の野望は、住基ネット訴訟が現実には覆している状況をつくりあげているといえる。国の急務になっている住民票コードに基く「納税者番号」や「社会保障カード」の導入は、飽くまでも機能分離の個別カードに止まっているのがその証左だといえる。
今後も判決は、金太郎飴でしかないと思うが、差し止めを求めるその姿勢が国家権力を監視、抑制する有効な手段であることは事実である。従って、私たちは、個人の尊厳、プライバシーの権利確保のために「住民基本台帳ネットワークシステム」の差し止めを求め続けなければならない、今回の最高裁判決を受けて改めてそう思った次第である。
文責:原告 岩畑政行
住基ネット参考サイト
住基ネット差し止め訴訟を支援する会
判決は午後1時半より最高裁第三小法廷で開かれ、代理人水永弁護士他2名と原告城洋司、岩畑政行の2名、他支援団体の12名の出席のもと判決言い渡しがあった。
判決言い渡しは、主文「本件を棄却する」、「費用は原告人負担」の2項で1分もかからない時間で終了、退席となった。その後、憲政記念会館で水永弁護士から報告を聞き解散となる。判決理由は、大阪訴訟を初めとする3月6日最高裁判決の理由と全く同じコピー状態のもので、渡された判決文用紙は、即ち、和歌山判決をもってして、今後他の訴訟団が上告しても全く同じ結果しかでないことを暗に示したもので、要するに、無駄だから止めておけ、「住民基本台帳ネットワークシステム」化は着々と進めるという国家意思を表明した、その一点に尽きる。
そこで、06年4月11日にだされた和歌山地裁判決ならびに大阪高裁判決の経緯をふり返り、最高裁判決の特質を述べることにする。
今回の和歌山判決は、3月6日最高裁判決と同じ反動的国策判決と断定できる、これまでの各地方判決を一蹴するもので、過去6年間での現実に起こっている危険性を無視した国家体制への歩みを確定したものだといえる。
06年4月11日の和歌山地裁判決では、プライバシー権ならびに自己情報コントロール権、且つ、内心の自由を侵しかねないと認めた判断に立ちながら、但し、現状において「ただちに危険性があるとはいえない」と原告の主張を斥けた判決であった。つまり、「データマッチング」の問題については、十分その危険性を認識できるものであるが、現実に過度の被害には至っていないし、また、その禁止措置を施しているというものであった。
しかし、08年2月27日大阪高裁判決では、個人のプライバシーへの脅威を認めつつ、正当な行政目的においては、プライバシー侵害には当たらないと判断、また、昨今の行政上の効率化を勘案すれば正当なシステムであるとの主張に転じ、さらに、「データマッチング」等については、十分な措置が講じられているとする、地裁判決から後退した判決になっていた。
つまり、違憲判決をかちとった金沢地裁と大阪高裁はもとより、これまでの敗訴した地裁と高裁の判決でさえ、プライバシー権や自己情報コントロール権を認める裁判所判断に立っていたにも拘らず、今回の最高裁判決は、これまでの解釈を検討することなく、一刀両断に行政目的の優位性を全面的に押し出した、個人無視の国家優先体勢の住基ネットシステムの推進を決定付けた判決だということができる。ここに民主主義における今日の国家主義の正体をみたりということだ。
03年8月1日訴状の提出からまる5年と2ヶ月余の和歌山訴訟自体は終結となったが、今後も北海道、福島、東京、神奈川、埼玉、福岡訴訟、その他訴訟団の上告中が知らされている。結果的には、最高裁判決はとんでもない反動、国策判決であったが、しかし、住基ネットシステムの一元管理という国の野望は、住基ネット訴訟が現実には覆している状況をつくりあげているといえる。国の急務になっている住民票コードに基く「納税者番号」や「社会保障カード」の導入は、飽くまでも機能分離の個別カードに止まっているのがその証左だといえる。
今後も判決は、金太郎飴でしかないと思うが、差し止めを求めるその姿勢が国家権力を監視、抑制する有効な手段であることは事実である。従って、私たちは、個人の尊厳、プライバシーの権利確保のために「住民基本台帳ネットワークシステム」の差し止めを求め続けなければならない、今回の最高裁判決を受けて改めてそう思った次第である。
文責:原告 岩畑政行
住基ネット参考サイト
住基ネット差し止め訴訟を支援する会
