ここにも困った小沢経心酔学者がいる。著名な信念の塊、立派な方だと思うのだが、こと小沢一郎国会議員のことになると、突如、思考回路が変わるらしく、経済の展望は読めても、政治の現実とあり様が読めない。その人とは、ブログ『知られざる真実』で人気ブログランキング常に2、3位(1日2万人以上の人気をカウントする)の人気を誇る植草一秀氏である。
5日のブログタイトルは、その心酔、傾倒ぶりを遺憾無く発揮している、「脱小沢人事強行なら愛称は「ほら吹き総理」に」というものだ。
世論のどこを見て、聞いて判断しているのか、その見解に唖然、タマゲテしまうのだが、やはり、「神懸かり」というのは恐ろしいものだということを改めて植草氏の発言で解った次第だ。昨日も山崎行太郎氏について老婆心ながらその稚拙な見解についてもの申したので、ここでは改めて注釈しないが、下記にあるような見解は、もはや社会認識論的にも問題が大いに残る発言だ。
植草氏は、「政権交代」を日本の近代史における大いなる偉業だと絶賛している。国民主権の胎動が始まった画期的な日本政治の曙だと感慨深げに述べている。ここまではよく植草氏の主張も理解できる。しかし、その原動力、起爆剤等についての見解となると少しニュアンスが違ってくる、つまり冷静に社会、その周辺を眺めていないようなのである、残念ながら。本日7日のブログにおいても、下記にあるように、『最大の功労者である小沢一郎氏』と断定している。
植草氏ならびにブログ支持者も一度「政権交代」前の状況を振り返り、その原点がどのような世論土壌にあったかよく考えてみることを進言する。時の世論は総じて、もう自民党では立ちいかなくなった、とてもじゃないがついていけない、好い加減にしてくれ、今度ばかりは投票できない、と言った自民党自ら解体、自滅への結果を国民に晒けだした結果が、「一度やらせてみるか」の雰囲気をつくった、というのが大方の見方である。なにも、民主党でなければ、小沢一郎でなければということで投票に出向いた訳ではないのだ。筆者もそのうちの一人で投票した、しかし、今回は未だ決めかねているところだ。
一度、『グループ国会議員を120〜150名も抱えている』などと、昔の永田町論理を振り回す前に、世論が醸成する今日の社会情勢をじっくり観察して、小沢チルドレンがナンボのものか考えてみることだ。つい最近も「小泉チルドレン」とかいって騒いだことを思い出すのもよいかも。
植草氏の権力に対する戦う姿勢は大いに評価したい。しかし、政治の必要悪である「権力」に自ら溺れては元も子もない。今の氏の置かれた状況は、小沢氏と同じく、いかに沈着冷静で居られるかにかかっている。野暮な脅し文句で政治を語らない方がよい。
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5日のブログタイトルは、その心酔、傾倒ぶりを遺憾無く発揮している、「脱小沢人事強行なら愛称は「ほら吹き総理」に」というものだ。
主権者が国民であるとの大原則を踏まえれば、「脱小沢」だの「非小沢」だのの発言が血迷った妄言であることは歴然としている。
菅直人新総理が「挙党一致」を掲げながら、政権発足時点から小沢氏人脈を排除するなら、菅総理は出発時点から「うそつき総理」、「裏切り総理」、「二枚舌総理」の汚名を伴ってゆかねばならないことになる。
官房長官に仙谷由人氏を起用するなら、党幹事長は全党的な信頼を得られる人物を起用するべきである。
主権者は国民である。主権者国民は昨年8月30日の総選挙で、民主党の小沢−鳩山−菅のトロイカ体制を支持して政権交代の偉業を実現させたのである。この原点を忘れ、主権者国民の意思を踏みにじる行動を菅新総理が示すなら、その責めは必ず自分自身に跳ね返ることを忘れてはならない。
世論のどこを見て、聞いて判断しているのか、その見解に唖然、タマゲテしまうのだが、やはり、「神懸かり」というのは恐ろしいものだということを改めて植草氏の発言で解った次第だ。昨日も山崎行太郎氏について老婆心ながらその稚拙な見解についてもの申したので、ここでは改めて注釈しないが、下記にあるような見解は、もはや社会認識論的にも問題が大いに残る発言だ。
『3分の1が小沢氏グループである。小沢一郎氏を敵対視する既得権益勢力=悪徳ペンタゴンは、「脱小沢」などの表現で、菅新体制における小沢氏グループ人脈排除を誘導しようとしているが、これこそ反民主主義の行動である。』
植草氏は、「政権交代」を日本の近代史における大いなる偉業だと絶賛している。国民主権の胎動が始まった画期的な日本政治の曙だと感慨深げに述べている。ここまではよく植草氏の主張も理解できる。しかし、その原動力、起爆剤等についての見解となると少しニュアンスが違ってくる、つまり冷静に社会、その周辺を眺めていないようなのである、残念ながら。本日7日のブログにおいても、下記にあるように、『最大の功労者である小沢一郎氏』と断定している。
政権交代を実現させた最大の功労者である小沢一郎氏は、グループ国会議員を120〜150名も抱えている。民主党国会議員の3分の1がこのグループに属している。この巨大な数は、主権者である国民の意思を代表するものである。主権者国民の支持が小沢氏グループの巨大な議員数に反映されているのだ。
菅新総理がこの点を十分に踏まえた政権運営を実行しなければ、9月の民主党代表選では代表選びが振り出しに戻る。
植草氏ならびにブログ支持者も一度「政権交代」前の状況を振り返り、その原点がどのような世論土壌にあったかよく考えてみることを進言する。時の世論は総じて、もう自民党では立ちいかなくなった、とてもじゃないがついていけない、好い加減にしてくれ、今度ばかりは投票できない、と言った自民党自ら解体、自滅への結果を国民に晒けだした結果が、「一度やらせてみるか」の雰囲気をつくった、というのが大方の見方である。なにも、民主党でなければ、小沢一郎でなければということで投票に出向いた訳ではないのだ。筆者もそのうちの一人で投票した、しかし、今回は未だ決めかねているところだ。
一度、『グループ国会議員を120〜150名も抱えている』などと、昔の永田町論理を振り回す前に、世論が醸成する今日の社会情勢をじっくり観察して、小沢チルドレンがナンボのものか考えてみることだ。つい最近も「小泉チルドレン」とかいって騒いだことを思い出すのもよいかも。
植草氏の権力に対する戦う姿勢は大いに評価したい。しかし、政治の必要悪である「権力」に自ら溺れては元も子もない。今の氏の置かれた状況は、小沢氏と同じく、いかに沈着冷静で居られるかにかかっている。野暮な脅し文句で政治を語らない方がよい。
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