時評
2007年11月07日
小沢代表は安倍前首相と同じ(反対されたから、やーめた)ではないか。と感じながら、しかし、老練な喧嘩政治屋は初めから、民主党の慌てふためき狼狽ぶりを予測しての切り札を出したと考えたりもする。
翌日早朝、辞任の意向を役員総会に預けるというかたちで、わざわざ名古屋にいた鳩山幹事長に手渡した。このパフォーマンスはかなり「時間」を気にしてのものだった。
小沢氏の腹は、自分をさておいて、自民党と対等に渉りあえるものならやってみろということだ。
民主党の悲劇は、政党の要を小沢氏側近といわれる議員で占めていることだ。これは、同調する議員の数をはるかに凌ぐパワーとなっている。
さらに、マスコミに常時、数の論理で解体の脅しを書きまくられている。いわゆる10人から20人のキャスチングボート新党、小沢氏離党の17人説だ。だから、新党の悪夢が民主党議員の全てに圧し掛かり、「党分裂」を恐れている。従って、民主党自体が解体を背負わされながらの政策展開に終始しなければならないという自己規制に陥ってしまっている。
その点を政治の要と常に睨んでいる政治知恵者小沢氏は、十分計算にいれて質の悪い辞任劇を打って出たと見ることが出来る。小沢氏はどうも政局、政党の混乱を生き甲斐にしている節が性癖化しているようだ。
7日8時配信の産経新聞によると、『鳩山由紀夫幹事長らに対し「大変ご苦労をかけた。感謝している。本当に恥をさらすようだけど、皆さんの意向を受けてぜひもう一度がんばりたい」と述べ、党執行部の要請を受諾し、代表を続投する考えを表明した。』と伝えられている。
つまり、意向を受けて要請を受託したのである。つまり「民主党、皆さんの為に連立構想を話し合ったのだ、ご理解願いたい」という訳だ。当初から鳩山幹事長は「大連立構想」を容認している。
結果、小沢氏は見事に役員会全員の慰留賛同を取り付けて何食わぬ顔で元の鞘に収まった。
「恥さらすが」代表に納まるというお献立は、民主党に皆さんがそれでよいというのだからの一語に尽きる。この次元で、今回の密室会談は、極めて個人的な政治戦略であり、その次に「党」の有様が出てきてそこで終わり、そして、国民とにわか支持者は関係のない話に終始なるのだ。
実は、この構図は民主党の体質的兆候の多くを反映している。
民主党幹部が小沢氏の続投に固執するのはなぜか
小沢氏が4日の記者会見で民主党を「政権担当能力がない」、「力量不足」、「次期総選挙での勝利は厳しい情勢」と自党批判を展開して辞任を表明した。このことに対する議員の反発は、想像を超える影響を今後とも残すものと見られる。
しかし、役員ならびに議員の総意で代表として小沢氏を迎えるその背景は、極めて単純なところにある。つまり、民主党議員はあまねく「力量不足」と「次期総選挙での勝利は厳しい情勢」をよく理解しているからだ。その理解の程度は、当選回数の多い議員ほどよく解っていて、小沢神話に賭けるしかないと観念しているのだ。それだけ自民党組織の層の厚さと力量を肌身で感じ取ってきている連中が民主党の執行部だから不思議ではない。本をただせばみんな同じ穴の狢、自民党出身者ではないか。
兎に角、小沢氏の辞任劇が生んだ最大の罪は、「選挙に負けても、みんなで渡れば怖くない」という代表に対するお墨付きを与えてしまったことだ。つまり、戦いは初めから負けているのだ。唯一、民主党ならびに小沢氏としても救われるのは、小沢氏の発言、『連立にこだわったわけじゃない。だが、このまま選挙を戦っても、簡単に勝てるという話ではない。むしろ参院選で訴えた政策を実現することで国民の評価をもらうことが、民主党政権を作る早道だと考えたんだ」(6日読売新聞)というものだろう。確かにこの戦略は、政治学者桝添議員がドイツにおける大連立での政権交代実現を指して評価しているが、日本ではことごとく頓挫している。
一方、与党は民主党の「雨降って地固まる」などの楽観説に同調して、今後さらに手ごわい相手になると警戒感を強めて見せる振りをして、「腹で呆れきっている」。反って、簡単につぶせるという自信をもったといえる。いつでも解散総選挙ができる見通しがついたとの見方で、会規延長してじっくり国民の支持を得ようと舵を切ったと考えられ、福田政権の性格からして丁度よい環境が整ったといえる。
「福田政権を利してどうするのか」と主張したとおりになった訳だ。しかし、これは喜べる状況ではない。半世紀培ってきたであろう民主主義なるものの落し子として信じてきた節のある2大政党制が遠退いたと見ることができるからだ。万年野党の汚名返上への試みはこれからも延々と続く。
にわか支持者、選挙民もいつまでも党内事情トラブルに付き合っている余裕などない。
