7日、昭和天皇が亡くなって20年に当たり、埋葬先の武蔵野陵(東京都八王子市)と皇居で、昭和天皇二十年式年祭の儀が行われたことが各紙で伝えられた。

取分け産経新聞は、皇室の儀に敬意をはらい、昭和天皇を偲ぶ記事(【次代への名言】1月7日・昭和天皇)を掲載している。さらに、5日から特集的に【天皇陛下ご即位20年】を三部編で掲載、今上天皇の即位20年の歩みを紹介している。

昨年の西尾幹二氏の「妃殿下問題」に対する天皇制危機説が久々に論壇を賑わせた社会状況において、各論壇、マスコミ等は結構自由な角度から皇室について発言する傾向が見られた。それは「雅子妃殿下問題」の前に深刻に国民論議化されつつあった「皇位継承問題」の影響もあり、国挙げての「ひらかれた皇室」、「国民に身近な存在としての皇室」をつくりあげてきた結果ともいえる。さらにいえば、天皇自身が、憲法に謳われている天皇制に遵守するかたちで体現されてきたようにも考えられる。その意味で今上天皇は日本国憲法とともに歩まれてきたと思う。即ち、できるだけ「国民の総意に基づく」ように、それが自然体で日本国の「象徴」となるように。

毎日新聞も産経新聞と同じような特集(天皇陛下、即位20年 国民に寄り添い、平和へ思い強く)を組んでいて、内容的に伝えているところは同じような言説に読める。全般的に自由な角度から皇室について発言する傾向は健在で、サブタイトルは「閉塞の時代、実直に 日本の中核に根付く−−笠原英彦・慶応大法学部教授」となっている。そのメッセージには「論壇にはさまざまなスタンスがあり、天皇や皇室の存在を過剰に肯定したり、逆に否定する議論がある。私は、日本の皇室と国民の関係はもっと自然体に近いもので、イデオロギー・フリーの立場で天皇制や皇室の問題を考えなくてはいけないと思う。」などが紹介されている。つまり、「日本の国、国民の支柱になるということで、もはや日本の政治、社会、文化の中核に根付いていると私は理解している。」と断定している。恐らくこの理解は、戦後50年の歳月で日本人のほとんどに共有されているものと思う。

産経新聞は、「日本の中核に根付いている天皇制」を現状より以上に国民論議を活性化させることを呼びかけている。現状とは、総じてマスコミ全般が「天皇制と皇室」について否定的報道をするところがない現実である。約50年前は、天皇制否定発言も「国民の総意」に対する反発的意見として一定の議論要素を持ちえたが、今日ではもしあるとしても少数のマイノリティーで、問い詰めれば極めて個人的内心の問題になっている。そう考えれば、日本はやはり平和な国だとつくづく感じさせられる。今上天皇が日本と世界の平和を願い、国際平和貢献に国を挙げて声高に賛成している様子はまさにその典型である。

産経新聞の特集のサブタイトルは「皇室守るは時の為政者」となっている。「すでに75歳。一般国民なら“後期高齢者”に当たる世代だが、陛下はリタイアすることはできない。多忙で禁欲的なご生活はこれからも続く。」、そして「祭祀は陛下にとって肉体的ご負担が大きく、国民の目にも触れにくい行事ではあるが、国家・国民の安寧、五穀豊穣(ほうじょう)を陛下が自ら祈られる点で、極めて意義が大きい。」と紹介されている。よくいわれる、今上天皇は、国民の目には触れないが祭祀の場で、国民のために国家の安泰を「無私」の姿勢で祈っておられるという天皇家の公務だ。

祭祀の行事は肉体的負担が大きく、高齢になった今上天皇には何かと疾病の要因になっているとして宮内庁はその軽減策を画策しているといわれる。従って、産経新聞の主張は、「皇室守るは時の為政者」となっているのだ。そして、民主的といわれる昨今の流行になった市民参加でもって、〈「国と国民のために尽くす」という姿勢を貫かれている陛下のご負担の軽減に、国民も無関心ではいられない。国民も参加して十分に議論する必要がある。〉と結んでいる。

今日の日本人において、近親者に疾病を問わず不幸ごとがあれば、その個人の関係範疇において考え出来る事を施すのはほとんどあたりまえのことだ。それは近親者でなくても、例えば信仰の対象となっている内心の「人」についてもいえることだ。問題は、総じて日本人は今上天皇を内心の「人」として内在化しているかどうかということだ。「日本の中核に根付いている天皇」ではあるが、信仰的な想いを抱いている日本人は「総意」として現実化しているのかという問いだ。

確かに、国民一人ひとりに今上天皇のご容態が思わしくないことについて、どのように思われますかと問えば、総じて、安静になられてご養生して一日も早く元気になって頂きたい、というであろう。その応答はあたりまえの日本人なのだ。このあたりまえの返答については、もう一つ顕著な例がある。それは、自衛隊の問題だ。昨年イラクに出兵していた自衛隊員に対して、名古屋高裁は、傍論であったが違憲判決を下した。しかし、任務を完了して帰国してきた自衛隊員に対して、日本の国民、共産党、左翼挙って「無事で何より、本当にごくろうさまでした」といって歓迎したのだ、これがあたりまえの返答だということだ。イラクへの自衛隊派遣は憲法違反だとの判決に喜び、自衛隊員には「ほんとうにごくろうさまでした」という国民がいるということの現実がある。従って、「総意」ということについてもっと洞察しなければ問題の糸口すら見つからない。

因みに、戦後約50年で自衛隊容認は「総意」といえる組織になった。これも天皇制になぞると「日本の政治、社会の中核に根付いている」といえるものだ。しかし、天皇制と自衛隊は、戦後、民主的復興を遂げる当初においては、容認できないとする国民は過半数もしくはその前後いたことも事実であり歴史として認識しておく必要がある。憲法に定められ、根付いている「総意」は、日本の社会が経済的に豊かになったから快楽が煩わしさを駆逐したからだ、と短絡的に決め付けられるものではない。日本の戦後史について時間をかけて現代日本人史として、また人間についての哲学的洞察を混じえて考える必要がある。

従って、昭和天皇二十年式年祭の儀に因み、マスコミの呼びかけ、「イデオロギー・フリーの立場で天皇制や皇室の問題を考えなくてはいけないと思う。」、「国民も無関心ではいられない。国民も参加して十分に議論する必要がある。」というのは至極順当なことであると思うが、「考え」、「議論」する土壌をしっかりと検証するところから始めなければならない。2009年は天皇制についての最後の議論する機会であるといっても過言ではない。個人個人が「総意」について考える最後になるかも知れない。主権者であることを放棄しない為にも一度、天皇制ときっちりと向かい合って謙虚に「私にとって」を極めることが求められている。