1月27日発行の「斎藤吉久・誤解だらけの天皇・皇室」vol.67は「あらためて問う。ご心痛とは何だったのか・あえて推測するなら」のタイトルで、昨年暮れの陛下の「急性胃粘膜病変」について、何がそうさせたのかを推測している。

医師の説明は、精神的、肉体的なストレスによって急激に生じ、数時間から1、2カ月の間に発症するという。では強いストレスとは何か、当時からマスコミで紹介されて一般的見解となっている羽毛田信吾宮内庁長官の発言、「ここ何年かにわたり、ご自身のお立場から常にお心を離れることのない将来にわたる皇統の問題をはじめとし、皇室にかかわるもろもろの問題をご憂慮のご様子……」というものだ。

問題は、宮内庁長官発言の「ここ何年か」という文言だ。斎藤氏は『急性病変の原因とは考えにくい』と述べて、『暮れの天皇誕生日の「ご感想」と新年に当たっての「ご感想」を読んだときです。陛下のご心痛は陛下ご自身のお言葉にはっきりと表れているように思います。』と指摘している。

『世界的な金融危機に端を発して、現在、多くの国々が深刻な経済危機に直面しており、我が国においても、経済の悪化に伴い、多くの国民が困難な状況に置かれていることを案じています。働きたい人々が働く機会を持ち得ないという事態に心が痛みます」と経済危機に苦しむ人々へお心を寄せられたのでした。』(お誕生日の「ご感想」)

『そして「国民の英知を結集し、人々の絆を大切にしてお互いに助け合うことによって、この困難を乗り越えることを願っています」と国民を鼓舞しているのでした。』(新年の「ご感想」)

そして、斎藤氏は『国民の喜びだけでなく、憂いや悲しみ、そして命をも共有しようとするのが天皇です。わが治世にあって、住む家も、仕事もなく、苦しんでいる国民がひとりでもいるのは申し訳ない、と陛下は健康を害されるほどに、深く心を痛めているのではないか、と拝察するのです。』と結んでいる。

さらに宮内庁に対して、『側近たちはご負担軽減と称して、天皇の祈りを御代拝ですませようとしています。それは天皇に、天皇であることをやめよ、と迫ることにほかならず、まったく愚かなことといわねばなりません。側近たちは天皇のなんたるかが理解できないようです。』と厳しく批判している。

斎藤氏の批判と嘆きはよく理解できるところだ。しかし、斎藤氏の批判をよくよく考えれば、宮内庁の役所馬鹿さ加減は今に始まったことではないが、宮内庁が永遠に所轄、管轄でいると信じ込んでいるところが空恐ろしい。天皇制存続の拠りどころは、国民のこころにあるとするのが唯一説得力あるきれいごとだ。それをお家の事情が原因で体調を崩されたなどと、どこの家庭にもある一般受けする話に集約して関心をかうなどは、天皇を冒涜するようなもので、そんな話しかできない羽毛田信吾宮内庁長官は辞めて頂かなければならない問題だ。

天皇、皇室に対する関心が、一時よりも盛り上がりを見せているこの時期に暴言発言も甚だしい。保守陣営の並々ならぬ天皇護持擁護の足を引っ張る宮内庁は、今起こっている問題について全くといってよいくらい認識が及んでいない。

お家の事情などの説明でいちいち国民を巻き添えにするものではない。各家庭にもそれぞれ大なり小なりの問題を抱えながら孤軍奮闘しているのだ。一家の大黒柱が倒れたら、その代わりを誰かが務め、できない場合は親子心中も現実にあるではないか。この悲惨な現実を天皇が直接助けることができないから、祭祀を通じて安泰を祈願しているのではないのか。お家のことで強いストレスによりということであれば、国民にしては「勝手にしてくれ」というものもでる、そうなれば「総意の象徴」が砂時計のように歴史を刻むかもしれない。