そして、こんな体たらくな落とし前劇を見せられては、やはり自民党は政権政党だとつくづく納得させられる破目にまたなる。
民主党と小沢氏は、十分に恥をかいたのだから恐れるに値する何ものもないはずだ。
今夕の衆参議員懇談会での報告が済んだら、迅速に公の場(みんなの場)に出てきて、混乱を招いたことを謝罪することだ。それ以外に信頼と自信を取り戻す手立てはない。
2007年11月03日
今回の福田、小沢両代表の得意技とする密室、談合的会談は、にわか民主党支持者をがっかりさせただけでなく、憤慨、批判を生む結果を招き、人気の下降に油を注いだだけのパフォーマンスに終わってしまう可能性がある。
小沢代表の休憩を挟んでの「持ち帰り案」に腹を決めた真意は、背水の陣福田政権の持久戦になれば、民主党不利の兆候を感じ始めているきらいを、党幹部での再度の合意を持って責任分与を明確にしておきたかったとみることもできる。飽く迄も推測だが、小沢代表は、勝ち戦状況で戦利品をできるだけ分捕って、停戦状態に持っていく戦術を考えていたのかも知れない。
巷の話に過ぎないが、今回で密談は3回目だという話がある。そして、小沢代表は福田首相を「信頼できる方だ」と言い切っている。この背景だけをみても、何らかの方向性が決まってもおかしくない話であるというのは、下種の勘ぐりだと切って捨てるにはもやもやが残り過ぎないか。
密談、談合、示し合わせという類は、必ずといってトンデモナイものが浮上して現実化していく慣わしがある。今回の場合は、「大連立」と「恒久法」だ。
巷では、「大連立」に対して、「それはやめてよ」という声が圧倒したが、「恒久法」については、「この際、考えもいいのでは」という意見が幅を利かせてきた感じだ。国民の味方ぶる公明党は、「議論することはよいことだ」という表現をもちいて拍車をかけている。
何はともあれ、小沢氏は世間騒がせな政治家である。
兎に角いえることは、今回の密談で「恒久法」への道筋がついたということだ。
【政治ニュース】においても小沢民主党のこの必然的方向性を指摘してきた。また、前回の『どうする民主党(42)』においても、「新法の対案をだす必要がない」と釘をさしておいたはずだ。だが、巷で「民生支援が必要だ」と騒ぐと、直ぐに小沢代表は、国際治安支援部隊ISAF参加から「民生支援に限る」と手の平を反した。これは国民が言わせたのと同じだ。やぶ蛇もよいところだ。こんなはずではなかったと言っても後の祭りだ。
2007年10月31日
福田内閣の急所になっている防衛省問題については、全てお献立が揃った観がする。しかし、11月の8日、小沢代表が「世界」に寄稿した持論の展開以後、当の民主党自体の動きが俊敏さに欠けて何となくトーンダーンしていると思っていたのは私たちでだけではなかったようだ。
与良氏は22日「本気さが伝わらない」のタイトルで、与党の海上自衛隊給油活動は中断止むなしでよいとする方針で当初からそのつもりであったことをいぶかしく述べている。また、一向に民主党が対案を積極的に国民に提示しないことの不可思議さを詰っている。確かに状況は説明している通りだ。
『自民、公明両党議員の多くは「今国会で無理する必要はない」と話す。つまり来年の通常国会へ先送り。通常国会は予算案が優先されるから、新法案審議は春以降。それから成立まで延々とインド洋での海上自衛隊の給油活動は中断することになる。
ふう。その程度の話だったのか。本当に必要と信じるのならルール通り参院で否決後、衆院で再可決すればいいのだ。ところが、世間から強引だと批判され、それをきっかけに衆院解散に至るのが嫌だという。「中断は民主党のせいだと言えばいい」といった言葉を聞くと力も抜ける。 一方の民主党は前事務次官の問題追及に力を入れるそうだ。それは当然としても、対案を出す、出さないの話はどうなるのだろう。
要するに「早期解散を」と言いながら、この問題を争点にして衆院選はしたくないと見るほかない。
日本の国際協力はどうあるべきかという政党の根幹といえるテーマなのだ。真っ向勝負をすることが政治不信解消にもつながる。』(22日毎日新聞)
タイトル通りに極めて真っ当な見解で結んでいる。
30日もたれた党首会談は確かに対決姿勢をうかがわせるようであったが、衆議院テロ防止・イラク支援特別委員会を見る限り与野党共に「本気さが伝わらない」そのものだといえる内容であった。
ところが、29日「抵抗野党と抵抗与党」のタイトルでは、これまでの対決、批判攻勢の状況を一変させるような発言が結びとなっているのには驚かされた。
『民主党には「参院で可決後、衆院で与党が否決してくれた方が『与党は何でも反対』とアピールできる」との声もある。確かに「抵抗与党」化している向きはあるが、それは違う。本当に国民のために政策を実現させたいのなら、与党と多少妥協しても成立させた方が「民主党に政権を任せても大丈夫」と信頼されると私は思う。
そういえば昔の社会党には「おれは何も聞いてない。けしからん」と怒鳴る人が多かったなあ。怠慢を棚に上げ反対だけする抵抗野党そのものの発想である。まあ、そんな人は一生、野党をやっていてください。』(29日毎日新聞)
三つのコラムを読んで最後が、『本当に国民のために政策を実現させたいのなら、与党と多少妥協しても成立させた方が「民主党に政権を任せても大丈夫」と信頼されると私は思う。』での結びは、前回の『真っ向勝負をすることが政治不信解消にもつながる。』という真っ当さと違う拍子抜けするものではないか。
しかし、よくよく考えれば、『多少妥協しても成立させた方が「民主党に政権を任せても大丈夫」と信頼される』という発想は、問い詰めればいつもこのパターンではなかったかの問いに突き当たる。
「妥協に妥協、解釈に解釈」を延々と積み重ねてきたのが政権のルール化を作りだしてきた。それは、常に『本当に国民のために』という大上段に物事を片付けるやり口に権力が徹してきたことのそのもの苦肉の美談かではなかったのか。「本当に」は常に虚像であり、「国民のために」というのは、権力のための結果ではなかったのか。
『作戦に乗ってなるものか』、『早く政治を国民の手に取り戻そう。』という呼びかけには誰もが納得するが、この手のコラムは案外納得させる落ちになっていることが多い。与良正男氏の肩書きをみれば一見その公共性が正当性の看板を与えているシステムに組みこまれがちに私たちはおかれる。与良正男氏の結論は、自由民主党政歴50年をひたすら支えてきた日本人気質そのものであることが諸にわかった。
今、私たちは「テロ特措法」延長問題に関して、『本当に国民のために』という時間軸を括弧締めして考える岐路にある、「妥協、解釈」を凌駕する決断が問われている。
2007年09月27日
フジ産経ビジネスiに「佐藤優の地球を斬る」のコーナーがある。9月19日はタイトル「総理大臣の辞任」について、総理大臣の辞任と安全保障についての自説を披露している。
「総理大臣の辞任」は、安倍首相の辞任に関するマスコミ等の指摘に対する警鐘になっているが、ここでは、その警鐘から佐藤氏の安全保障の考えについて言及する。
安倍首相の辞任劇のストーリーになっている「テロ特措法」の延長問題は、国内問題に止まらない話題の焦点になっている。
連日マスコミ等はこの成り行きの報道に終始して、参院選での年金問題が「テロ特措法」延長問題に取って代わっている。この移行を優先させたのがシドニーでの記者会見であり、前代未聞の首相辞任劇であった。従って、今や延長問題は国論を二分する世論合戦に余念がない状況を呈している。
この前提に基づき、延長問題について、佐藤氏は今回の論評で「継続を支持する」声明をだしている。
約2ヶ月前、延長問題について、小沢代表とシーファー駐日米大使の会談が行われてから、世論の動向が延長に対して圧倒的反対であったものが、延長支持に変説もしくは関心を持ち始めている現象になってきている。
そして、佐藤氏は世論の動向を反映するかのように「継続を支持する」論評を書いている訳だが、その支持する精神風土は、国民各自の次元的言葉で解釈してはいるものの、その先見的受容上では国民総じて、「理念と現実」を超越した利己判断を有してのものだといえる。
その根拠の例えを下記に佐藤氏の論評の一部を掲載して考えてみたい。
『中東ではビンラディン氏の新しいビデオが出回ったり、アフガニスタンではタリバーンが回復基調にある状況で、日本がアメリカと連携して対テロ国際協力を継続することを筆者は支持する。筆者は、既に安倍氏が対外的に公約しているのであるから海上自衛隊がインド洋上での給油活動も継続すべきであると考える。いずれにせよ日本政治の論理は極めて奇怪であるという印象が今回の安倍辞任劇で国際的に広まった。産経抄は「世界の笑いものになった」と指摘するが、事態はもっと深刻で「日本は東洋の神秘」であるという印象が強まったというのが正直なところだと思う。』(佐藤優:「総理大臣の辞任」)
佐藤氏はきっぱりと「日本がアメリカと連携して対テロ国際協力を継続することを筆者は支持する。」と書いている。即ち、日米同盟の下に、米国の対テロ戦争への支援を継続すべきだと主張しているのだ。佐藤氏は「米国の対テロ戦争への支援」が明確になっている現況で、「対テロ国際協力」という普遍的な表現に置き換えて支持するといっている。これは、佐藤氏にしてみれば極めて欺瞞かつ詐欺的手法の表現になる。
というのは、佐藤氏は「世界」5月号での「施行60年目の憲法状況」での論評で、自ら「硬直した護憲の立場に立つ」と護憲論を支持している。そして、「山川均の平和憲法擁護戦略」のタイトルで論じている、その骨子を紹介して、佐藤氏が「国家=社会」というものをどのように考えているかを述べてみる。
『山川は、日本の平和に逆行する日米軍事同盟と構造的に不可分一体の関係にあるサンフランシスコ平和条約に反対する。連合国の占領下という特殊事情の下で憲法第9条で規定された戦争放棄、戦力の不保持、交戦権の否認が、今度は日米軍事同盟に結びつけられ、平和とは根本的に異質な原理に換骨奪胎されたことを見て取ったからである。ここで山川がサンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約を拒否するのは、理想的状態から見てあってはならないという、統整的理念に基づくものだ。・・・
山川には統整的理念という、人間の努力によっては到底達成できない夢と、同時に今この場所にある社会生活を改善していくという面が並存している。』(佐藤優:世界5月)
要するに、「理想(理念)と現実」の二重性を尊重することが前提で、より国益を考えた判断を優先しなければならないというわけだ。一見大いなる矛盾ではあるが、矛盾を受容することで安定を模索する手法である。佐藤氏はじめ、多くのクリスチャンは矛盾を受容して実践を現実化する。
これで、佐藤氏の護憲論と日米同盟推進の論理が破綻することなく、より国益を求めての不断の努力がなされる訳だ。
矛盾を受容することは、これまで繰返されてきた「解釈」をこれからも続けるということの証である。
「解釈」の連続は解釈を生み、矛盾をもはや斟酌しない次元にまで追いやり、結局は戦争を容認することを拒否できなくしてしまっている。こうして、改善というお先棒で、自己の正当性を辛うじて内在させその破滅に向わせる。とどのつまりは彼らにとっては、破滅の一歩手前で、憲法9条、護憲を宗教化することで何とか生きながらえる。
給油延長に賛成の声が日増しに増える背景は、佐藤氏の論に見るように、結局はよくよく考えれば延長が国益につながるという結論になる。「戦争の概念」を放棄したのであって山川均氏の二重性を担保したことにはつながらない。従って、佐藤氏の欺瞞であると指摘したのだ。しかし、これが世間というものだろう。
9月16日フジテレビ「報道2001」でゲストの鳩山由紀夫幹事長に毎日新聞編集局顧問岩見隆夫氏が「民主党の「テロ特措法」の何がなんでも反対の姿勢は理解できない。給油活動を継続しながらテロ特措法の見直しができないものか、そこが分からない」と発言した。岩見隆夫氏はもともと与党支持解説者であるからこの発言は驚かないが、発想の「継続をしながら」という考えが、日本の矛盾を無視して世界を論じているというマスコミの空恐ろしさだ。
岩見隆夫氏は1935年、佐藤優氏は1961年生まれである。
日米同盟の重要性に対する傾注は解らないでもないが、集団的自衛権の基本的認識を原点理解して、「矛盾の受容」と「二重性の担保」を中心に置き、日本は戦争ならびに戦争加担をしてはならないと、国益を考える前に理解できる力を持たなければならない。
戦前から綿々と続く草の根軍国主義の国民と権力の癒着を断ち切らないと、「平和主義」とは何かを恒久的に語ることができない。
自民党の雪崩現象も深刻だ、勝ち馬に乗る国民意識も深刻だ。さらに、佐藤氏のような護憲論者で且つ日米軍事同盟推進論者の国益優先を講釈する発想が、日本に定着してきている現実が「もっと深刻」だと指摘したいところだが、もはやそれは「もっと深刻」などというものではない。
「絶望」と例えた方が的を射た言葉ではないだろうか。
2007年09月24日
【格物致知】 護憲的安全保障について
フジ産経ビジネスiに「佐藤優の地球を斬る」のコーナーがある。9月19日はタイトル「総理大臣の辞任」について、総理大臣の辞任と安全保障についての自説を披露している。
「総理大臣の辞任」は、安倍首相の辞任に関するマスコミ等の指摘に対する警鐘になっているが、ここでは、その警鐘から佐藤氏の安全保障の考えについて言及する。
安倍首相の辞任劇のストーリーになっている「テロ特措法」の延長問題は、国内問題に止まらない話題の焦点になっている。
連日マスコミ等はこの成り行きの報道に終始して、参院選での年金問題が「テロ特措法」延長問題に取って代わっている。この移行を優先させたのがシドニーでの記者会見であり、前代未聞の首相辞任劇であった。従って、今や延長問題は国論を二分する世論合戦に余念がない状況を呈している。
この前提に基づき、延長問題について、佐藤氏は今回の論評で「継続を支持する」声明をだしている。
約2ヶ月前、延長問題について、小沢代表とシーファー駐日米大使の会談が行われてから、世論の動向が延長に対して圧倒的反対であったものが、延長支持に変説もしくは関心を持ち始めている現象になってきている。
そして、佐藤氏は世論の動向を反映するかのように「継続を支持する」論評を書いている訳だが、その支持する精神風土は、国民各自の次元的言葉で解釈してはいるものの、その先見的受容上では国民総じて、「理念と現実」を超越した利己判断を有してのものだといえる。
その根拠の例えを下記に佐藤氏の論評の一部を掲載して考えてみたい。
『中東ではビンラディン氏の新しいビデオが出回ったり、アフガニスタンではタリバーンが回復基調にある状況で、日本がアメリカと連携して対テロ国際協力を継続することを筆者は支持する。筆者は、既に安倍氏が対外的に公約しているのであるから海上自衛隊がインド洋上での給油活動も継続すべきであると考える。いずれにせよ日本政治の論理は極めて奇怪であるという印象が今回の安倍辞任劇で国際的に広まった。産経抄は「世界の笑いものになった」と指摘するが、事態はもっと深刻で「日本は東洋の神秘」であるという印象が強まったというのが正直なところだと思う。』(佐藤優:「総理大臣の辞任」)
佐藤氏はきっぱりと「日本がアメリカと連携して対テロ国際協力を継続することを筆者は支持する。」と書いている。即ち、日米同盟の下に、米国の対テロ戦争への支援を継続すべきだと主張しているのだ。佐藤氏は「米国の対テロ戦争への支援」が明確になっている現況で、「対テロ国際協力」という普遍的な表現に置き換えて支持するといっている。これは、佐藤氏にしてみれば極めて欺瞞かつ詐欺的手法の表現になる。
というのは、佐藤氏は「世界」5月号での「施行60年目の憲法状況」での論評で、自ら「硬直した護憲の立場に立つ」と護憲論を支持している。そして、「山川均の平和憲法擁護戦略」のタイトルで論じている、その骨子を紹介して、佐藤氏が「国家=社会」というものをどのように考えているかを述べてみる。
『山川は、日本の平和に逆行する日米軍事同盟と構造的に不可分一体の関係にあるサンフランシスコ平和条約に反対する。連合国の占領下という特殊事情の下で憲法第9条で規定された戦争放棄、戦力の不保持、交戦権の否認が、今度は日米軍事同盟に結びつけられ、平和とは根本的に異質な原理に換骨奪胎されたことを見て取ったからである。ここで山川がサンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約を拒否するのは、理想的状態から見てあってはならないという、統整的理念に基づくものだ。・・・
山川には統整的理念という、人間の努力によっては到底達成できない夢と、同時に今この場所にある社会生活を改善していくという面が並存している。』(佐藤優:世界5月)
要するに、「理想(理念)と現実」の二重性を尊重することが前提で、より国益を考えた判断を優先しなければならないというわけだ。一見大いなる矛盾ではあるが、矛盾を受容することで安定を模索する手法である。佐藤氏はじめ、多くのクリスチャンは矛盾を受容して実践を現実化する。
これで、佐藤氏の護憲論と日米同盟推進の論理が破綻することなく、より国益を求めての不断の努力がなされる訳だ。
矛盾を受容することは、これまで繰返されてきた「解釈」をこれからも続けるということの証である。
「解釈」の連続は解釈を生み、矛盾をもはや斟酌しない次元にまで追いやり、結局は戦争を容認することを拒否できなくしてしまっている。こうして、改善というお先棒で、自己の正当性を辛うじて内在させその破滅に向わせる。とどのつまりは彼らにとっては、破滅の一歩手前で、憲法9条、護憲を宗教化することで何とか生きながらえる。
給油延長に賛成の声が日増しに増える背景は、佐藤氏の論に見るように、結局はよくよく考えれば延長が国益につながるという結論になる。「戦争の概念」を放棄したのであって山川均氏の二重性を担保したことにはつながらない。従って、佐藤氏の欺瞞であると指摘したのだ。しかし、これが世間というものだろう。
9月16日フジテレビ「報道2001」でゲストの鳩山由紀夫幹事長に毎日新聞編集局顧問岩見隆夫氏が「民主党の「テロ特措法」の何がなんでも反対の姿勢は理解できない。給油活動を継続しながらテロ特措法の見直しができないものか、そこが分からない」と発言した。岩見隆夫氏はもともと与党支持解説者であるからこの発言は驚かないが、発想の「継続をしながら」という考えが、日本の矛盾を無視して世界を論じているというマスコミの空恐ろしさだ。
岩見隆夫氏は1935年、佐藤優氏は1961年生まれである。
日米同盟の重要性に対する傾注は解らないでもないが、集団的自衛権の基本的認識を原点理解して、「矛盾の受容」と「二重性の担保」を中心に置き、日本は戦争ならびに戦争加担をしてはならないと、国益を考える前に理解できる力を持たなければならない。
戦前から綿々と続く草の根軍国主義の国民と権力の癒着を断ち切らないと、「平和主義」とは何かを恒久的に語ることができない。
自民党の雪崩現象も深刻だ、勝ち馬に乗る国民意識も深刻だ。さらに、佐藤氏のような護憲論者で且つ日米軍事同盟推進論者の国益優先を講釈する発想が、日本に定着してきている現実が「もっと深刻」だと指摘したいところだが、もはやそれは「もっと深刻」などというものではない。
「絶望」と例えた方が的を射た言葉ではないだろうか。
政治ニュースの関連サイト
2007年07月16日
下記文言について
『つくる会らの思想は「保守思想」というより「極右思想」だろう、やっぱり。「保守本流」とは大分違う。』
今回の問題の焦点は、日本の保守思想を支えてきた(小林秀夫、福田存恒、三島由紀夫、渡辺昇一その他、江藤淳そして西尾幹二)と吹聴する関係者が、西尾幹二がこれ以上保守思想内での右、左を旋回することに絶望して、引退したことによる内紛劇にある。
扶桑社からの絶縁も、保守思想としての「つくる会」でなければこれ以上やっていけないと判断したことによるものだ。兎に角、日本は保守思想そのものなのだ。「日本会議」が同調しない「つくる会」は一気に求心力を無くすのである。
右翼を支える考え方が保守思想である。左翼を支える考え方がマルクス主義思想、もしくは社会参加を目指す思想と簡単に定義づけることができるが、近年は思想の崩壊で短絡的に束ねるわけにはいかなくなっている。それは、いずれの陣営にしても、過激派が突出してくるからだ。
藤岡信勝は過激派の典型である。保守極右思想の持ち主で当初から、熱意と実践力は随一だが、危険すぎて会長にはとても推せる人物ではないというのが大勢の判断で本人もそれをよしとしていた。
今回の会長就任はもはや分裂した「つくる会」に人材がいないことを象徴しているようなものだ。
だから、「つくる会」は悲鳴を上げて解体を始めているとなる訳だ。
【政治ニュース】ではタイトル上、踏み込めない問題もある。「つくる会」の連中にも読んでもらい、そして猛省して頂かなければならない。
単純に今回の裁判沙汰ニュースを「つくる会」が自費出版に追い込まれたからその費用を裁判でせしめるという極めて打算的お下劣な話だと片付けては身も蓋もない。
「つくる会」の思想背景については、別の紙面で具体的に検証したいと思っている。
「近年は思想の崩壊」について
例えば、16日毎日新聞に左翼といわれる山口二郎が選挙コメントを書いている。タイトルは共産党に対して「万年野党でいいのか」、「共産党は左翼の公明党」になるべきだとあえて申しあげたい」と主張している。これに促された訳ではないが、先日志位委員長がテレビでの会見で、「共産党は確かな野党から与党へ躍進する」と発言した。一見そうあるべき展望論としては「あ、そうか」という程度のものだが、しかし、これらの発言には現実を無視した根本的な判断間違いが横たわっている。それを無視した発言は、私たちをより困惑させる言動でしかないということだ。
山口二郎はこの2月に行われた愛知知事選挙で、勝てる見込みのない候補者を立てた為に、民主党推薦候補者が負けたことを指しているのだが、共産党員に党是を曲げて民主党に投票しようと決めることはできないのである。そんなことをすれば悲願の党本部ビル建立もたちまち崩壊するからだ。
現実を無視した政治イデオロギーに終始するところに、「思想の崩壊」がある。
宮台真司という社会学者がいる。本人は迷惑がっていると思うが、世間は左翼的と重宝している側面がある。お母さんへの出前講座というのをやっているらしい。そこで、「小泉前内閣、安倍内閣はどうしようもないから(管理、統制能力)、軽武装、対米追従路線の方がいくらか安心できる」と説法する訳だが、これは、私たちへの現状是認の進めでしかなくなるので、極めて保守日本に「しょうがない症候群」を蔓延させることになる。要するに「思想の崩壊」がもたらす、権力集中社会の促進を促すことになる。
ここで述べたいことは、左翼といわれる陣営の発言が、近年ことごとく「思想の崩壊」を促してきたという現実である。そして、「思想の崩壊」は権力の温床をさらに助長する。
さらに、「左翼とは」と、問われることがなくなる日もそう遠いことでないかもしれない。
2007年05月24日
日本のダブルスタンダードは内在性が先行していたが、現在は完全に外有性、本音を言って何が悪いと開き直る「暴力性」に転換してきた。これは安倍首相支持率上昇現象となっている。
イラク問題に関して日本人は、70%前後の反対の意志を示し、全面的な延長法案を認めた。
ここまで来れば、立派なダブルスタンダードを本物にしている。現在の生活を享受するための常識を堅持する意思表示をきっちり出した訳だ。
精神構造の要因は計り知れない多様なものであるが、こと安全保障に関しては、「日米同盟」は日本の生命線であるという認識を完全に共有しあう国民合意ができてしまった。それが「イラク特措法延長法」の採決である。
これに比べれば、23日の「米軍再編推進法」は審議の対象にする必要性を疑うほどのものである。安倍内閣に換わり、パフォーマンス国会も板についてきた与野党の動向にしばしの安息を国民が貪っている。そして、歴史は破綻するまで推し進む、驚くことではない。
しかし、本当に今後の日本の安全保障を考えるとしたら、「イラク特措法延長法」の成立基盤である、日本的な「日本人の日米安保依存症」と「日本人の政府依存症」というダブルの払拭できないガン体質に侵された「生命維持薄情気質」を改善しなければ不可能である。
日本が高度成長時に振り向かなかった「日米安保」は、現在見事に世論と国会意思の段違い平行棒の基盤をつくってしまったのである。
2001年の米軍のアフガニスタン空爆に沈黙を守り、2003年イラク開戦では安保反対を言わない抽象論「戦争反対」しか考えられなかった、そして、コソボ、アフガンで「正義の空爆」を黙認して、「日米安保」棚上げ護憲論に終始してきた反戦運動にあぐらをかく権力依存症気質の民族性で今後どれ程の平和を勝ち取るかは、甚だ疑問とするところだが、「イラク特措法延長法」採決のお土産と「日米安保」を考えることは唯一残された検証問題である。
ガン手術でよくいわれる細胞の転移問題は、「日米安保」問題を考えるうえでもかなり深刻なことで、完全に根絶したとしても復活する恐れが十分ある。しかし、問題のガンを抱擁しながら解決へ向かう政治では、泥沼に落ち込むことはあっても、脱出は出来ない機構に成っている。
政治の一時仮死状態はあってはならないという常識判断を覆す英断を民族が持つことができるかという問題だが、よく考えれば、人体の生命にかかわる損傷の復権は常に仮死状態からの再起でしかないことを私たちが一番理解していることである。
子供が病魔に取り付かれたらその死を確認するのが親の務めでもある。あらゆる手段は講じられても、他人の政に我が身を斬る訳にはいかないのが世の常でもある。
しかし、振り出しに戻す、「ちゃぶ台をひっくり返す」、衝撃による火花を体感しない限りものごとは寸分も動かない。「イラク特措法延長法」はこのことを美事に証明した訳である。
「イラク特措法延長法」の関連記事
2007年05月04日
4年前に遡り、改憲論議は自民党の結党悲願も手伝って日増しに政府とマスコミによって過熱させられ、話題にならない日がない程その関心が広まり、深まった観がする。
一方、マスコミ、市民団体等は、その関心度の目安を世論調査で常時その結果発表を試みている。
憲法記念日に併せて、各紙一斉に世論調査の結果を発表しているが、最近は9条の問題に特化したかたちでその賛否を問うている。各紙ともに大差はなく、結果で2ポイント程度の違いを詳細に分析、グラフ表示で報告を掲載している。
通常、世論調査の信憑性は5パーセントほど増減を見ておいたほうが良い。とっさの誤作動判断は人間の特性としてよくあることだ。
先ほど、改憲論議が広域なかたちで内容も理解が深まったと書いたが、世論調査を読んでいつも思うのは、本当に9条に関する理解が深まったのかという疑問である。
これは、右翼、左翼陣営と選挙を支える国民と三様の感性を見聞きしてそう思うからだ。
世論調査を必要とする問題に関して言えば、日本の場合、戦後常に賛否が拮抗したかたちで推移してきている。戦後天皇制廃止、存続を問う国民調査をGHQ連合国が行なっている。この時もほぼ同じ賛否で拮抗した結果が出ていたと最近の調査結果で発表されている。
原子爆弾が2発落ち、本土空襲で国土が焼け野原になった直ぐ後での世論調査がこの結果である、その後、日本人の保守性は変わることが無い結果を表している。
また、理念に対する認識が深まったかに見えたが、それと同時進行で理念の普遍的進化論が進み、日本独自の特化性が世界の潮流に揺り戻されつつある。60年、70年、全学連から全共闘への進化で、その源流の多くが現在の日本を支えてきたという現実が証拠である。また、国民は労働の対価として緩やかな豊かさを享受し始めた。
右翼、左翼の憲法9条論議は、宗教論争の種に膠着して跡を絶たないのが現実である。
人は感性での判断を反芻して置き換えた時のビジョンを、具体化しながら実践を繰返すほど精密にはできていない。信条を覆すことは、苦労をともなう努力の最たるもので、とりわけ年齢とともに加速する。また、その過程を担保する時間的、空間的余裕をもって生けられない現況であってみれば然程不思議なことではない。従って、右翼、左翼の世論調査は常に同じような数値で出てくる。
07年憲法記念日の世論調査の特徴は、改憲が必要である、9条も何らかの形に変える必要があることが明確になったことだ。これは、自民党の戦略が功を弄した、特に日米同盟の深化と自衛隊の海外派遣という既成事実の実績が国民をねじ伏せたことで達成されている。
結果、自衛隊を憲法に明記する、海外活動は認める、集団的自衛権行使は認めない、従って、9条1,2項は現状で「何らかの条項が必要だという」認識が顕著になったことである。朝日新聞はこの世論傾向をいち早く読み取り、憲法記念日の紙面のトップに「平和安保基本法を」という憲法戦略を打ち出した。
世論を支える国民の意識は、現実の既成事実の前では如何ともし難い、結果尊重主義に向かわざるをえないシステムに組み込まれている。単なる世論といえども20代の改憲必要論が80%に達している、北朝鮮がミサイルを発射すれば9条改憲が必要で、安倍内閣が法案を強行採決すれば一気に安倍首相の支持率が大幅に上昇する、これらの現実がそれを如実に物語っている。
世論調査の結果とは、実は、日ごろ9条にあまり、ほとんど関心ない国民の感性によって揺り動かされているということだ。これは何を意味するかというと、9条に対する認識が深まっていないことの表れでもある。そして、認識を深める手立ては右翼、左翼両サイドに深めることは可能でも、第三者の感性を揺さぶることは、理念では無理で、一番の特効薬は危機と恐怖でしかない。陽から陰に急激な揺り戻しを体験する時に自発的に防御する、その時の賛否の感性が大きく世論を形成する。
残念ながら、右翼は暴力で守られた陽を、左翼は理念で陽をアピールしても国民の声を変えることは至難の業なのである。
人は緊張の寒暖計がうまくコントロールされつつ生きていける習性になっている。陽(楽)から陰(苦)への状況変化を巧みに自己コントロールしながら自己の陽へ歩み寄る形式で生きながらえている。
47年まえの自信から平和を選択してきた背景は、これからもこうでありたいという無意識の志向になっている時代に現在まであったが、最近は少し揺り戻しを求めている。
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2007年04月05日
この会議は3日に公表された日本版NSC(国家安全保障会議)の委員が兼任していることからも専門部会として機能していく会議だと考えられる。柳井俊二氏を座長とする北岡伸一東大教授、岡崎久彦元駐タイ大使などが内定している。
会議の検討課題は、「在日米軍再編」での軍事共同実戦体制を決めることにある。目前の問題としては、ミサイル防衛(MD)システムの対応、海上自衛隊の公海上での米海軍への援助攻撃の可能性、また、海外での治安維持活動を担う範囲等を研究する。これらは極めて緊急性を要する問題である。
憲法との整合性を欠いた場合は、新憲法草案での9条の条文の加筆変更もありうる。注目しなければならない会議だ。
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2007年03月23日
NHKは今の日本の現況を熟知して戦前、戦後を脱却しなければならない。自らもつNHKメディアの特殊的意義を検討すれば展望が見えてくる。そして、軸足ではなく、両足を国民か政府のどちらに置くかを決めれば運営は然程難しいものでない筈だ。
実は問題を複雑化させている根本的な理由は国民自らにある。国民が受信料を支払っているにも拘わらず、NHKを国営放送と思い、国営を「公共」と勘違いしていることがそもそもの出口なしの袋小路にしている。日本人は「公共」に対する認識を「御上」と置き換えることの利便性で近代化を促進させた為に、未だにその御利益に便乗しようとしている。
日本人は、「公共」を担保する自由、普遍性、独立性という面倒な解釈を持ちたがらない一種民族的特異性を重宝している。「うまくいってきたではないか」という腰掛を依然として使用したい訳だ。変化は労力を伴う、しかし、それも必要な時があることを今の時代は要求している。
NHKは受信料義務化に住基ネットを利用したいと考えるところに御上意識が今でも明白に表れている。これまでも、これからも「大本営発表」をすると決めているのであれば、きっぱりと国民から受信料を取らず、国営放送を名乗ればよいのである。受信料の義務化で経営再建するのであれば、国民に先ず、「公共放送」の前提である「独立性」を担保する説明から始めなければならない。これがなければ現況の国民の多様なニーズに応えることは出来ない。
受信料拒否が増えることがあっても減ることはない。